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2.馬鹿、はっけーん(やけくそ)
しおりを挟む昼休みの噴水広場のベンチで、親友のイザベラと楽しく語りあっていました。
そこへ、訳の判らない言い掛かりを付けに来た、初対面の不良? 当たり屋?
彼は制服を着崩し、襟を開き、ネクタイもつけていないから何年生なのか判りません。
ゾフィーを自分の後ろに庇うように立つ姿にさえ腹立たしさ満載です。
穏やかな憩いの時間を、こんな無頼漢に台無しにされ、わたくしは、ひとり静かにキレた。
あぁ、もう!
わたくし一人が我慢すれば、なんて考えは甘かった!
こんな、誰だか判らない無関係の人まで巻き込みましたね!! ゾフィー!
そうですね、はっきりさせましょう!
わたくしはゆらりとベンチから立ち上がり、この無頼漢に正面から向きあった。
「とりあえず、誰に向かってその台詞をお吐きになりやがってますのか、伺ってもよくて? それと貴方のお名前も伺いたいですわ。初対面ですよね? 何年生ですの?」
いけません、言葉が乱れます。
心の乱れが言葉の乱れになってます。わたくしは淑女。淑女ったら淑女!
わたくしのこの鉄面皮にか、汚い言葉遣いにか、それとも襟元を飾る三年生の証の黄色のリボンにか、男子学生はちょっとひるんだ。けれど。
「な、なんだと! 婚約者に対してなんたる台詞だ!」
いや、だから。
持ち直しての、その言い草はなに? 貴方とは初対面だと言ってるでしょ? 喧嘩売って来たのはそちらでしょう! わたくしはそれを買っただけよ。
それに、わたくしの婚約者はこの学園にいませんよ。少なくとも、あんたではありませんよ。何時の間にあんたと婚約したというのかしら。いやだわ、重婚になっちゃう。求む説明。
「クルーガー伯爵家の、ブリュンヒルデ嬢! 貴様の名前だろう! 俺はゲーテ子爵家のオリヴァー、二年生だ! 知っているだろう?!」
あらやだ。不遜な人はっけーん。
学園内だからいいけど、伯爵令嬢であるわたくしに対して、子爵令息のこんな物言い、卒業後にしたら、貴方大変な事になってよ? ……あぁ、だから 今 言いたいって事かしら。なんのムーブよ、ほんとにもぉ……。
しかもネクタイ未着用って規律違反なのよ。風紀委員に取り締まって貰わないと!
それに、知っているだろうと言われても、知らないわよ、あんたなんか。
「おねえさま、私をいじめるのはもうやめてくださいっ」
いや、いじめてないし。
人の言葉が通じない子が横から口出ししてきたわ。訳の判らない論法で論点をスライドしてくるから、この子と話すのは嫌よ、もう。この子は放置しましょう。
「ゲーテ子爵家ご令息の、オリヴァー様、でしたか? 貴方とわたくし、いったい、いつ、婚約を結びました? わたくしの記憶にございませんが」
「は? 貴様は俺の婚約者だろう? 俺はクルーガー伯爵家の婿になるんだぞ!」
違いますよ。
「そのお話、どなたから伺いましたの?」
わたくしが睨むと、こいつ、隣にいるゾフィーをチラチラ見ながら言い訳をする。
「……ゾフィー嬢が、そう言ったのだが……」
馬鹿だ―、馬鹿はっけーん(棒)もう嫌だわ。
ゾフィーに関わると、みんなお馬鹿ちゃんになってしまうのかしら。
「なぜ、その子の口車に乗りましたの? せめて、ゲーテ子爵閣下、貴方のお父上、ご本人のお口から伺った情報と照らし合わせてご確認するという手間は取れませんでしたの?」
「え? あ、いや、……」
目に見えて慌て始めるお馬鹿ちゃん。でもそれで終わる程賢くはなかったみたい。これだけは言わねばっ! みたいな決意を込めた顔で言いやがりましたよ。
「ぞ、ゾフィーはクルーガー家で虐げられて来たのだろう? それを助けられるのは姉の婚約者であるオリヴァー様しかいないと、泣きついてきたのだぞ?! それに、俺は婿入りは確定してるって父上が言っていたし……」
あー。
ダメだ、こりゃ。
確かに、わたくしの婚約者と貴方、お名前は同じですわね。そのせい? でもそれだけで、親族でもない、親しい間柄でもない赤の他人の言葉を丸っと信じるなんて異常だわ。
……それとも、とても親しい間柄なのかしら?
