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20.ローズロイズ商会副会長、ロブ・ガーディナーさん登場……だよ
しおりを挟む「あぁ、来たか」
窓際の大きな執務机から立ち上がったのは若い茶髪の男性だった。つかつかと歩み寄るとわたしの目の前で立ち止まり、じーーーーっと、(わたし穴が空くんじゃ? と思うほど)じっくりと、頭のてっぺんから爪先まで観察された。こうまであからさまに観察されたのはレイさん以来だ。
「ふぅん。ここまで睨まれてビビらないんだな」
ちょっと感心したって顔してこの茶髪の男性――副会長だよね?――は言うんだけど、ジロジロ見られるのも二度目なんでね。耐性つきましたって感じ?
っていうか……面白がってる? 青い瞳がやけにギラギラと光ってわたしを見る。身長差、あんまり無いのね。私より高いけど、男にしては低めの方かな。そして細身だ。
顔の造作は……可愛い。これに尽きるわ。びっくりするくらい女顔。手首の太さとかそもそもの骨格から男性だって分かるけど、ぱっと見は可憐な美少女だ!
幾つ? アイリーンさまのご学友って聞いているから、彼女と同じ年だとしたら21歳? いやだ、もっと若く見えるよ……あれ? もしかしたら、わたしより可愛いかも?
お肌、つるつるしてる……なに? この肌理の細かさ! そこはかとなく良い香りもするし……でもこれ、薔薇の香りじゃないよ。なに? もしかしてもしかするとローズシリーズ化粧品以外を使ってる⁈ 使ってるよね⁈ 自分のところで取り扱っているもの以外を使うなんて、裏切りじゃないのっ⁈ なにを使ったらこうなるの⁈ 羨ましいっ
「シェリーさんの補佐として、これからお世話になります。マーガレット・メイフィールドです。どうぞ、メグとお呼びください」
内心の焦りを隠してちゃんと挨拶したわたしは偉いと思うっ!
ちゃんと礼儀に則ったお辞儀もしたし!
でも!
「その美肌の秘訣を教えてくださいっ! もしかしてですが、ローズシリーズ以外をお使いですよね? どこのブランドのお化粧品をお使いで?」
続けて尋ねてしまったのは……あれよ、職業意識の高まりのせいよっ! 決して美肌を羨んだせいじゃないわよっ……いや、ちょっと羨ましかったけど。
わたしが勢い込んで尋ねたら、しばらくの沈黙がこの部屋を支配して。
「ひゃーひゃっひゃっひゃ、きみ、なに言い出してんのー⁈」
可愛い顔に似合わない下品な笑い声をあげた副会長にバシバシと背中を叩かれて。
「うん、いいね。きみのこと気に入ったよ」
ローズロイズ商会副会長、ロブ・ガーディナーという人に認められたのでした。
◇
あれからお茶を淹れさせられた。
『特訓中だって? ここで淹れてよ』と無茶振りされた。簡易コンロとか設備はあったので、すぐ対応できたけど、お味の方は……。
ロブ副会長は、言葉には出さなかったけど、表情で語ってくれた。渋いって。
……うん、一日一歩、三日で三歩だよね。アルバートさんに『昨日よりは美味いよ』と慰められた。
ちなみに。ロブ副会長さんが使っている化粧品は、現在開発中の男性用化粧品なんだって。だからまだ世に出ていないものなんだって。自分のところで作っているものを自分で試しているんだから、裏切ってるわけじゃない……んだよね。さっきは失礼なこと考えてしまってゴメンナサイ。
んで。
なぜか次の新作口紅宣伝用のポスター案の相談を受けている。
宣伝のために女優さんを使おうって案があって、その女優さんの選定で迷いが生じているとかで。
新作の口紅は従来の蓋付きの平たいケース入りじゃないの。
細長い指先のような形状で紅筆が要らない、直接唇に塗れる画期的な仕様になっているんだよね。最近は庶民の女性もお化粧を気軽にするようになったし、この形ならお手軽に化粧直しができるって、これから販売に力をいれる商品なんだとか。
