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29.S級の能力とメグの下策
しおりを挟む「馬? どこへ行くつもりだ」
アルバートさんはいつもと同じ、守衛室から顔をだして『お使いか?』って聞くかんじでわたしに尋ねる。どこか嬉しそうなんだけど、今はそれに付き合う時間はないのよね。
「ロイド邸です。わたしの部屋に宝物が置いてあって、それを取りに行きたいんです。それとアイリーンさまにご提案も……」
時間がない(この会話すら、馬場へ向かう途中の歩きながらだもんっ)と焦っていたわたしは率直に返事をしたのだけど。
「解った。俺に掴まれ。馬より速く着く」
へ? どういうこと? って思ったときは遅かった。
アルバートさんは問答無用でわたしの身体を抱き上げた。そしてその場で屈みこんだ。びっくりして彼の首に抱き着いてしまったわたしの手に、彼の身体がピキピキと微かな音を立て僅かに盛り上がったのを感じ。
次の瞬間。
勢いをつけて。
――飛んだ。
「いやぁぁぁぁぁぁぁっぁあああぁぁぁああっぁっぁっぁぁぁぁあ!」
急加速! に急発進! で空を!
悲鳴をあげずにはいられないっっ!!!
アルバートさんの首に抱き着いたまま、彼の肩越しに王都の街を見下ろした。王宮を中心に放射線状に伸びる街道。あちこちに点在する常緑樹。白い壁が多い貴族街とごっちゃな色合いの下町。
うそっ! 本当に空に! うそっ! なんで空飛んでるの?
と思ったら。
こんどは落ちる!
落ちるっ! 落ちていくっ!
なにかお腹の奥がひゅんってなってやな感じ!
びゅうびゅう音を立てながら落ちるからもう景色を見る余裕もなく歯を食いしばり、夢中でアルバートさんにしがみ付いていた。
このままだと地面に叩きつけられる! と思ったんだけど。
ずぅぅんんっ……と音を立ててアルバートさんは着地をした。落下になびいていたわたしの髪の毛が遅れて肩にかかる。
目を開ければ地面が近い。
意外なことにわたしは僅かな重みを感じただけで済んだ。地面に叩きつけられるような未来は来なかった。
アルバートさんに抱えられていたから。
でも! それでも!
心臓ばくばくだよ!
「安心しろ。これ以上落ちない」
そうですね。いまは地面に到着していますからね。でも!
「空、飛ぶなら、そう言って、くださいよぉ」
心の準備ってものがあるじゃないですか⁉ 覚悟が必要ってもんじゃないですか? 今さらですけど、震えがきましたよ。
「空は飛べない。大ジャンプをしただけだ……泣くな」
ふぇぇええ?
アルバートさんがわたしの目元を、な、舐めたよっ!!
なにしてくれちゃってんですかっ⁈
ってあれですか? わたしが首に抱き着いてて近いからですか?
泣いたわけじゃないんですよ! 驚き過ぎて涙が出てただけなんですよっ!
それをなんで舐めるんですか? って手はわたしを抱えているから?
いいんですよ、下ろしてくれれば! こんな生理的に出た涙なんてほっとけばいいんだし!
「なにごとですか!」
気がつけば焦った顔のレイさんが目の前にいる。
辺りの景色を見れば、どうやらここはロイド邸の裏庭だ。お邸もある。アイリーンさまが3階の窓からこちらを見下ろしている。
えっと。
詳しい説明をお願いします。ちょっとわたし、腰が抜けたようでうまく立てなくなりました。
◇
つまり。
アルバートさんは、こう考えたらしい。
メグは急いでいる。
が、どんなに早く馬を飛ばしたところで、しょせんは王都の街並みを駆け抜けなければならない。必然的に区画整備されたそこを通るには馬のスピードを最速に上げるわけにはいかないし、道はうねうねしててまだるっこしい。
けれど、直線で移動するならそれほど距離があるわけではない。速く着く。なにより自分にはそれを可能とする能力があるから。
アルバートさんは自分に身体強化の魔法をかけて、大ジャンプを決行。万博会場からロイド邸まで、文字どおり『まっすぐ』に移動した――と。
まっすぐだけど。まず上に、すっごい高いところまで飛んでいたよね? なんなら鳥の飛ぶ高さだったよね? 王都の街並みを見下ろすなんて体験、初めてしたよ?