それにわたくし、この子に自分の婚約者の話なんかしていないわよ。この子は誰からそれを聞いたのかしら。領地にいたのだから、両親? おばあ様からかしら。
果てしなく謎と疑問の連鎖だわ。
この人、善良過ぎるの? それとも頭悪い証拠? それに何故に婚約破棄とか言い出したの? 婿入りする家と決めているのなら、その家の揉め事に首を突っ込んで波風立てて、どうしたいの? 穏便に収めようとは思わないの?
……思わないから、こんなお馬鹿なパフォーマンスに身を投じたのですね……うーん、それは泥船に乗り込むと同義。もしくは擦り切れそうなロープを命綱に崖から飛び降りると同義…………うん、死ぬわね。
「おねえさまのこんやく者はオリヴァーさまだときいています!」
お馬鹿ちゃんの後ろから、甲高い声でゾフィーが叫ぶ。この子の言葉は、どうしてこんなにも知性を感じさせないのかしら。不思議だわ。
「えぇ、そうよ。わたくしの婚約者はオリヴァー様。それは正解。
でも人違いよ。家名が違うもの。ロイエンタール侯爵家のご次男がわたくしの婚約者。既にこの学園をご卒業なさっているわ」
「「えぇ?!」」
何故そこでふたりして驚愕の表情になるのかしら。
「俺じゃないのか……」
違いますよ。(二度目)
「だましたのね! おねえさまヒドイ!」
騙していません。というか、何故、その論法になるの? そもそも貴女に婚約者の話なんて、した事ないわよ?
「わざと私にウソのじょうほうを教えて まどわすなんてっ! おねえさまはサイテーです!!」
そう言ってゾフィーは走り去った。
いや、サイテーは貴女でしょ! ここに呆然と立ち竦むゲーテ子爵令息がいるのに。この子残してどうするのよ。貴女が連れて来たんでしょ?!
「なんか、凄い面白い見世物を見た気分だわ~♪ ありがとう、ブリュー♪」
今までわたくしの隣で傍観していたイザベラが口を挟む。
いや、イザベラ。ちょっと待って。わたくしにお礼なんて言わないで。でないとわたくしまで『見世物』の範疇に入っちゃうじゃない。
「で? 貴方、この騒ぎの後始末、どうなさるおつもり?」
イザベラの言葉に周囲を見回すゲーテ子爵令息。噴水広場ですものね、何人か学生が居ますよ。耳目を集めていますよ、なんなら校舎の窓から見下ろす見物人も多数いましてよ? だって先程から貴方達、大声で話してましたものね。
「あ……」
やっと冷静になったのか、真っ青なお顔の令息。
「可憐な美少女に“助けて、貴方だけが頼り”って唆されて、義憤に駆られて? 勢いで婚約破棄を叫んだけど、相手違いで?」
令息ってば、面白いくらい顔が真っ青から蒼白になりましたよ。
楽し気にイザベラは続ける。
「因みにね、クルーガー伯爵家に婿入りが確定しているのは、わたくしの兄なの。我がロイエンタール侯爵家、次男のお婿入り先を勝手に詐称しないで頂ける?」
令息ってば、蒼白なお顔がぺらんぺらんに干からびたようになりましたよ。
「まずは謝罪じゃないの?」
令息は、ニッコリ笑顔のイザベラ・フォン・ロイエンタール侯爵令嬢の言葉にがっくりと膝をつくと、小さな声で「…ごめんなさい…」と呟きました。
謝る事が出来るだけ、あの子よりマトモだと思います。
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