36 / 48
36.わたしらしく
しおりを挟むとうとう今日は万国博覧会の最終日!
一ヵ月、経ったんだねぇ。いろんなことがあったけど、おおむね楽しかったし、色々と気がつくことができたし、いろんな物を知っていろんな人と知り合うことができて……。うん、ひとことで言えば有意義だったな。
万博が始まるまえは、そんな催し物があるってこと自体を知らなかったんだから、わたしってば成長したなぁ!
それもこれもアイリーンさまに会うことができたから。
アイリーンさまに会えて、やさしい人たちと知り合うことができて、本当に良かった。
ジェフリーとの恋を失って嫌な思いもしたけど、それ以上の成果があったと思うから、あの出会いも悪いことばかりじゃなかったんだなぁって、今なら思うよ。
こういうの、ことわざにあったよね。なんだっけ。
うん、これだ。「今日の喜びは明日の悲しみ。悲しみの朝のあとには、喜びの夕べが訪れる」ってやつ。
ジェフリーと別れて、わたしってなんてちっぽけでつまらない存在なんだろうって自覚して落ち込んで。でもいい出会いに助けられて楽しい毎日になって。
そういえば。
アルバートさんにむりやり連れてかれて、初めてアイリーンさまに会うはめになったときは、むっちゃくちゃ怯えてたんだよね。
お貴族さまのご夫人に会うなんて初めてだったから。すっごく怖かったもん。
普通のご夫人だったら鞭打ちとか刑罰を与えられていたかなぁって思うと、ジェフリーの奥さまがアイリーンさまで、本当に良かった。命拾いしたってこのことだよね。平民が貴族を怒らせたってだけで罰を受けるのが当たり前なんだもん。
わたしってば運が良かった!
そう思うと、人との出会いって不思議。
だからね、思うんだ。
アルバートさんと知り合えたことも、きっといい出会いだったって思える日が来るはずだって。今はまだ、ちょっとだけツライけどさ。
いつかはきっとね、良い思い出になるって。
時間はかかるかもだけど。たぶん、きっとね。
年の差のこととか、なにより身分違いだし、アルバートさん自身の気持ちだって分かんないんだし。
時間はかかるかもだけど、良い思い出になるよ。きっとね。
◇
「ほんとうに、それでいいの? メグ」
赤ん坊のアドニスくんを抱っこしてあやしながらシェリーさんがわたしに訊く。
なんで訊かれているのかっていうと、アルバートさんと恋人のフリをしているっていう話をして以来、恋愛相談はもっぱらシェリーさんにしていたから、かな。
しかも、わたしの周りできちんと恋愛して結婚した人たちって、実はシェリーさんとヴィーノさんのおふたりだけだってのも理由かも。
シェリーさんは産休中だけど商会本店のすぐ近くに住居があるから、会おうと思えばすぐ会いに来れるし。
そんな(わたしから見れば)恋愛上級者のシェリーさんに、決意表明? っていうのかな、“わたしは気持ちを整理しましたよ”って伝えたんだ。
シェリーさんの腕の中、つぶらな瞳でこちらを見ているアドニスくんを見つめる。
生まれてからもう一ヵ月かぁ。日に日にぷくぷくになって可愛くなるアドニスくん。“愛の結晶”か……。
そういえば、アイリーンさまに訊かれたことがあったなぁ。
『メグは今、そういう相手はいないの? この人の子どもなら生んでもいいっていう相手』
あのときは、アイリーンさまの子どもなら生みたいって答えたっけ。
今は……。
「私は、恋人のフリがそのまま本物になると思ってたんだけど」
シェリーさんがなんだか残念そうに言う。
「ふふ。もうわたしは賢くなったので、貴族の方と不毛な恋愛なんてしません」
わたしはきちんと笑って答える。表情の作り方もちゃんと習っているからバッチリだ。
「うーん、身分差、かぁ……」
「それにアルバートさんもロブさんやサミーさんと同じように、アイリーンさまを大切に思っているって知ってるから……。あの方に片思いしてる人に片思いって、不毛の極みじゃないですか」
「え」
赤ん坊をゆりかごに戻していた姿勢のまま固まったシェリーさんは、顔だけこっちに向ける。なんだか怪訝な顔してるよ? あれ? あの人たちがアイリーンさまに思いを残しているってこと知らないのかな。
「片思いを続けるのって、やっぱりそれなりにシンドイでしょ?」
わたしはそんなに辛抱強くないもん。ロブさんたちはスゴイっていうか辛抱強いっていうか、……ぶっちゃけシツコイよね。
「えー、あぁ、そうねぇ。副会長たちを見れば、そう思うわよねぇ……?」
「そうですよ」
やっと動きを再開したシェリーさんは、自分の首や肩を手でマッサージしながら言う。相変わらず怪訝そうな顔してる。
「んー。それは、そうかもしれないけど。なんか……メグらしくないっていうか」
「え?」
わたしらしく、ない?
