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21.新商品のポスター

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「ポスターにわたくしを?」

「反対です」

「賛成できません」

 なぜか本店の会長執務室にレイさんが来てた。お届け物でもあったのかな。アイリーンさまを広告に! っていう話を聞いたレイさんはすぐさま反対だと言う。
 シェリーさんも賛成できないって。

 会長執務室の応接ソファ―にアイリーンさまが嫣然えんぜんと腰かけている。その背後にレイさんとシェリーさんが立ち、対面のソファにはロブ副会長。
 なんというか……。睨み合っているけど、この四人、それぞれ趣きは違うけどみごとなまでに美人ばかり。美人たちの緊迫した雰囲気は胃が痛くなる感じ。

「アイリーンさまはカレイジャス侯爵家のご息女なんですよっ! ちまたの女優と同じ扱いをしてはいけない人です‼」

 キリっとした表情でシェリーさんが言う。眉間に皺。

「アイリーンさまのうつくしさは、確かにそこらの女優より上でしょう。だからと言って、広告に使われるような軽い身分の方ではありません」

 淡々とした表情でレイさんが言う。やっぱり眉間に皺。


 わたしは部屋のドア付近の壁にアルバートさんとヴィーノさんに挟まれて並んで立っている。

「カレイジャス侯爵家ってなんですか?」

 右隣に立つアルバートさんに小声で訊けば

「アイリーンの生家。この国で2番目に偉い貴族って覚えておけば間違いない」

 と、同じように小声で教えてもらった。

「1番目って?」

「エクセター公爵。ちなみにその上は王族」

 つまり、王族から数えて3番目に偉いおうちにお生まれになったのが、アイリーンさまなんですね。ご実家は他の貴族より強い立場なんだなって理解してたけど、そっかぁ……。


「だがアイリーン、聞いてくれ。きみがモデルを引き受けてくれるのが一番理に適っているんだ」

 ロブ副会長が滔々とうとうまくし立てる。
 曰く。
 そもそもこのローズシリーズの化粧品を開発した意味を、出発点を思い出せ。自分に合う化粧品が欲しかったから開発したのだろう?
 それをしたのはアイリーンきみだろう?
 きみに似合う化粧品なんだから、きみが看板になるのは当然ではないのか?
 しかもきみが引き受けてくれるなら、そこらの女優に払う契約金を節約できるではないか! 節約! 素晴らしい!

 わたしはロブ副会長の説得に耳を傾けながらお茶を淹れた。アイリーンさまの前に一客置き、ロブさんの前にも一客。
 ワゴンにティーセットを乗せ、ワゴンごと移動してレイさんとシェリーさんにもお茶を差し上げた。
 空気がぴりぴりしてる気がするのでね、ちょっとこれで緊張がほぐれませんかね。レイさんもシェリーさんも美人だからかなぁ、怒ると怖いんだよね……。

「メグ! メグも言っていたよな! ローズロイズ商会一押しのローズシリーズの新製品を使ったアイリーンを見てみたい、と」

 ロブさんに、いきなり話を振られてたじろぐわたし。皆さんの視線がいっせいに寄越される。視線って目に見えないものなのに、なぜか痛いよね。

「い……言いました、ね」

 新しい口紅をアイリーンさまの唇に! とは思いました、はい。だって似合いそうだもん。

「一番うつくしいアイリーンがポスターの顔になるのは相応しい。これは歴然たる事実だ!」

 わたしの言葉を受け、味方を得たかのように力強く宣言するロブさん。
 ポスターにしたいって言ったのはロブさんだからね? わたしはそんな考え持ってなかったからね?
 とは、口に出して言えないけど。言えない雰囲気だから。

 でも結局はアイリーンさま次第じゃないのかな。
 アイリーンさまが『嫌よ。やりたくないわ』って言えば、その案は実行できないよね?
 そんな気持ちでアイリーンさまを見れば、彼女もわたしを見ていた。
 視線が絡んだ途端、優しく微笑むアイリーンさま。やっぱり綺麗だなぁ。見惚れちゃうよね。

「メグは、わたくしの顔がポスターに載って……店先に並ぶさまを見てみたい?」

 アイリーンさまのお言葉を聞き、想像してみた。

 ポスターにアイリーンさまのおうつくしいお顔……艶やかに微笑むその唇と同じ色の新型口紅。ステキかも……。

「きっと、ポスターになったアイリーンさまもおうつくしいですぅ……」

 わたしの言葉をきいたロブさんは『どうよ!』という顔をしてレイさんたちを見返す。

「でも、店先に並ぶっていうのは違う気がします……」

「違う?」

「どういうこと?」

 ロブさんもレイさんも眉間に皺を寄せてわたしに訊くけど、これってばわたしの妄想なんだからそんなに真剣な顔で睨まないで欲しいです。

「アイリーンさまは気軽に拝んで良い方ではないので、……店先じゃなくて、もっと特別な場所に貼りだすべきです。そうですね……外国のお客さまがいらっしゃる場所とか、それこそ王族のみなさんが来るような特別な場所がいいですよねぇ……」

 妄想を続けそれを言葉にして垂れ流したわたしは、アイリーンさまやロブさんが言葉もなく目を見開きわたしを凝視していたのに気がついて驚いた。
 あれ? みなさん、なんで黙っているんですか?
 わたし、なんかまずいこと言いましたかねぇ……。

「万国博覧会かっ!」

 突然ロブさんが大声をだした。この人、突然怒鳴るくせでもあるの? びっくりするんですけど。

「そういえば、我が商会でも出展ブースを確保していたわ」

 アイリーンさまがやや呆然とした様子で口にする。しなやかな白い手を口元に当てるその姿が麗しいです。

「そうか、万博の特別展示にアイリーンのポスターを使おう! どうせ新型口紅も一押し商品だろう? ちょうど良いじゃないか!」

 ロブさんってば、頬が染まって生き生きしてる……。無駄にお肌キレイだから可愛さ倍増してるじゃん。羨ましい。

「万国博覧会ならば外国からの王侯貴族が来賓として訪れる……アイリーンさまこそ、そんな場に相応しいです」

「注目度は桁違いですし。異論はありません」

 レイさんとシェリーさんが頷きあってる。
 皆の視線がアイリーンさまに注がれ、一瞬静寂が訪れた。

 皆の視線を一身に浴びたアイリーンさまは、なんとも言えない柔らかい笑みを溢した。

「たしかにロブが言ったとおりよ。我が商会の一押し商品はローズシリーズ化粧品。この商品の顔はわたくしだわ。モデルでもなんでも、わたくしがやるのが道理ね。
 そして万博出展を機に、国内だけでなく他国にも販売経路を広めましょう!」

「そうだ、やろう!」

 ロブ副会長が両手をぱしんと打った。やるぞーって感じで。レイさんとシェリーさんも納得したみたいに頷いている。アイリーンさまは優雅にティーカップに口をつけている。
 これは、アイリーンさまのポスターが作られるってことだよね? 一枚欲しいなぁ。
 お茶を出し終えたわたしは壁際のもとの位置に戻った。

「いい案だ」

 アルバートさんがこっそりわたしに言った。
 わたしはこっそり応える。

「……ばんこくはくらんかい、とは、なんでしょう?」

「そこからか」

 左隣に立つヴィーノさんが喉の奥で笑った。無理しないで大声だして笑ってもいいよ?






※ポスターはアルフォンス・ミュシャのあんなのやこんなのが一般的な世界、だと思ってください
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