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42.「アルバートさんは、わたしのこと、どう思っているんですか?」

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 アルバートさんにお姫さま抱っこされながら運ばれた先は、王都一番の高さを誇る鐘塔。
 そのテッペン! 鐘がすぐ側にある。つまり、ものすっごく高いんですけどっ!
 ちょっと怖くて下の様子なんて覗けないんですけどっ!

「ちょっ、アルバートさんっ、離さないでくださいよっ」

 この鐘を鳴らすのって昔は紐を垂らして人力だったらしいけど、今は改良されて定時になったら自動で鳴るように設定されているんだって。魔導具のお陰らしいよ。
 だから人がいないし来ない。

 一応、人が座れる程度の広さはある。でも、長く居座る場所でもないから手摺りがないのっ!
 あれ? 違うかな、むしろ手摺りに座ってる感じ?

 そんな、ものすごく不安定な場所に平気な顔して腰を下ろしたアルバートさんの膝の上、わたしはアルバートさんにしがみついた。
 文字どおり、アルバートさんがわたしの命綱状態なんだもんっ。

「大丈夫だ、離さない。安心しろ」

 花火はまだ続いている。ときおり振動とともに打ち上がって辺りが一瞬明るくなる。

 考えてみれば、だれにも遮られない特等席で花火見物してるってことになるのかな。
 アルバートさんの胸に額をつけてもたれながら、ちょっと見上げた角度の横目で見る花火。なんか不思議。
 地上にいるときよりも近くで火薬が破裂するからか、バリバリという振動が怖いくらい。
 でもアルバートさんがいるから怖くない。
 この腕の中にいるなら、きっとわたしは無傷でいられるんだろうな、なんて思う。

「寒くはないか」
「だいじょうぶ。寒くない」

 高いところにいるせいか風も強め。
 でも今着ている異国の布で作られたガウン型ドレス、あったかいんだよね。
 アルバートさんの体温もあるから寒くなんてない。

「メグ。さっき、なんか言い掛けただろ? 俺に言いたいことでもあるのか?」

 さっき? なにか言い掛けたかな……。

 あ。

 告白しようと思ってたんだ、わたし!
 ラウールくんと話したりここに連れてこられたりしたせいで、うっかり忘れてた! うかつ!

「あ、あのね……」

 改めて尋ねられると、なんか躊躇ためらっちゃうよね。わたしが言い淀んでいると、

「ほらほら、どうした。ん?」

 ってアルバートさんが言いながら、自分の膝を交互に動かすから、必然的に膝上に乗ってるわたしはガタガタ揺らされる。なにすんのー! 笑いながらやらないで! 怖いってば!

「ちょっ! やめてくださいよー!」

 わたしは悲鳴のような笑い声を上げながら、さらに強くアルバートさんに抱き着くはめになって。
 もー、なんなのよぉ! 楽しいんだか怖いんだか、よくわかんなくなっちゃったじゃない!

「もー! アルバートさん! 大好きですっ!」

 勢いに後押しされた笑いながらの告白になってしまった……。なんという中途半端な……。
 ムードってものはないのかな、わたし……。ちょっと反省。

 でもま、いいか!
 それがわたしなんだし、まじめな告白聞いたらアルバートさんも困るだろうしね。

 わたしの笑いながらの告白を聞いたアルバートさんは、というと。

「ん、知ってる」

 そう言って、わたしを抱き締めた。
 ん? え? あれ?
 なんという気の抜ける返事……。

「知ってましたか」
「あぁ」

 あー。なんだか気まずいねぇ。
 アルバートさんはわたしを抱き締めながら、頭をなでなでしてくれる。
 ……なんで?

「アルバートさんは、困りますよね」
「ん? 一向に困らん」

 あー。どうでもいい感じ、なのかな。
 っていうか。
 ……アルバートさん。もしかしてあなた、わたしの頭に頬っぺたすりすりしてませんかね?

 なんか……動物っぽい。犬や猫が飼い主に身体を擦り付けているあれみたい。なんて言うんだっけ? マーキング?
 犬のマーキングって、自分の縄張りを主張する行為だったよね。
 それって、つまり……。

「アルバートさんは、どうなんですか?」
「ん?」

 聞いちゃおうかな。聞いてもいいのかな。
 妹みたい、なんて答えが返ってくるかもだけど。……もしかしたら娘みたい、なんて思われてるかもだけど。……それはちょっと嫌だな。

「アルバートさんは、わたしのこと、どう思っているんですか?」

 言っちゃった! 訊いてしまった!
 訊かないって決めてたはずなのに、なんだかわたしを混乱させるアルバートさんの態度に訊かずにはいられなかったんだもん。

「メグ? メグはメグだ。俺のメグだ」

 んん? どういうことなの?