「ジェフリー・ロイドにあれだけポンポン言えたメグが、アルバート卿に好きって言わないまま思いを封印しようだなんて、らしくないなぁって」
シェリーさんが首を傾げながらことばを続ける。
「好きだからこそ、かもしれないけど。でもジェフリー・ロイドも好きだった人でしょ。なにが違うんだろう。自分でわかる?」
なにが違う?
つまり、それは……ジェフリーは好きだったけど、もう関係ない人だから。もう会わないって、関わらないって決めた人だから。
だからこそ、言いたいことを言った。……のかな?
うん、そんな感じ。
じゃあ、アルバートさんは?
時間が経てば辛くなくなるって思うなら。
もうこの気持ちは忘れるって決めたのなら。
それはつまり、もう関係ない人になるってことだよね? ジェフリーと同じってこと? 過去の男になる?
それなら……、最後に言いたいことを好き勝手言ってもいいんじゃない?
身分差とか、年の差とか。
アルバートさんから見たわたしって、保護者みたいな気持ちで心配してるんだろうなぁっていう諦めの思いとか。
いろいろ気になってたことをぜんぶ、取っ払って。
そこに残った単純なわたしの気持ちを。
好きっていう思いを。
その一言だけ、言っちゃっていいんじゃないのかな。むしろ、言わないなんてわたしらしくない。
そう思ったら、なんだか心がフッと軽くなった。
アルバートさんへの気持ちを忘れなくちゃって思ってたけど、無理して忘れることもないよね。
だれにも言わないで失くしちゃおうなんて、人見知りで深窓のご令嬢みたいじゃん。そんなの『わたし』じゃない。
うん。
言おう。言っちゃおう。その方がわたしらしい。
どうせ応えてはもらえないだろうけど、それでもいいじゃん。
アルバートさんはやさしいから、わたしが好きって言ったら……きっとちょっと困ってしまうんだろうなって思うけど。
でもちょっとくらい困らせちゃえ。
それくらい、許してもらおう。いいじゃん、いいじゃん。
信じられないくらい気持ちがラクになった。曇り空から急に光り射す晴天になったような。
水たまりを見つけて飛び込んだときみたいな、ちょっとワクワクした気持ち。
「シェリーさん、ありがとう! 自分が本当はどうしたいのか、分かった気がする」
わたしがそう言うと、シェリーさんは心配そうだった顔をいつもの笑顔に戻してくれた。
「やっぱりシェリーさんに聞いてもらって良かった。アルバートさんに自分の気持ちをはっきり言ってみるね」
「私か旦那が立ち会う?」
第三者立ち会いの元、告白するの? それって、まるでジェフリーに言ってやったあのときみたいだ。
そういえばあのときは、ヴィーノさんに奴を取り押さえてもらってたからこそ、言いたいこと言えたんだった。
シェリーさんの顔を窺えば、冗談で言ってるんだって分かる。
だからわたしは笑って答える。
「だいじょうぶだよ。アルバートさんは激昂して掴みかかるなんてことしないもん」
わたしの答えに、シェリーさんは目に見えて肩の力を抜いた。
「じゃあ、アルバート卿に振られたら、うちの子の未来の嫁になる権利をあげるからね!」
「あははは! ツバメくん候補が増えた!」
「あぁ。なんだっけ。メグが拾ったっていう迷子……ラウール・ブランカくん、っていったかな。隣国のブランカ商会の御曹司。うちのアドニスの強力なライバルだね!」
「うふふ。モテモテで困っちゃうな~」
「ブランカ商会も今日帰国するんでしょ? また泣かれちゃうんじゃない?」
「うん。今晩の閉会式の後でいっしょに花火を見ようねって約束してるの」
「あらまぁ! もうデートの約束してるの? すごいわね、昨今の7歳児は!」
万博最後のスケジュールは閉会式。出展ブースを片付けたら、閉会式後にあがる花火をみんなで観ようって約束してるんだ。もちろん、アイリーンさまやロブさんたちともね。
そうだ。
花火のあとにでも、アルバートさんに言おうかな。
好きです、って。
◇ ◇ ◇(シェリー視点)
シェリーは自宅玄関で、これから万博へ向かうというメグを見送った。
メグがこの家を訪れたときには、だいぶ暗い顔をしていたので心配したが、それも払拭されたようでほっとした。
「……それにしても……アルバート卿がアイリーンさまに片思い……?」
かの人の顔を思い浮かべながら、さてあの御仁にそんな事実はありえるのだろうかと首を傾げたシェリーであった。
10
お気に入りに追加
484
あなたにおすすめの小説
人質生活を謳歌していた虐げられ王女は、美貌の公爵に愛を捧げられる
美並ナナ
恋愛
リズベルト王国の王女アリシアは、
敗戦に伴い長年の敵対国である隣国との同盟のため
ユルラシア王国の王太子のもとへ嫁ぐことになる。
正式な婚姻は1年後。
本来なら隣国へ行くのもその時で良いのだが、
アリシアには今すぐに行けという命令が言い渡された。
つまりは正式な婚姻までの人質だ。
しかも王太子には寵愛を与える側妃がすでにいて
愛される見込みもないという。
しかし自国で冷遇されていたアリシアは、
むしろ今よりマシになるくらいだと思い、
なんの感慨もなく隣国へ人質として旅立った。
そして隣国で、
王太子の側近である美貌の公爵ロイドと出会う。
ロイドはアリシアの監視役のようでーー?
