上 下
29 / 48

29.S級の能力とメグの下策

しおりを挟む
 
「馬? どこへ行くつもりだ」

 アルバートさんはいつもと同じ、守衛室から顔をだして『お使いか?』って聞くかんじでわたしに尋ねる。どこか嬉しそうなんだけど、今はに付き合う時間はないのよね。

「ロイド邸です。わたしの部屋に宝物が置いてあって、それを取りに行きたいんです。それとアイリーンさまにご提案も……」

 時間がない(この会話すら、馬場へ向かう途中の歩きながらだもんっ)と焦っていたわたしは率直に返事をしたのだけど。

「解った。俺に掴まれ。馬より速く着く」

 へ? どういうこと? って思ったときは遅かった。
 アルバートさんは問答無用でわたしの身体を抱き上げた。そしてその場で屈みこんだ。びっくりして彼の首に抱き着いてしまったわたしの手に、彼の身体がピキピキと微かな音を立て僅かに盛り上がったのを感じ。

 次の瞬間。
 勢いをつけて。

 ――飛んだ。

「いやぁぁぁぁぁぁぁっぁあああぁぁぁああっぁっぁっぁぁぁぁあ!」

 急加速! に急発進! で空を!
 悲鳴をあげずにはいられないっっ!!!
 アルバートさんの首に抱き着いたまま、彼の肩越しに王都の街を見下ろした。王宮を中心に放射線状に伸びる街道。あちこちに点在する常緑樹。白い壁が多い貴族街とごっちゃな色合いの下町。

 うそっ! 本当に空に! うそっ! なんで空飛んでるの?

 と思ったら。
 こんどは落ちる!
 落ちるっ! 落ちていくっ!

 なにかお腹の奥がひゅんってなってやな感じ!
 びゅうびゅう音を立てながら落ちるからもう景色を見る余裕もなく歯を食いしばり、夢中でアルバートさんにしがみ付いていた。

 このままだと地面に叩きつけられる! と思ったんだけど。
 ずぅぅんんっ……と音を立ててアルバートさんは着地をした。落下になびいていたわたしの髪の毛が遅れて肩にかかる。
 目を開ければ地面が近い。
 意外なことにわたしは僅かな重みを感じただけで済んだ。地面に叩きつけられるような未来は来なかった。
 アルバートさんに抱えられていたから。

 でも! それでも!

 心臓ばくばくだよ!

「安心しろ。これ以上落ちない」

 そうですね。いまは地面に到着していますからね。でも!

「空、飛ぶなら、そう言って、くださいよぉ」

 心の準備ってものがあるじゃないですか⁉ 覚悟が必要ってもんじゃないですか? 今さらですけど、震えがきましたよ。

「空は飛べない。大ジャンプをしただけだ……泣くな」

 ふぇぇええ?
 アルバートさんがわたしの目元を、な、舐めたよっ!!

 なにしてくれちゃってんですかっ⁈

 ってあれですか? わたしが首に抱き着いてて近いからですか?
 泣いたわけじゃないんですよ! 驚き過ぎて涙が出てただけなんですよっ!
 それをなんで舐めるんですか? って手はわたしを抱えているから?
 いいんですよ、下ろしてくれれば! こんな生理的に出た涙なんてほっとけばいいんだし!

「なにごとですか!」

 気がつけば焦った顔のレイさんが目の前にいる。
 辺りの景色を見れば、どうやらここはロイド邸の裏庭だ。お邸もある。アイリーンさまが3階の窓からこちらを見下ろしている。

 えっと。
 詳しい説明をお願いします。ちょっとわたし、腰が抜けたようでうまく立てなくなりました。


 ◇


 つまり。
 アルバートさんは、こう考えたらしい。

 メグは急いでいる。
 が、どんなに早く馬を飛ばしたところで、しょせんは王都の街並みを駆け抜けなければならない。必然的に区画整備されたそこを通るには馬のスピードを最速に上げるわけにはいかないし、道はうねうねしててまだるっこしい。
 けれど、直線で移動するならそれほど距離があるわけではない。速く着く。なにより自分にはそれを可能とする能力があるから。
 アルバートさんは自分に身体強化の魔法をかけて、大ジャンプを決行。万博会場からロイド邸まで、文字どおり『まっすぐ』に移動した――と。

 まっすぐだけど。まず上に、すっごい高いところまで飛んでいたよね? なんなら鳥の飛ぶ高さだったよね? 王都の街並みを見下ろすなんて体験、初めてしたよ?