 わたしは思いきり力を込めてアルバートさんの胸を押した。腕の長さの分、わたしの身体はアルバートさんから離れた。
 真正面にアルバートさんの顔。ちょっとびっくりした顔でわたしを見てる。身長差があるからいつもは高いところにあるアルバートさんの端整な顔が、いまは目の前にある。

「それは、どういう意味ですか?」

 “俺のメグ”、なんて。
 まるで特別な存在だって言ってるみたいに聞こえるんですけど!
 お願いだから、勘違いさせないで。
 わたし、知っているから。アルバートさんが大事なのはアイリーンさまなんだって、知ってるからっ。

「どういう意味もなにも。メグは俺のだから」

 なんでそんな言い方するのって聞こうとしたら。

「俺はメグので、メグは俺の。それがすべてだ」

 へ? なんですって?

 ちょっと意味がわからなくて呆れてしまったわたしと、そんなわたしを見てまた膝を上下に動かすアルバートさん。ガタガタ揺らされるから、慌ててアルバートさんにひっつく。だって不安定な場所にいるんだよ? そうすると彼の長い腕がわたしを包み込んだ。こんどはそっと。

「ほら。こんなにしっくりくる」

 ふぇえぇぇぇぇっぇぇ?
 アルバートさんは、なんだか嬉しそうに言うけど!
 なにが? こんなにしっくりって、なんのこと?
 わけがわからないよっ!

 分からないけど、この胸の高鳴りはなに? なんなの?

「それは、その……わたしのこと、す、好きっていう意味に、聞こえるんですが?」

 内心、ガタガタ震えながら訊いたっていうのに、

「好き? いや、もっとだ」

 なんて返事をわたしの耳元でアルバートさんは言う。
 ぅえ? どういうことなの?
 いったどんな顔しながら言ってるの? って思いながら、なんとかアルバートさんの顔を見ようとしたら。

 彼のほうもわたしを見降ろしていた。
 わたしの見間違いじゃなければ、うっとりと嬉しそうな顔で。

 え。なに、この幸せそうな顔。黒い瞳がきらきらしてる。心なしか目尻が垂れてる。口の端が上がって微笑んで……。

 「あの、アイリーンさまのことは? いいの?」

 だってアルバートさんはアイリーンさまのことをずっと思ってきたんでしょ?
 もしかしてその前提条件が間違ってたの?

「アイリーン? 彼女はカレイジャスのお嬢さまだ。めいには従うがあるじではない」

 従うが、あるじではない。えーっと、アルバートさんのお母さんがアイリーンさまの乳母だったんだっけ? だからかな? 従うのはカレイジャス侯爵家って意味なのかな。
 乳兄弟で昔から知っていたけど、異性として好きだったわけでないってことなのかな。

 アルバートさんはなんだかうっとりとした顔でわたしの頭を撫でる。

「メグは俺の天の配剤だ。それが道理だ」

 ????!!!???
 それが道理って、なに?
 言っていることばはちゃんと聞き取れるよ?
 確かに同じことばを話しているはずなのに、わけがわかりませーーーんっ! だれか通訳してーーー!
 っていうか、ニュアンス? は、分かるんだけど、それで正解なの? 合ってるのって不安になるんですけどーーー!

 ことばだとアレだけど。

 それよりも表情とか態度は分かりやすい。
 わたしを膝に乗せ、優しく抱きしめて。
 頭を撫でて頬ずりをして。
 やさしい目で、わたしを見つめて。

 これって、もしかしたら……。

 ――いやいや、もういっこ可能性があったね!
 アルバートさんってばもしかして今、発情してるんじゃないのっ? だからわたしに耳障りのいいこと言ってるって可能性が!

 ――でも身の危険は感じないのよね。ってことは、そういう可能性はないってことなのかな。

 じゃあ、酔っ払ってる? 酔っ払いってのはいつも突拍子もないこと言い出すんだよ!
 ……いや、アルコール臭はないよね。

 うーんうーん。ってことは、つまり、たぶん、だけど。

 たぶんなんだけど、アルバートさんはわたしに好意を抱いてくれている、んだと思う。たぶんだけど。
 
 信じても、いいのかな。
 わたしたち実は両想いなんだって、思っていいのかな。自惚れても、いいのかな。

 でも天の配剤とか道理とかって全然まったく意味不明なんだけど!

 やっぱりよくわかんなーーーいっ!
 だれかっ! アルバートさんの取り扱い説明書ちょうだーーーいっ!

 わたしの心の叫びと同時に、最後の大きな花火がドーーーーーンって上がった。

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