それで上に(斜め上に?)ジャンプしただけなので、当然落ちる。
いやぁ、舌噛まなくて済んで良かったぁ……。
アルバートさんはだいたいの事情を説明してくれたけど。
うん、いくら急いでいたからって事前説明してよぉぅ……。
アルバートさんとしては、向こう岸へ渡るのに、川幅をひょいっと飛び越えた感覚だったのかもしれないけど、まさか王都をひょいっと超えるなんて思わないじゃないですかぁ!
とりあえず、わたしは自分の部屋へ運んでもらって(立てなかったんだもん!)ベッドの下に隠していた宝物の数々が入ったカバンを引っ張り出した。
レイさんにお願いして接着剤をたくさん用意して貰って。
アイリーンさまに事情を説明して、申し訳ないけどやっぱり会場に来てもらうよう説得しようとして。
「うふふ。危険だからって、わたくしがあなたの案に乗らないわけがないでしょう? メグ。お願いなんて不要。以前あなたに言ったわよね? “今のわたくしはなんでもする”って」
不敵にそう笑うアイリーンさまの無敵なご尊顔に手を合わせ。
簡単な打ち合わせをしてから万博会場へ戻った。
またアルバートさんに抱き上げて貰って、だけど。
馬より速いのは確かだったし。でも今度は大ジャンプではなく、小ジャンプを繰り返すような形で。
わたしが大荷物を抱えていた(万が一手を離したら宝物が無くなる)し、最終着地点となる万博会場にはどこもかしこも人がいる。あらかじめ着地点を決めて立ち入り禁止にするならともかく、そうじゃないなら衝突事故の危険性しかない。もしぶつかったら大惨事だもん。
(実際、ロイド邸の裏庭のアルバートさんが着地した場所。軽く抉れてたよねぇ……整備されたレンガの床が壊れてたよねぇ……)
でもこの、小ジャンプを繰り返すのって。
上に跳ね上がるときはなんだか押しつぶされるみたいな感じがしてうげってなるし、落ちるときはお腹の奥がひゅんってなるから不快だし……。
緊急事態だからこそ受け入れたけど、もう二度とごめんなんだからね!!!
◇
よろよろになりながら戻ったわたし(アルバートさんはケロっとしてたよ! ちっ)を中心に、今いるスタッフ全員でポスターに代わるあらたな壁紙を作成した。
あれですよ、あれ。一度はボツになった『壁一面のアイリーンさま作戦』!
でもわたしが用意したのは色付きのポスターじゃないの。絵師さんとふたりで、あぁでもないこうでもないと試行錯誤したデッサン。下絵の数々。わたしの宝物!
つまり、白い紙に黒く荒い線が入っただけの単純にして素朴なもの。
それでも今回本採用した大振りポスターと同じ構図の絵もある。サイズ的には1/2くらいだけど。それを中心に、今まで数多く描いたすべてのデッサンを並べてくっつけて、壁全体に貼った。
はっきり言おう。
多色刷りのポスターより地味。質素。素朴さのみ、派手さはない。
そりゃそうだよね。白い紙に黒い線で描いた物だもん。
でも。
同じ顔の人物絵(さまざまな角度、大きさ、表情が違ったりするの)がこれでもかとばかり、一面に並ぶさまは。
ある意味、異様。ある種の狂気さえ感じるほどに。
「なるほど。うん、メグは信者。まちがいない」
なんとか時間ぎりぎりに貼り終えた壁紙を見上げてロブさんが言う。
「不思議なインパクトはありますね」
苦笑いしながらサミーさんが言う。
「これ全部を宝物と称して隠し持っていたメグって……」
他のスタッフがドン引きしてるのが悲しい。
「メグは……本当にアイリーンに心酔しているんだなぁ」
アルバートさんがポツリと溢すけど。
あれ? もしかしてわたしってつきまといの変態要素を持ってるってことですかね? あれあれ?
「メグ以外のヤローがこれを持ってたら、レイにぶち殺されてるかも」
ぶ、ぶぶぶ物騒ですね、アルバートさんっっ
……絵師さんのところにもあるんですけど……絵師さんは男の人なんだけど……オネェ言葉を流暢に扱うオネェサマだったけど……いや、あれは製作過程の資料として残してるって言ってたから……。
レイさんのあの華麗な回し蹴りを思い出したわたしは、この事実は伏せておこうと決めたのでした。
◇
遠くでファンファーレが鳴り響く。
どうやら万国博覧会、開催時刻がきたみたいだ。わたしたちはブース全体を覆い隠していた天幕を取り払った。
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