これは前世持ちでちょっぴりチートぎみなヒロインが、
前向きに人質生活を楽しんでいたら
いつの間にか愛されて幸せになっていくお話。
※設定がゆるい部分もあると思いますので、気楽にお読み頂ければ幸いです。
※前半〜中盤頃まで恋愛要素低めです。どちらかというとヒロインの活躍がメインに進みます。
■この作品は、エブリスタ様・小説家になろう様でも掲載しています。
別れてくれない夫は、私を愛していない
abang
恋愛
「私と別れて下さい」
「嫌だ、君と別れる気はない」
誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで……
彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。
「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」
「セレンが熱が出たと……」
そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは?
ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。
その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。
「あなた、お願いだから別れて頂戴」
「絶対に、別れない」
【完結】王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは要らないですか?
曽根原ツタ
恋愛
「クラウス様、あなたのことがお嫌いなんですって」
エルヴィアナと婚約者クラウスの仲はうまくいっていない。
最近、王女が一緒にいるのをよく見かけるようになったと思えば、とあるパーティーで王女から婚約者の本音を告げ口され、別れを決意する。更に、彼女とクラウスは想い合っているとか。
(王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは身を引くとしましょう。クラウス様)
しかし。破局寸前で想定外の事件が起き、エルヴィアナのことが嫌いなはずの彼の態度が豹変して……?
小説家になろう様でも更新中
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜
清川和泉
恋愛
幼い頃に半ば騙し討ちの形で人質としてブラウ帝国に連れて来られた、隣国ユーリ王国の王女クレア。
クレアは皇女宮で毎日皇女らに下女として過ごすように強要されていたが、ある日属国で暮らしていた皇太子であるアーサーから「彼から愛されないこと」を条件に婚約を申し込まれる。
(過去に、婚約するはずの女性がいたと聞いたことはあるけれど…)
そう考えたクレアは、彼らの仲が公になるまでの繋ぎの婚約者を演じることにした。
移住先では夢のような好待遇、自由な時間をもつことができ、仮初めの婚約者生活を満喫する。
また、ある出来事がきっかけでクレア自身に秘められた力が解放され、それはアーサーとクレアの二人だけの秘密に。行動を共にすることも増え徐々にアーサーとの距離も縮まっていく。
「俺は君を愛する資格を得たい」
(皇太子殿下には想い人がいたのでは。もしかして、私を愛せないのは別のことが理由だった…?)
これは、不遇な人質王女のクレアが不思議な力で周囲の人々を幸せにし、クレア自身も幸せになっていく物語。
[完結]婚約破棄してください。そして私にもう関わらないで
みちこ
恋愛
妹ばかり溺愛する両親、妹は思い通りにならないと泣いて私の事を責める
婚約者も妹の味方、そんな私の味方になってくれる人はお兄様と伯父さんと伯母さんとお祖父様とお祖母様
私を愛してくれる人の為にももう自由になります
旦那様、離婚しましょう
榎夜
恋愛
私と旦那は、いわゆる『白い結婚』というやつだ。
手を繋いだどころか、夜を共にしたこともありません。
ですが、とある時に浮気相手が懐妊した、との報告がありました。
なので邪魔者は消えさせてもらいますね
*『旦那様、離婚しましょう~私は冒険者になるのでお構いなく!~』と登場人物は同じ
本当はこんな感じにしたかったのに主が詰め込みすぎて......
御機嫌ようそしてさようなら ~王太子妃の選んだ最悪の結末
Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。
生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。
全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。
ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。
時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。
ゆるふわ設定の短編です。
完結済みなので予約投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる