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13.アイリーンさまとお茶します

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「そういう事情での結婚だったから、わたくしは相手ジェフリーの自由と権利を尊重したつもりで、『思い遣る』という対人関係において単純にして基本的な行為が欠如していたのね……結婚相手が家族になるというメグの考え方は勉強になるわ」

 ご自分の結婚事情を説明してくださったアイリーンさまが、溜息混じりにそんなことを仰る。
 勉強になる?
 アイリーンさまのびっくりするような呟きにお茶を噴き出さなかったわたし、偉いぞ!

「べ、勉強になる、とは、光栄……です?」

 わたしの物言いなんかが参考になるものですかねぇ? わたしは相当怪訝な顔をしていたらしい。アイリーンさまが苦笑いしている。

「つくづく興味深いわ。『この人の子どもを生みたいと思うから結婚したい』という考えもね……。メグからはいつもたくさん勉強させてもらっているわ。時間があるときは邸のみんなと一緒に食事するってこともね」

 あぁ、あれですね!
 貴族としては平民のわたしたちと区別されないといけないらしいんだけどね。わたしが使用人のみんなと一緒にご飯を食べるの楽しいですってお話ししたら、『わたくしも仲間に入れて』って仰って、なんと厨房横の使用人用の大テーブルで一緒にご飯食べるときがあるんだ!
 レイさんが貴族夫人としてけしからんって眉間に皺を寄せてたけど、公式の場では弁えるから、ロイド家の中だけだからって説得したんだって。

 わたしたちだってちゃんと心得ているよ。
 アイリーンさまは貴族で、わたしたち平民とは違う存在なんだって。でもひとりの食事って寂しいもんね。

 最近のアイリーンさまは、こうやって親しみやすい笑顔も浮かべてくださるから可愛いんだよ。美人なのに可愛いって、すごいよね!

「みんなと一緒の席で食事をしたからこそ、新しい販促アイデアも生まれたわ。人気劇団の女優を宣伝ポスターに使おうだなんて思いつかなかったもの!」

 わたしたち庶民に人気の演目をやっている劇団の話をしていたときに、その販促アイデアとやらが生まれたそうで。
 劇場前には人気女優や俳優のポスターが貼られているっていう話をしただけだったんだけどね。
 次の公演のお知らせとかね。

 今度、新発売予定の口紅は庶民向けを狙っているそうで。
 庶民に周知させる方法を考えあぐねていたのだとか。
 そのポスターに新発売する口紅をどーんと描いちゃおうってことらしいです。

『この女優は、この口紅を使ってますよ、同じお色を使えますよ』って宣伝できるって。女優人気に便乗しよう! ってことらしいです。

 女優さん側にしてもローズロイズ商会の人気化粧品、それも新商品をただで使えたら儲け! って思うでしょ?
 専属契約ってことになればそれなりのお金も動くらしいし。
 両者ともにうま味のあるお話なんだって。

 そんなみんなが喜ぶようなこと、アイリーンさまでないと思いつかないよ。

「本当にメグには助けられているのよ」

 なんて、アイリーンさまは笑顔でこっちが嬉しくなっちゃうことを言ってくださるの。
 過剰な評価ですよって思うんだけどね。

「普通の平民がなにを思って結婚するのか解かったしね」

 ……もしかしたら、また新しいアイデアとかが浮かんでしまったのですかね?
 それなら、わたしも庶民の生活とかお話する意味があるってもんで。

「あー、……好きだから結婚する。という人が大部分ではないかなぁ……と思いますが」

 ちらりとシェリーさんを見ればうんうんと頷いてくれた。
 ドア前に待機している守衛さんを見れば、表情は変えないけど大きく一回頷いた。

 家の存続のためにとか、商売上の都合で結婚する貴族って不思議。わたしはそう思うけど、貴族であるアイリーンさまにとっては庶民的な在り方が『興味深い』ってことになるんだね。