庶民用にしたいから安価な価格設定にした。つまり、他の諸経費は抑えたい。その諸経費の中に広告宣伝費用も含まれるけど、女優さんに協力を頼むのならそれなりの見返りは要求される。
ぶっちゃけ、人気女優さんを専属モデルにしようとすると、契約金が必要って話。
無名女優さんなら契約金は抑えられるけど、商品を後押しするほどのパワーがあるのかっていうと疑問なんだとか。
「でな。こっちの女優Aと女優B、メグはどっちがいいと思う? 女性視点で意見が欲しい。ちなみに北通り支店の女性従業員の回答はみごとに半々だった!」
そう言って頭を抱えたロブ副会長さん。
「俺としてはなぁ、Aは安いが花が足りない。Bはネームバリューはあるが予算オーバーだ。どっちも決め手に欠けるんだ」
アルバートさんはどう思っているのかなと彼を見れば、ソファに座ってお茶菓子をポリポリ食べてる。我関せずな顔で。
目が合うと「アテクシに意見を求めるなんて、メグちゃんは大胆ねっ」などと言ってしなを作るので無視した。
ロブ副会長はアルバートさんのオネェ言葉にギョッとした表情を見せたけど、言葉にしては何も言わなかった。うん、これは無視するに限ると判断したんだね。
それにしても。
見せられた女優さんの姿絵は、どちらもうつくしい。迷うのも分かる。
「花がある……つまり、ぱっと人目を惹く人じゃないと宣伝には困るってことですよね」
「そう、だな。採算より宣伝効果をとるべきってことか」
副会長が女優Bの方の調査書類を手に取った。
わたしは傍に置いてあった新発売新型口紅(サンプル品)を手に取った。カバーを外して下部をくるっと回すと、にょきっと紅い塊が回転しながら出て来る。これ、何度見ても面白いよね。
でも、この色……。艶やかな赤。きっとこの色が一番似合うのは……。
「わたし、アイリーンさまにこの口紅使って欲しいです」
「……は?」
「このお色、アイリーンさまのお肌に一番映えそうだし、アイリーンさまのうつくしい唇がますます艶やかになる気がします!」
今朝の初仕事ってアイリーンさまのお化粧を任されたことなんだよねぇ。あの形のいい唇に紅筆でお色を載せるとき、緊張して手が震えたなぁ。元々うつくしいアイリーンさまをさらに飾ることが出来て、すっごく満足感に満ち満ちた朝だった。
「それはつまり、アイリーンをポスターに使えって言ってる、のか?」
あれ? そういう意味になりますか? ロブ副会長の青い目が落っこちそうなくらい見開かれてわたしを凝視する。ちょっと怖い。
「メグ、さすがにあいつにそれは」
「その手があったか!」
アルバートさんが横から意見した途端、ロブ副会長が大声をだしてそれを遮った。
ガタンという派手な音と共に椅子が倒れロブ副会長が立ち上がっている。
椅子を倒すほど、興奮してる?
「そうか、それがいい! その手があった! あいつは誰よりも人目を惹く! 花がある! っていうかあいつ自身が大輪の薔薇だっ! そこらの女優なんか目じゃない! しかもあいつがやったら広告宣伝費は必要ない‼」
いや、わたしは新作の口紅をアイリーンさまに使いたいって言っただけで、ポスターにアイリーンさまを使いたいと言ったつもりはないのですが……。
青い目をギラギラ輝かせた副会長が、ぐりんと音がする勢いでわたしに向き合って両手を握り締められた。
「よくぞ言ってくれた! 一緒にアイリーンを説得しよう! 善は急げだっ!」
その勢いのまま、引っ張られて本店に戻って。帰りのカブリオレの中はわたしと副会長が並んで座って、アルバートさんは馭者台(座席の後ろにある荷台みたいなところ)に立って帰ったのでした。
ちなみに。
ロブ副会長は細身なので、来たときよりギュウギュウ詰めじゃない状態、ぶっちゃけゆったり座って快適に帰ることができました。
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