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18.S級と恋人のフリ?
しおりを挟む「恋人の、フリ?」
シェリーさんは、意外な言葉を聞いたわといった感じのびっくり眼でわたしを見る。
「はい。フリです」
わたしは神妙に頷く。
そうなのだ。アルバート・エゼルウルフ卿と恋人のフリをすることが決定したのだ。はははは。渇いた笑いをしちゃうわー。
でも仕方ないよねぇ。なんか変な尾行をするバカヤローがいるらしいからねぇ。バカヤローに諦めさせるための手っ取り早い方法だってレイさんも認めてくれたしねぇ。
昨日、ロイド邸に馬で到着したわたしたちを呆れた顔で出迎えてくれたレイさん。そのレイさんに『バカップル』認定されて。
このままカップルのフリをしていればアレを撃退できるんじゃね? っていうか察して引き下がるんじゃね? という提案をアルバートさんがしたのだ。
まさかそんなマネさせられませんと断ろうとしたら、一緒に聞いていたレイさんもそれに賛同してしまい。
いやいやそんなと焦ってはみたものの、言われてみればあのバカヤローに諦めさせるためのいい作戦なんじゃ? と思い直したわけで。穏便な作戦だってレイさんも言ってたし。
……アルバートさんを帰したあと、そのレイさんに不思議なお願いもされたんだよね。
『たぶんアレが不埒者に成り下がることはないでしょうが、あんな姿は初めて見ましたし……それでも人並みになって貰いたいという……大きなお世話ではあるのですが……メグならこの期待に応えてくれる気がしますし』
¿¿¿¿もう、なにがなんやら????
珍しく歯切れの悪い物言いのレイさんに戸惑うばかりで。
わたしのなにを期待しているのかもさっぱりなんですがね!
「メグ? なに遠いところを見てるの?」
「いいえ。しょせん、フリなので。あちこち迷惑かけて申し訳ないなぁと」
そうなんだよね。
わたしは簡単に男に騙されてしまったチョロい子。もうまっとうな恋愛なんてできない。だって男の人を信じられないもん。
そもそもアルバートさん……思い起こせば昨日作戦が決まったあと、さんざん呼び方で揉めたけど、結局『アルバートさん』で落ち着いた。落ち着かせた。
なーにが『アルって呼んで』だ。無駄に良い声してるうえに語尾にハートマーク付きで聞こえたよ?
ガタイも良いくせに小首を傾げるなんて仔犬動作をしないで欲しい。
なーにが『大切にするからね』だ。勝手に人の手を持ち上げて手の甲に挨拶するなってば。音を立ててちゅーするな。いや、音だけで本当に触れられてはいなかったけど!
やだやだ、S級の人は! 女慣れしてて無駄にわたしを振り回すような人、いや。大人の余裕綽々な態度がなんとなく腹立たしい。
そりゃあ、アルバートさんはおとなだけど!
「そう? これを機会にフリじゃなくて本当にしちゃえば? アルバート卿は恋人とかいない人だし」
え?
あ、そうなんだ……。恋人、いないんだ……。
いや! いやいや。血迷うなわたし! 昨日アルバートさんの年齢訊いたら29歳とか言ってた。わたしより11も年上。ジェフリーだって26歳だったんだよ? アレよりさらに年上なんだよ? 絶対、経験値も豊富で女慣れしてて、わたしみたいなチョロ小娘なんて簡単に騙すに決まってるんだ。
心許したりしたらこっちが痛い目に合うに決まってるんだから!
――だってアルバートさんもお貴族さまだし。
「いえ。アイリーンさまも独身に戻ったことだし、レイさんも独身らしいし。仕事に生きる女だっていいじゃないですか! 男なんて要らないです。ちょうど忙しいし。仕事、死ぬ気で頑張りますっ!」
わたしが握り拳作ってそう宣言すると、シェリーさんは肩を竦めて苦笑いした。
「その心意気は認めるけど、ほんとに死んじゃだめよー、メグ?」
「当たりまえですよ! まだ世の中の美味しい物を食べ尽くしていません。死ぬ気で頑張りますが、死ぬには惜しいですっ」
そうなのよ。世に美味しい物はまだまだあるってロイド邸で知ったからね。食後の甘味。必要よ!
「あはは。その意気よ。メグの舌が確かなのは、そのお世話になった食堂のまかないで鍛えられたせい?」
「そうかもしれません。あそこ本当に美味しいです! ぜひ一度お試しくださいっ。量も多いですからヴィーノさんと一緒に!」
ところで。
お茶の淹れ方をシェリーさんに見て貰いながら復習していたのだけど、今妊婦のシェリーさんはカフェインが濃いものを飲んではだめだとかで、味の判定ができない。お陰で(?)練習で淹れてしまったお茶を、商会にお勤めの従業員さん全員に配るハメになった。もちろん、わたし自身も飲んだんだけどね! 捨てましょう! って提案したんだけどね、無駄に量が多くて捨てるのは勿体ないから挨拶代わりに配ってきなさいってシェリーさんからの特命で……。未熟な腕でまことに申し訳ない……。
でもこれ、新参者のわたしが早く商会内で慣れるためだって分かるからなぁ。ううっ、頑張ってお茶淹れの腕をあげますっ!
◇
その日の午後。
お使いのために外出しようとしたら、守衛室から声を掛けられた。
「メグ。最後に淹れたお茶は一番ましだったぞ」
「……アルバートさん」
なんですかね、この人は。なぜこんなにニコニコ笑顔なのでしょう。不自然なまでに取り繕った笑顔ですよ。
確かに、お茶配りましたよ。配った中にアルバートさんもいましたよ。渋いお茶(のはず!)ばかり渡したわたしが悪かったですけど!
「一緒にクッキー配ってくれたから、あれで口直しできたし」
「ちっ」
「乙女が舌打ちしない」
『……ちっ』
「いま、心の中で舌打ちしただろ」
勘の鋭い男っていやね。これだからS級は。
「で? これからどこへ行くんだ?」
「北通り支店まで、書類を届けに」
北通り支店はローズロイズ商会の出店2号店。副会長がいるから書類届けるついでに顔見せしておいてってアイリーンさまに言われているんだよね。
その副会長ってお人がアイリーンさまの腹心の友だって聞いたから、興味津々。アイリーンさまの学園生時代からのご友人で、一緒に商会を立ち上げて、2号店を任されるような方。どんな方なんだろう。
ところで『腹心の友』ってね、心から信頼できる友人って意味なんだって。シェリーさんから教えて貰ったの。忘れないようにしないと。
「お前が行く案件?」
「はい。北通り支店への新人顔見せも兼ねるとかで」
わたしが答えると、アルバートさんは壁に立てかけていたご自分の剣を腰に挿した。
「了解。馬車を出す」
「いえ、歩いていくつもりで」
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「なんだ。そんなに俺と手を繋いで散歩したいのかぁ」
そこでいい笑顔にならないでいただきたい! ハンサムさんが愛嬌をふりまく図はよろしくありません! 勘違いする人が出るでしょう!
「いえ、」
「じゃあ馬で二人乗りしてく?」
ああ言えばこう言う!
アルバートさんが同行するのは決定事項なんですね! そういえば、この人わたしの護衛も兼ねてましたね。外出するにはアルバートさんの付き添い決定事項でした。
「――馬車を、お願いします」
渋々と引き下がったわけは、変な押し問答で時間を無駄にしないため。馬車ならアルバートさんと密着しないで済むしね!
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