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14.アルバート・エゼルウルフさまは、はっきりスケベ
しおりを挟む「よぉ。話は聞いている」
現れた騎士さま改めエゼルウルフさまは、ローズロイズ商会の守衛さんの黒服姿だ。
開口一番の彼のお言葉にげっそり気分のわたし。そうですか、お話聞いていますかー。あのバカヤローからの護衛任務なんて、ほんとうに申し訳ない。
「お手数をお掛けします」
エゼルウルフさまが隣を歩いてくれる。廊下に出て、階段を下りて、また廊下を歩き、わたしが入館した裏口の扉を開けてくれた。
「エゼルウルフさまは、本来はこのローズロイズ商会の守衛さんなんですよね? それなのにわたしの護衛も、してくれるんですか?」
外に出てからそう訊いてみた。
シェリーさんはエゼルウルフさまを『アルバート卿』と言ってた。『卿』という敬称がつくのは貴族だ。貴族なのに、護衛なんてしてるの?
「あぁー、うん。本来の俺は……うん、今は守衛さんだな。……あれは粘着するかもしれないから用心してくれってアイリーンから聞いてる」
うわあ。
あれ、粘着するのかーとか。アイリーンさまにもご心配おかけしちゃってるのかーとか。
アイリーンって呼び捨てなのか、とか。
なんかいろいろ思うところが多すぎる。
「あー。オ手数ヲオ掛ケシマスー」
面倒事を引き受けてくれた人に対して、なんだか心のこもっていない返しね。へんなの。我ながらそう思う。……んん? なんで?
自分で自分の考えがよく掴めない。
背の高いエゼルウルフさまの背中を追って歩きながら、この胸のモヤモヤを考えていたら。
「ん」
目の前に大きな手の平が差しだされた。
ん?
見上げればエゼルウルフさまが、わたしに自分の手を差しだしている。はて。この手はなんでしょう?
「はぐれないように、手を繋ごう」
そういえば、エゼルウルフさまと初めて会った日もこうやって手の平を差しだされた。たぶん、あのときの手は馬車に乗るための補助に使えって意味だったんだなぁって、今なら解る。
「はぐれませんよ」
子どもじゃあるまいし。そりゃあ、城下町で商店街だから人通りは多いけどね。
「ま、いいからいいから」
エゼルウルフさまはそう言うと、問答無用でわたしの手を握って歩きだした。
「や、よくないですっ」
振りほどこうとしても、大きな手にがっつり掴まれていて離せない。
硬い手がなんだかとっても温かい。がっつり掴まれているけど、痛いわけじゃない。
ところで、ふたりで手を振り回しながら歩いている図になってるよ? 変じゃない? 変だよね⁈ いい歳して、オカシイよね⁈ 手を繋いでぎゃーぎゃー言いながら歩いているって、変だよね⁈
なのにエゼルウルフさまはわたしの抵抗をものともしない。
「若くて可愛いオンナノコと手を繋ぐチャンスを俺にちょうだい?」
なんだ? それは!
どうしてそこで今まで見た中で一番の笑顔になっているの⁈
胡散臭くて逆に不自然ですよっ‼
「げっ! 下心は隠してこそですよっ! 表に出したらただのスケベですよっ」
はっきりスケベめ!
「男だからね」
正直か‼
わたしがぎゃーぎゃー言っても手を離してくれないまま、いつのまにか商店街を歩いて移動していて。
あれ? この通りは見覚えがあるぞと意識の半分くらいでは考えていたけど、それより先に手を離してもらいたくてそれにかかりっきりになってた。
話しながら歩いて移動した場所は、わたしが働いていた城下町の定食屋『紅いそよ風と緑の灯』の前だった。
「あれ以来、ここに通うようになってさ。美味いな、この店」
笑顔であっけらかんと口にするエゼルウルフさま。とても口先だけの感想だとは思えなくて、わたしも笑顔になってしまった。
「そうなんです! おじさん、顔は怖いけど腕は確かなんです!」
あれ。顔が怖いは余計なことだったかな。でも嘘は言ってないよ、嘘は。
内心ちょっとだけ焦り始めたわたしを知ってか知らずか、エゼルウルフさまは『そうそう』と相槌を打ってくれる。
そして。
「店主夫妻がきみの心配してたからさ。顔見せしておいで」
そういってお店のドアを開ける。ドアにつけられたベルがからんと鳴った。彼は開けたドアを押さえたまま、わたしの背中をそっと押して店内へと進ませた。
「あー、悪いね。昼定食は終わっちまった、よ……メグ!」
新たに入店したお客に気がついたおばさんが声をかけて……入店したのがわたしだと分かると、嬉しそうな声をあげてわたしに駆け寄ってくれた。
◇
わたしが青の騎士さまに連れられてロイド女男爵さまのお邸に行ってから、気がつけば3ヶ月も時間が経っていた。
その間、青の騎士さま……じゃないね、エゼルウルフさまはこの定食屋に通ってくれてたんだって。
レイさんやアイリーンさまから聞いたわたしの様子を、おじさんやおばさんに教えてくれていたんだって。
昼食の時間も過ぎお客さんの波が一段落ついた定食屋の片隅のテーブルで、わたしはおばさんからそんな話を聞いた。
おじさんは厨房でがしがし音を立てながら鍋を洗っている。
「いやー、メグはその侍女服姿も似合ってるね!」
わたしの対面に座ったおばさんが嬉しそうに言う。
「それに、なんだか姿勢が良くなったんじゃないかい? シュッとしてカッコいいじゃないか! いいとこのお嬢さんって感じがするね」
座っていても、背筋を伸ばして手は膝の上で、足を揃えているからかな? ちょっとまえまでは、この姿勢をし続けるのがつらかったけど、いまは大丈夫になってきた。慣れってあるんだね。
「いいとこのお嬢さんっぽい?」
「ぽいよ~」
おばさんの明るい笑顔が懐かしい。三ヵ月まえまでは毎日見ていたのに……。
「おばさん。あのバカヤローがこの店にも来てたんだって?」
わたしは『バカヤロー』ってあの人の名前を言わないで訊いたけど、通じるもんだね。おばさんは表情を苦々しいものに変えると吐き捨てるように言った。
「あぁ。来たよ。『メグはここにはいないよ』って、あたしとうちの人が睨みをきかせてからは来てないけどね」
うわー。どんな睨みをきかせたんだろう。
そういえばおじさんもおばさんも元冒険者で結構強かったんだよね。おばさんが表情を変えたせいか、闘気? みたいなものが辺りを漂った。心なしか店内の空気が冷え冷えとしてるよ。
「あれだけのことしておいて、よくもまぁノコノコと来たもんだと感心したよ」
「ごめんね、迷惑かけて」
「いやいや。あんたに被害がないならそれが一番だからね」
そんな話をしていたらおじさんが一皿持って厨房から出てきた。わたしの前にコトリと音を立てて置いた一皿は、サラダと甘辛く味付けした麺と特製のタレで焼いたひな鳥。そして小皿にパンプティング。
「食ってけ」
それだけ言っておじさんは厨房に引っ込んでしまったけど、これ賄い食だよね? 働いていないわたしが食べてもいいものじゃないよね?
「あんたがロイド女男爵の家にいるなんて、ひとっことも話していないからね。安心おし」
おばさんはそう言いながらわたしにフォークを持たせる。気にしないで食べなさいってことかな。
ありがたいな。おじさんとおばさんはいつもこうなんだよね。わたしの顔を見るとなんか食べさせたがるの。ふたりとも、あったかいんだ。
「あー。でも今日、会ってきちゃった」
「えぇっ⁈ なんだって⁈」
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