 それで上に(斜め上に?)ジャンプしただけなので、当然落ちる。
 いやぁ、舌噛まなくて済んで良かったぁ……。

 アルバートさんはだいたいの事情を説明してくれたけど。
 うん、いくら急いでいたからって事前説明してよぉぅ……。

 アルバートさんとしては、向こう岸へ渡るのに、川幅をひょいっと飛び越えた感覚だったのかもしれないけど、まさか王都をひょいっと超えるなんて思わないじゃないですかぁ!


 とりあえず、わたしは自分の部屋へ運んでもらって(立てなかったんだもん!)ベッドの下に隠していた宝物の数々が入ったカバンを引っ張り出した。
 レイさんにお願いして接着剤をたくさん用意して貰って。
 アイリーンさまに事情を説明して、申し訳ないけどやっぱり会場に来てもらうよう説得しようとして。

「うふふ。危険だからって、わたくしがあなたの案に乗らないわけがないでしょう? メグ。お願いなんて不要。以前あなたに言ったわよね? “今のわたくしはなんでもする”って」

 不敵にそう笑うアイリーンさまの無敵なご尊顔に手を合わせ。
 簡単な打ち合わせをしてから万博会場へ戻った。
 またアルバートさんに抱き上げて貰って、だけど。

 馬より速いのは確かだったし。でも今度は大ジャンプではなく、小ジャンプを繰り返すような形で。
 わたしが大荷物を抱えていた(万が一手を離したら宝物が無くなる)し、最終着地点となる万博会場にはどこもかしこも人がいる。あらかじめ着地点を決めて立ち入り禁止にするならともかく、そうじゃないなら衝突事故の危険性しかない。もしぶつかったら大惨事だもん。
(実際、ロイド邸の裏庭のアルバートさんが着地した場所。軽く抉れてたよねぇ……整備されたレンガの床が壊れてたよねぇ……)

 でもこの、小ジャンプを繰り返すのって。
 上に跳ね上がるときはなんだか押しつぶされるみたいな感じがしてうげってなるし、落ちるときはお腹の奥がひゅんってなるから不快だし……。
 緊急事態だからこそ受け入れたけど、もう二度とごめんなんだからね!!!


 ◇


 よろよろになりながら戻ったわたし(アルバートさんはケロっとしてたよ! ちっ)を中心に、今いるスタッフ全員でポスターに代わるあらたな壁紙を作成した。
 あれですよ、あれ。一度はボツになった『壁一面のアイリーンさま作戦』!
 でもわたしが用意したのは色付きのポスターじゃないの。絵師さんとふたりで、あぁでもないこうでもないと試行錯誤したデッサン。下絵の数々。わたしの宝物!
 つまり、白い紙に黒く荒い線が入っただけの単純にして素朴なもの。
 それでも今回本採用した大振りポスターと同じ構図の絵もある。サイズ的には1/2くらいだけど。それを中心に、今まで数多く描いたすべてのデッサンを並べてくっつけて、壁全体に貼った。

 はっきり言おう。

 多色刷りのポスターより地味。質素。素朴さのみ、派手さはない。
 そりゃそうだよね。白い紙に黒い線で描いた物だもん。

 でも。
 同じ顔の人物絵(さまざまな角度、大きさ、表情が違ったりするの)がこれでもかとばかり、一面に並ぶさまは。
 ある意味、異様。ある種の狂気さえ感じるほどに。

「なるほど。うん、メグは信者。まちがいない」

 なんとか時間ぎりぎりに貼り終えた壁紙を見上げてロブさんが言う。

「不思議なインパクトはありますね」

 苦笑いしながらサミーさんが言う。

「これ全部を宝物と称して隠し持っていたメグって……」

 他のスタッフがドン引きしてるのが悲しい。

「メグは……本当にアイリーンに心酔しているんだなぁ」

 アルバートさんがポツリと溢すけど。
 あれ? もしかしてわたしってつきまといの変態要素を持ってるってことですかね? あれあれ?

