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44.アイリーンさまが語るアルバート・エゼルウルフという人
しおりを挟む日常が戻ってきた。
万博も終わったし、いつもの日々になったわけだけど。
「会いたいなぁ……」
ため息とともに零れたことば。ため息つくと幸せもいっしょに逃げていっちゃうからダメよって、お母さんが昔言ってたなぁ……。
実はあれ以来、アルバートさんに会えていない。寂しい。
万博の間は毎朝アイリーンさまのお迎えに来てくれてたし、日中はローズロイズ商会の守衛室にいたからいつでも会えていたのに、最近はいないの。
どこにもいない。
なんの疑問も持っていなかったけど、彼はどこに住んでいるんだろう。会いたいのに会えないってツライ。だってどこにいるかもわからないなんて。
せっかく両思いっぽくなったのに。
万博が終わってからの送迎役は、ロイド邸の庭師兼任の馭者が担っている。
「それ、なのだけど、メグ。レイから聞いてない?」
「はい? なにがですか?」
いけない、就業中だった。
今いるのはローズロイズ商会の会長執務室。しかもアイリーンさまの前でうっかりため息ついたりしたから、心配させたみたいだ。
アイリーンさまはどこか心許ない表情でわたしを見ている。
「あなたの“会いたい”ってアルバートでしょう? 彼、いま他国のギルドからの調査依頼を受けてダンジョンに潜っているの」
「え」
そうだったんだ。アルバートさんS級冒険者だもんね。依頼を受けて行っちゃうなんて、当たり前にあることだよね。
でも、行くまえに教えて欲しかったなぁ……。
「あー。あー、ダメだわ。わたくし、メグのそんなしょんぼりした顔、耐えられないっ。とても黙ってはいられないわっ」
なにやら口を押えていたアイリーンさまが、思い切ったような顔でわたしを見た。
「今回のアルバートのダンジョン行きはレイの命令っていうか、策略っていうか……回り回ってメグのためではあるのよ? でも一言も告げないで行ってしまうなんて、やっぱりあの男は仕方がないっていうか」
?????
珍しくアイリーンさまの仰ることが要領を得ない。どうしちゃったんだろう?
「あぁんもうっ! レイが話したんじゃなかったの?」
こんなふうに癇癪を起しているアイリーンさまなんて、珍しいなぁ。初めて見たんじゃない?
いつも泰然自若、優雅で堂々とした人だって思ってたんだけど。
「いいわっ! わたくしが話しちゃうんだから!」
頬を染めてプリプリ怒っているアイリーンさまが可愛い。
怒らせて可愛い人なんているんだなぁ。さすがアイリーンさまっ!
「いいこと、メグ! アルバートを恋人にするのは認めるわ。たぶん、そこまではできると思うの。でもあなたたち世間一般がいうところの“所帯を持つ”というものはできないと思いなさい」
「……それは、わたしが平民でアルバートさんが貴族だからですか?」
そんなこと、納得しているんだけどな。結婚なんてできないって。
「違うわ。彼が“先祖返り”だからよ」
「へ?」
センゾガエリ、とは? また知らない単語聞いちゃったよ。
どうやら身分差の問題じゃないみたい。いったいどういうこと?
頭の中も、(たぶん)表情も疑問符だらけだったわたしのために、アイリーンさまが説明してくださったのは歴史のお話からだった。
アイリーンさまの生家、カレイジャス侯爵家は歴史を遡ると建国の頃まで辿れるのだとか。
で、建国に尽力した功績で当時の王さまから伯爵位を貰ったのだとか。
いまは侯爵さまだけどなぁ……って思ったら、侯爵位は何代か前に聖女を輩出して当時の王太子さまの即位に貢献したから陞爵したんだって説明してもらった。
で、そんな誇らしい歴史を持つカレイジャス家には代々影のように付き従い貢献している一族がいて。それがアルバートさんやレイさんの生家、エゼルウルフ家なんだって。そりゃあもう、建国以前からの古い古い付き合いの一族なんだとか。
で、このエゼルウルフ家の初代が人狼だったというまことしやかな伝説があって。
人狼なんて、いまでは伝説の生き物なんだけどね。
彷徨っていた最後の人狼を助け、庇い、匿ったのがカレイジャス家の若き当主で、人狼はその恩義に応え、生涯の忠誠を誓い、自分の子孫にそれを引き継ぐよう教え込んだ。
その『伝説』が真実だと思われている理由が、たまに『先祖返り』と呼ばれる人間が生まれるからなのだとか。
外見的特徴は必ず黒髪黒目。幼いころから身体能力に優れ、魔力に溢れ魔法を巧みに使いこなし、戦闘に特化した才能を示すらしい。耳も尻尾もないけど、そういう人間を昔の人は恐れ、『人狼』と呼んだのではないかって。
