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33.貴族と平民だもんね……今までお疲れさまでした
しおりを挟む「結局、ジェフリー・ロイドはどんな刑になるのでしょう」
飲食館から商業館への道すがら。
わたしがそう訊くと、アルバートさんは首を傾げてちょっとだけ考えこんだ。
けっこう重い内容の話をしているわたしたちをよそに、今日も万博会場では賑やかに笑いさざめきながら人波があちこち通り過ぎる。
一般の平民も入場可能になったから、よけいに人波が多い気がする。いや、気のせいじゃないな。多いよ。
国内の人だけじゃないもんね。隣国の商人さんとか大使さんとかも大勢いるし。他国の民族衣装、キレイだよねぇ。
ところで我がローズロイズ商会の出展ブースの壁は、きちんと当初計画したとおりになった。
アイリーンさまのお兄さまの工房へ写実ポスターの再作製を依頼してそれが出来上がったのが、万博二日目の夕方。その日の夜には貼り直して、三日目から当初計画した『超写実ポスター』がお客さまをきちんとお出迎えしたよ。
わたしの下策だった『壁一面のアイリーンさま作戦』で使われた壁紙なんだけど。
なんだかんだあって、アイリーンさまの生家であるカレイジャス侯爵家の方々に強奪さ……いえいえ、引き取られていきました……。
涙で抵抗したんだけど……侯爵家直属の騎士団の方々に奪われ……いえいえ、侯爵閣下が殊のほかお気に召したから特別の指示があったとかで、回収されていきました……。くすん。たからものだったのにぃ……。
そういえば、初めて会ったときのアルバートさんが着ていた青い騎士服って、カレイジャス侯爵家直属騎士団の制服だったと判明したんだよね。
「住居不法侵入に器物破損および窃盗未遂の一件と、ロイド邸への住居不法侵入と窃盗。万博会場における一商会への執拗な嫌がらせと見られる一連の破壊工作行為……。今回、一番量刑が重いのはどれだと思う?」
ようやく口を開いてくれたアルバートさんだったけど、逆に質問されちゃった。
「一番重い量刑?」
「一商会への執拗な嫌がらせ、というのが一番重い。なぜなら一平民が高位貴族の持ち物への破壊活動だったから。いわゆる不敬罪だな。……しかもカレイジャス侯爵閣下の溺愛する末娘の持ち物への……記録水晶に残されている以上、言い逃れる余地が微塵もない。平民同士ならもしかしたら懲役と和解金程度で済ませられた案件かもしれないが」
アルバートさんがしきりに右手で自分の顎を撫でている。これ、彼が考えごとしているときの癖なんだよね。
「あー。王家から数えて三番目っていう高位貴族でしたね……」
アイリーンさまの生家って侯爵さまだって聞いたのはだいぶ前だね。
「そうだ。閣下が怒り心頭しているらしい。しかもアイリーンの等身大パネルを破壊しポスターを損壊させたことは、本人への殺意に該当するって判断されたらしいから不敬罪のうえに殺人未遂罪だ……詳細は言えんが生きていたら御の字、って思えるような刑になると思う……たぶん、閣下のお怒りが解けない限り」
カレイジャス侯爵閣下を思い出す。
威風堂々としたオジサマで、アイリーンさまと同じ瞳の色で。アイリーンさまに紹介されたときは震えるほど怖かったけど、作製中の超写実ポスターの話をしたら「励むように」とおことばをかけてくれたんだよね。
ちょっと優しい人かも? ってあのとき思ったんだけど、あれって実際はわたしがアイリーンさまを信奉していますっていう態度を認めて貰っただけなんだと思う。
つまり、アイリーンさまにとって有益な人間ならそばにいていいよっていう意思表示。でも有害な人間なら……言うまでもないよね。
一度はその閣下から、アイリーンさまの伴侶として認められた人だったのにね、ジェフリーは。せっかく認められたその信頼を裏切ったのもジェフリー本人なんだから、しかたないよね。
しかも今現在は高位貴族と平民。
口答えしただけで馘首にされるくらいの身分差がある方相手に、殺意持ちだと認定されたなら……まぁ、そういうことだよね。
うん。アルバートさんが濁したことばの先が分かるよ。
たぶんだけど。
「つまり……奴は二度とメグを悩ますことは無いし、メグの前に顔を出すようなことにもならない」
アルバートさんは真っ直ぐ前を見ながらそんなふうに言う。わたしを見てくれない。
けど、彼の左手はしっかりとわたしの右手を掴んでいて。
「そう、ですか……」
ずっとずっと。
アルバートさんがわたしの護衛をしてくれていた。
ジェフリーが逮捕されて、たぶん重い刑を架せられるからわたしとは関わらなくなるらしいってことが予測できて。
だから。
もう、アルバートさんは本来の任務に戻るべきなんじゃないかなって思うんだよね。
もう、解放してあげなくちゃねって。
そう、思うんだよね。
ずっとずっと。
アイリーンさまのご厚意と、アルバートさんのやさしさに甘えてきたけど。
そもそもの要因がなくなるんだから、それが道理ってもんでしょ?