「メグ以外のヤローがこれを持ってたら、レイにぶち殺されてるかも」

 ぶ、ぶぶぶ物騒ですね、アルバートさんっっ
 ……絵師さんのところにもあるんですけど……絵師さんは男の人なんだけど……オネェ言葉を流暢に扱うオネェサマだったけど……いや、あれは製作過程の資料として残してるって言ってたから……。
 レイさんのあの華麗な回し蹴りを思い出したわたしは、この事実は伏せておこうと決めたのでした。


 ◇


 遠くでファンファーレが鳴り響く。
 どうやら万国博覧会、開催時刻がきたみたいだ。わたしたちはブース全体を覆い隠していた天幕を取り払った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】殺されたくないので好みじゃないイケメン冷徹騎士と結婚します

大森 樹
恋愛
女子高生の大石杏奈は、上田健斗にストーカーのように付き纏われている。 「私あなたみたいな男性好みじゃないの」 「僕から逃げられると思っているの?」 そのまま階段から健斗に突き落とされて命を落としてしまう。 すると女神が現れて『このままでは何度人生をやり直しても、その世界のケントに殺される』と聞いた私は最強の騎士であり魔法使いでもある男に命を守ってもらうため異世界転生をした。 これで生き残れる…!なんて喜んでいたら最強の騎士は女嫌いの冷徹騎士ジルヴェスターだった!イケメンだが好みじゃないし、意地悪で口が悪い彼とは仲良くなれそうにない! 「アンナ、やはり君は私の妻に一番向いている女だ」 嫌いだと言っているのに、彼は『自分を好きにならない女』を妻にしたいと契約結婚を持ちかけて来た。 私は命を守るため。 彼は偽物の妻を得るため。 お互いの利益のための婚約生活。喧嘩ばかりしていた二人だが…少しずつ距離が近付いていく。そこに健斗ことケントが現れアンナに興味を持ってしまう。 「この命に代えても絶対にアンナを守ると誓おう」 アンナは無事生き残り、幸せになれるのか。 転生した恋を知らない女子高生×女嫌いのイケメン冷徹騎士のラブストーリー!? ハッピーエンド保証します。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈 
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

麗しの王子殿下は今日も私を睨みつける。

スズキアカネ
恋愛
「王子殿下の運命の相手を占いで決めるそうだから、レオーネ、あなたが選ばれるかもしれないわよ」 伯母の一声で連れて行かれた王宮広場にはたくさんの若い女の子たちで溢れかえっていた。 そしてバルコニーに立つのは麗しい王子様。 ──あの、王子様……何故睨むんですか? 人違いに決まってるからそんなに怒らないでよぉ! ◇◆◇ 無断転載・転用禁止。 Do not repost.

次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。 そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。 お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。 挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに… 意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。 よろしくお願いしますm(__)m

【完結】触れた人の心の声が聞こえてしまう私は、王子様の恋人のフリをする事になったのですが甘々過ぎて困っています!

Rohdea
恋愛
──私は、何故か触れた人の心の声が聞こえる。 見た目だけは可愛い姉と比べられて来た伯爵家の次女、セシリナは、 幼い頃に自分が素手で触れた人の心の声が聞こえる事に気付く。 心の声を聞きたくなくて、常に手袋を装着し、最小限の人としか付き合ってこなかったセシリナは、 いつしか“薄気味悪い令嬢”と世間では呼ばれるようになっていた。 そんなある日、セシリナは渋々参加していたお茶会で、 この国の王子様……悪い噂が絶えない第二王子エリオスと偶然出会い、 つい彼の心の声を聞いてしまう。 偶然聞いてしまったエリオスの噂とは違う心の声に戸惑いつつも、 その場はどうにかやり過ごしたはずだったのに…… 「うん。だからね、君に僕の恋人のフリをして欲しいんだよ」 なぜか後日、セシリナを訪ねて来たエリオスは、そんなとんでもないお願い事をして来た! 何やら色々と目的があるらしい王子様とそうして始まった仮の恋人関係だったけれど、 あれ? 何かがおかしい……

離婚したらどうなるのか理解していない夫に、笑顔で離婚を告げました。

Mayoi
恋愛
実家の財政事情が悪化したことでマティルダは夫のクレイグに相談を持ち掛けた。 ところがクレイグは過剰に反応し、利用価値がなくなったからと離婚すると言い出した。 なぜ財政事情が悪化していたのか、マティルダの実家を失うことが何を意味するのか、クレイグは何も知らなかった。

転生おばさんは有能な侍女

吉田ルネ
恋愛
五十四才の人生あきらめモードのおばさんが転生した先は、可憐なお嬢さまの侍女でした え? 婚約者が浮気? え? 国家転覆の陰謀? 転生おばさんは忙しい そして、新しい恋の予感…… てへ 豊富な(?)人生経験をもとに、お嬢さまをおたすけするぞ!

処理中です...