マイナスの特徴としては、必ずと言っていいほど壊滅的なまでに団体行動がとれず、個人行動を好み、さらには放浪癖があるのだとか。小さい頃から顕著に表れる特性らしい。
成長すれば、ある程度の放浪癖は理性で抑えられるし、人と触れ合うこともできる。でも小さい頃は本能を押さえられなくて大変なのだとか。
戦乱に明け暮れた時代ならそういう人間が重宝したけれど、平和になった現代では人狼などと呼ばれる存在は秘匿すべきだと、いつしか門外不出の秘事になったのだとか。
知っているのはエゼルウルフ伯爵家と主家に当たるカレイジャス侯爵家の本家のみ。アルバートさんはそんなエゼルウルフ家に100年ぶりに生まれた先祖返りだった。
◇
アイリーンさまのお話を聞きながら、そういえばアルバートさんには『狂気の人狼』っていう物騒な二つ名があったなぁって思い出していた。
『エゼルウルフ』という名字からきたあだ名だろうけど、彼の動きとか活躍が古の人狼を彷彿とさせたんだろうなぁ。根拠のない二つ名ってわけじゃなかったんだね。
わたくしも詳細は知らないけれどと、前置きをしたアイリーンさまが言う。
「だからね、メグ。アルバートの養育にほとほと苦労したエゼルウルフのおじさまは、彼を放浪の剣聖に預けてしまったらしいの」
ここでアイリーンさまはわたしの淹れたお茶で喉を湿らせた。口に含んでふっと柔らかい笑顔になるアイリーンさま。
美味しく淹れられるようになったんです! むふふふ。
「放浪の剣聖?」
ううむ。また知らない単語が出てきた。でも話の腰を折るのは悪いから詳しく聞けない……。あとでレイさんに確認しよう、そうしよう。
「そう。東の国の賢者でもあったらしくて、その賢者にはアルバートも懐いていたらしくて。剣の腕前も魔法も幼い頃からマスター級だったらしいわ。人狼の先祖返りとはいえ、知性に問題は無いのよ。成長した今では学習もしているし……。ただ一般常識というか、彼の感性が違うだけ。
例えば、メグが思い描くような『恋愛して、相手のことが好きだから結婚する』っていうごく普通の感覚を彼は持っていないの」
ええと? アルバートさんは子どものころ、剣聖で賢者だけどホームレスの弟子になって、彼の教えを受けていたっていう理解であってますよね?
んで大人になってからいろいろ勉強したから、普通の人みたいな暮らしをしているっぽい、ってことかな。
でも、結婚したら所帯を持つとか、そういう人の営みとしての当たり前と言われていることを受け付けないってことなのかな。
「普通の感覚を持っていない? ですか」
わたしがオウム返しで尋ねると、アイリーンさまは肩を落として頷いた。
「その証拠に、定住しない。ひとところに住まうことが未だにできないの」
へー。
今現在でさえ、彼は冒険者ギルドで寝泊りするか、そこらの安宿に泊まるか定めていないそうで。
「ただね、彼が女性に興味を示した……というかそれ以前の話よね。男女に限らず人に恋愛的な意味合いで興味を示したのはメグが初めてなのよ! だから、あなたのことを特別だと思っているのは確かなの。間違いないの。わたくしはアルバートのあんな真剣な顔やメグと一緒にいるときのニヤケきった顔なんて、生まれて初めて見たのよ? アルってこんな顔で笑うんだ、普通の人間みたい! って何度も思ったもの!」
えーと、随分な言われようだと思うけど……。アイリーンさまの中のアルバートさんはどんな人なんだろう?
「ちなみに、アイリーンさまは、今までアルバートさんのことをどう思ってましたか?」
気になったから訊いちゃったよ。そうしたアイリーンさまは、さほど悩みもせずあっさり答えてくれた。
「アルのこと? 人の皮を被った生きる破壊兵器ね」
うわぁ。そういう認識ですか!
「子どものころは表情筋が仕事放棄していたそうよ? 笑った顔さえ大人になるまで見たことなかったのよ? その笑顔も学習して意図的に使うようになったから、心が籠った笑いではないの。逆に怖かったもの。顔の基本造作はいいから無駄に恐怖心を人に与えるのよね」
へぇ。……わたしが持っているイメージと違うなぁ。
食堂のおばさんも『穏やかな人』って言ってた気がするけど……。
たしかに、口元の動きがもにゃもにゃっとして変な感じって思ったこともあったけど、すぐ普通に笑ってたよね。
……いや、本当の初対面では不思議な威圧感と眉間の皺が怖いなぁって思ったわ、そういえば。
「だというのに、メグと触れ合ったたった数ヶ月で、あの男は見事に人間に変化したわ! 感動したのよ! 女神の力で人形が心を吹き込まれたという神話があるじゃない? まさしくその再現だと思ったわ」
ごめんなさい、アイリーンさま。わたし、その神話知りません。これもあとでレイさんに聞こう……。
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