「今は? メグは今、そういう相手はいないの? この人の子どもなら生んでもいいっていう相手」

「いま? いませんよ。……強いてあげるとすれば……アイリーンさまの子どもなら生みたいなぁって思います」

 キレイだしカッコいいし頭良いし。そのくせ可愛いアイリーンさま。
 わたし、大好きなんだよね。

 わたしがそう言うと、アイリーンさまはうつくしい碧眼を彩る長い睫毛をぱちぱちと音が立つ勢いでまたたかせて「あらあら」と綺麗に笑った。

 こんなアイリーンさまが恋をしたら、どうなってしまうのかなぁ。
 “この人のためなら、何を犠牲にしてもいい”なんて思える相手が現れないかなぁ。


 ◇


 一時間ほどお茶の時間を頂いている間(のんびりお茶してたのはわたしだけ。アイリーンさまは執務机に戻ってお仕事再開してた。あい間あい間にわたしとお話しするって感じで)にアイリーンさまはわたしに提案、というか新しい課題? 命令? をお与えになった。

「でね、メグ。シェリーがもうしばらくすると産休に入るの。彼女の負担を減らすために秘書を増やそうと思っているのよ。だからあなた、シェリーの補佐になりなさい」

「ふぇっ⁈……さん、きゅう?」

「妊娠しているのよ。だから出産間際になったらお休みさせるわ。それを『出産休暇』として認めているの」

 しゅっさんきゅうか……へぇ。そんな制度もローズロイズ商会ではあるのね。女性商会員さん、多いもんね。女性が働きやすい職場なんだなぁ。

 ……ってちょっと待ってわたし! 問題はそこじゃないよ、さっきアイリーンさまから爆弾発言をいただきましたよ!
 シェリーさんはアイリーンさま専属の侍女であり秘書であり護衛でもあるの。わたしの中で兼任役の一番多い、超優秀な人だと認識しているんですけど⁈ その人の補佐って、わりとかなり重責ではありませんか⁈

「シェリーさんのお役目はいっぱいあり過ぎて、わたしひとりには荷が重すぎます!」

 狼狽うろたえながらそう応えると、アイリーンさまはにっこり微笑んで言う。

「護衛はアルバートに任せるわ。メグは侍女兼秘書ね」

 そうですね、護衛任務はわたしには無理過ぎますからね。当然の配慮ですよね!
 とはいえ、やっぱりお役目多いですー! 侍女と秘書の兼任?
 あれ? そういえばこの部屋に入るまえにエゼルウルフさまがそんなこと言ってたね。
『お前、アイリーンの秘書をやるんだろ』って。もしかして既に決定事項?

「メグなら出来るわ。お願いね」

 アイリーンさまのうつくしいニッコリ笑顔、いただきましたー! 光り輝いていますー! その謎の信頼が重すぎですー!

「あー、今のわたしはレイさんの補佐になっているのでー、レイさんにもご意見も伺わないとー」

 心の準備が欲しいわたしは、抗おうとしたのよ?

「承諾済よ。明日からシェリーの補佐に入りなさい」

「……アシタカラ」

 バッサリでした。アイリーンさまに死角はなかった。

「……カシコマリマシター」

 せめて、迷う隙くらいくれませんかね?


 ◇


 もうそろそろ帰ろうかなってときに、アイリーンさまはアルバート・エゼルウルフさまを呼び出した。一緒に帰りなさいという。
 馬車を用意して貰えばそれで帰れるのになぁと思っていたけど、わたしを送り出したシェリーさんがこっそり教えてくれた。

「あのバカからの護衛の意味もあるので、アルバート卿から離れないように」

 んん?
 あのバカって、あのバカ?
 今日アイリーンさまとの協議離婚が成立したあのバカヤローのこと?
 あのバカからの護衛って、なに⁈
 ちゃんとプロポーズはお断りしたのに。
 ……それだけじゃ、だめってこと?

 シェリーさんの後ろにいたこの部屋付きの守衛さんがうんうんと頷いているせいで、事がだいぶ深刻なのかもしれないと思わされてしまったのでした。


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