もうすっかりわたしの右手ってばアルバートさんと手を繋ぐことに慣れちゃったみたいだけど。
ついつい、彼の左側に立ってしまうわたしがいるんだけど。
身のほどってものを知らないとね。
プライドだけ肥大して身を滅ぼしたジェフリーみたいになるのは、いやだもん。
貴族と平民って、そういうことだ。うん、そういうこと。
お母さんもよく言ってたもん。『分を弁えよ』って。
優しくしてもらって嬉しかった。
仲良くお喋りできて楽しかった。
一緒にごはん食べたことも、やさしく頭を撫でてくれたことも。
あのときは文句言っちゃったけど、わたしを軽々と抱き上げてロイド邸まで大ジャンプしてくれたこと、良い思い出になったな。
空から王都を見下ろした人間なんて、数えるほどもいないんじゃない?
ほんと、良い思い出だ……。
ごめんなさい。恋人のフリなんてさせてしまって。
しかもこんな小娘相手に、ごめんなさい。
「じゃあ、もう安心ですね!」
「メグ?」
わたしは努めて明るい声をだした。
「もう恋人のフリなんてしなくても良くなったってことですよね! 今までお疲れさまでした、本当にありがとうございました!」
「メグ……」
一瞬。
ほんの一瞬だったけど、アルバートさんの左手から力が抜けたのが分かった。
わたしはその隙に手を離す。
見上げれば、驚いた顔のアルバートさん。ふふ。やっとこっち見てくれた。
「それでは、メグは万博通常業務、本日の売り子の定位置に戻りますね!」
お道化た調子で敬礼。さっきまでアルバートさんと繋いでいた右手を額に翳して。
笑顔を見せてから、くるっと反転。背中を向けて。
商業館の中へ走って逃げた。
なんだか……泣きたくなっちゃったから、逃げた。
◇ ◇ ◇(アルバート・エゼルウルフ視点)
ちいさな手の温もりがすり抜けた。
不意を突かれ、思考停止した心の奥。
自分で自分がわからない。理解できない。
笑顔のメグが敬礼する。
スカートがふんわりと広がったのは、彼女が反転して俺に背を向けたから。
ここ最近は一つに纏めて結い上げられたヘイゼル色の柔らかい髪。そのうしろ姿が遠ざかる。
俺の手から離れ、走り去る。
いままで確保したものを逃したことなどなかったというのに。
なぜ手を離した。
この俺が。
ここ最近は常に行動をともにしていた存在が、その小さな背中を俺に向ける。
あれが頼りないほど細く軽くやわらかいことを、俺は知っている。
けれど彼女の精神は途轍もなくタフで強かでエネルギッシュなことも、俺は知っている。
か弱い生き物は隔離保護すべきだと思った第一印象だが。
あれは隔離すべき対象なのだろうか。
あるいは保護すべき対象なのだろうか。
目前に置けば、どうしても見つめてしまうヘイゼルのくせ毛。
懐に納め誰にも見せたくないと思ったのはいつだったか、もうよく覚えていない。
まさか、彼女のほうからお役御免の判断をされるとは夢にも思っていなかった俺は、呆然としたままメグの後ろ姿を見送ってしまったのだ。
だが。
足が自然と動いた。
無意識に聴覚を強化させ彼女の走る足音を追う。
アイリーンに命じられたからでもなく。
護衛のためだからでもなく。
恋人のフリ、という業務上の義務でもなく。
ただただ、彼女の身の安全が心配になってしまっただけ。
人波の向こうで彼女が迷子の子どもを発見し保護するのをこっそり見守った。
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杖をついた老婦人を、老婦人本人のお目当てらしい国際特別出展館へ送り届けたあと。
ナンパ目的らしい数人の若い男連中に囲まれかけたところで保護した。
やっぱりメグは危なっかしいから放置はできないと思った。
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