恋した男が妻帯者だと知った途端、生理的にムリ!ってなったからもう恋なんてしない。なんて言えないわ絶対。

あとさん♪

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16.ちっぽけ過ぎる自分に落ち込む

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「……逃げられた……」

「なんだいなんだいメグ。アルバートさまと随分仲良しさんになったんだね」

 いつの間に? とおばさんがニヤニヤしながらきいてくる。

「アルバートさまは今ギルドでも人気ナンバーワンの冒険者だってさ。でも数ある依頼を片っ端から断っているんだって」

 へー。

「おばさん、詳しいんだね」

「この店は昔の馴染みがよく来るし、現役冒険者も出入りするからさ。なにかとね」

 なるほど。たしかにこの店は美味しいしボリュームがあるから、近所の人だけじゃなくて腹ペコ冒険者も利用してる。冒険者ギルドもそんなに遠くないし。

「じゃあ、二つ名とやらも知ってる?」

 わたしが興味本位で尋ねてみたら、おばさんは絶妙に楽し気な顔で笑った。

「一個だけ知ってるよ。たしか……『狂気インセニティの人狼ウェアウルフ』……だったかな」

「……なかなか物騒な名前だね」

 ウェアウルフって、名字のエゼルウルフにかけてるのかも? なるほど、だから言いたくなかったのかな。

「本人、穏やかな人なのにねぇ。剣を握ると人格が変わるらしいよ」

 そうおばさんは笑うけど。
 穏やかな人かどうかだなんて、今日はじめましてならぬ二度目ましてのわたしは知らないし。

「メグ? あんた、なに不機嫌になってるんだい?」

 自分でもわかんないし!

「ごちそうさまでした!」

 わたしはお皿を持って立ち上がる。そのまま勝手知ったる厨房の隅の洗い場で、自分が食べたお皿を洗う。他にも洗い物があったら洗おうと思っていたのに、全部綺麗に片付けられていた。おじさん、有能だな!
 その有能なおじさんは、自分とおばさんの分の賄いを作ってテーブルで遅い昼食中だ。


 ◇ ◇ ◇


「おい」
「なんだい、おまえさん」
「アルバートが言ってたが、あのバカヤローがメグの尾行をしてたらしい」
「え?」
「護衛付きのせいか、接触はしてこなかったらしいが」
「……ここに来るときもひとりになるなってメグに言うべきだね」


 ◇ ◇ ◇


 わたしはお皿を洗い終えると裏口から外へ出て、お店の裏庭にあるベンチに腰を下ろした。ここは近所の人たちのちょっとした憩いの場になってる。
 ポケットからハンドクリームの入ったケースを出す。これ、ロイド邸では従業員全員に支給されているローズシリーズの一つ。とっても効くから小分けして持ち歩くようにしてるんだ。
 ちょっと掬ってぬりぬり。はぁ、いい匂い。

 それにしても。
 なんだかショックを感じている自分がいる。

 この世には魔法が存在する。僅かだけど魔法使いと呼ばれる人たちもいる。
 だれもが体内に魔力を持っているらしいけど、それをちゃんと扱える人はごく少数。
 わたしは大多数の方。魔法なんて使えない。下町の庶民なんてたいがい使えない人ばかりだ。だから気にしたことなんて、今までなかったんだけど。

 おじさんもおばさんも、魔法、使えたんだ。

 そもそも、ギルドでS級に成りあがる人なんて、どんな形であれ魔法が使えないと生き残れないものだろうし。おばさんたちが昔冒険者だったって聞いていたんだから気がつけって話だよねぇ。
 当然、エゼルウルフさまも魔法、使えるんだよね……。
 みんなスゴイ人たちだったんだなぁ。

 ……わたしはなにもできない。スゴイ人たちに面倒かけるばかりで、自分で自分が嫌になる。

 自分の掌をじっと見ながら考える。最近は、洗い物をしても質のいいハンドクリーム(ロイド邸支給品)のお陰で手荒れが少なくなったと思う。メイドの皆さん同士でお手入れ方法を教え合うし、必然的にキレイな手になった。
 でもこれって、わたしが幸運に恵まれたお陰で得たもので、わたしのモノではない気がする。

 わたしには、基本、なにもない。

 この身体とこの命だけ。多少、手先が器用で読み書き計算はできるけど、それだけ。
 魔法が使えたり、ダンジョン攻略したり、魔物討伐したりする人たちに比べたら、本当に些細なことしかできない。

 あぁ。わたし、落ち込んでいるんだ。ちっぽけ過ぎる自分に。

 両方の手の平をじっと見る。この手の平にある皺、左右対称じゃないんだよね。似ているけど微妙に違う。この左右の手の皺と皺を合わせて『皺合わせ~つまり、しあわせ~♪』って言いながらわたしの手を包み込んだのはお母さんだったな。お母さんの手はちょっとガサついてささくれだって冷たかった。でもその手に包まれるのは決して嫌いじゃなかったよ。

「お母さんに……この特製ハンドクリーム、使わせたかったなぁ……」

 合わせた手を顔の前に持ってくると、お祈りしているみたいな姿だね。実際は手に残ったハンドクリームのいい匂いを嗅いでいるだけなんだけど。ローズの香り、とっても落ち着くもん。

 ……ってわたしがしんみりしていたら。

「メグっ⁈」

 いきなりバタンと大きな音を立てて裏口のドアが開いた。と、同時に呼ばれた。

「ふぁいっ!」

 その勢いに押され、噛みぎみに返事しちゃったけど。
 裏口から顔を出したのはおばさんとおじさんとエゼルウルフさま。……みんな焦った顔しているけど、どうしたの?

「……あぁ、休憩してたのね、よかった」

 とホッとした顔のおばさん。
 おじさんはわたしと目を合わせると、一回頷いて厨房に戻った。
 エゼルウルフさまは裏庭の真ん中まで一瞬で出てきて、辺りをキョロキョロ見回している。……腰にある剣に手がかかっているんだけど、抜刀の用意ですかね? ……不審人物でも出ましたか?

「なんかあったの?」

 わたしがそう訊くと、おばさんはエゼルウルフさまと一瞬だけ目配せをし合った。そしていつもどおりの顔で「いや、なんでもないよ」と言って笑った。
 うん。不自然だね。いつもどおりの顔ではあるけど、どこかピリピリとした雰囲気なんだもん。

「馬の用意をしてきた。おいで」

 エゼルウルフさまがそう言って、わたしに手を差しだした。ふたりの様子を見比べたわたしは、ひとつ溜息をついたあと、その手を取って立ち上がった。

 エゼルウルフさまに手を差し出されたのは三回目。三度目にしてやっと素直にその手を掴んだけどさ。

 そりゃあ掴むでしょ?

 理由がはっきりしているしね! こんなに警戒態勢に入ってるしね! 周囲に出たんですね? 不審者が。

 うへぇぇぇぇ、いやだぁ。シリアスにセンチメンタルぶってたけど、浸れないよぉぉぉぉぉ。
 落ち込むのは後で。身の安全を確保してからだね。


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