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6.二日で降参しました
しおりを挟む◇ ◇ ◇(ロイド邸執務室)
「アイリーンさま。私は反対なのですが」
深夜、書類を片付け終えたロイド家の家令は主人にそう諫言した。
「なあに? いきなりね」
主人であるアイリーンは書き物をするときだけ着ける眼鏡を外すと、自分の家令にちらりと視線を送る。
「あのようにろくな教育も受けていない人間をこの邸に置いたりして、金目の物が紛失しても知りませんよ」
アイリーンは気の置けない部下の諫言を軽く受け流した。
「ふふ。レイは用心深いものね。でも……メグなら心配ないわよ。話してみて解ったけど、あの子まったく裏表のない子だもの。いまどき貴重な存在かもしれないわ。仔リスみたいに愛らしいし働き者の手をしていたし……あなた以前言っていたじゃない。“アイリーンさまの周りには不思議といい人材が集まる”って」
「マーガレット・メイフィールドがそうだと?」
胡乱な瞳を向ける部下にアイリーンは軽く笑った。
「うふふ。どうかしら。でも……きっとすぐに分かるわ」
◇ ◇ ◇
おはようございます。メグです。
これが『貴族の常識』なのかと、わたしは気が遠くなる思いでお部屋に運ばれたお茶を頂いたのだけど。
なんというか。
あーりーもーにんぐてぃーって、なに? から始まったロイド家での一日。
わたしがこのロイド家に滞在するのは「子どもができているかもしれないから」という、実も蓋もない理由からなんだけど。
わたしの中の常識では、それって奥さまから見たら浮気相手の面倒をみているってことで。
嫉妬の対象ではないの? とか。
憎い相手なのではないか? とか。
いじわるしちゃっても仕方ないんじゃないの? とか。
いろいろ、うん、もういろいろと考え抜いたんだけどね。
結論から言うと。
至れり尽くせりの見本だった。
貴族のご令嬢の扱いを受けた。(っていうか、そう説明された)
しかも!
奥さまはわたしに、とぉぉぉぉぉぉぉぉっても、親切だった。やさしかった。まるで妹を相手にしているように、朗らかで明るい笑顔を見せてくれた。
朝食の席をご一緒させてもらって、好き嫌いはないか苦手なものはないかとやさしく聞かれた。
ここは嫌みな言葉とか蔑む言葉とか、そういう負の感情的なものをぶつけられる場面では?
そう思うけど、その手の話には全然ならない。わたしがバカだから分かんないだけなのかな?
お昼ご飯はレイさんがお部屋に運んでくれた。
昼間の奥さまはお仕事で外出していることがほとんどなんだって。
お茶の時間にはレイさんやメイドさんが話し相手になってくれて、テラスやお庭で優雅に過ごさせてもらって。
夕餉の時間には奥さまが帰宅して、ご一緒してくれた。
どんな一日だったのか聞いてくれて、奥さまがどんなお仕事をしているのか、当たり障りのない範囲で教えてくれて。
なんと、奥さまはわたしが大好きな化粧品シリーズを販売しているローズロイズ商会の会長をしている人だった!
ローズロイズ商会ってね、わたしだって知ってるくらい有名でこの国で一番凄い商会なんだよ‼
まさかそこの会長さんが女性だったとは思わなかったなぁ。あぁ、でも奥さまから嗅いだ薔薇の香りは、ローズシリーズっていう名前で売られている化粧品と同じだった! いまさら気がつくなんて迂闊! わたしってば迂闊過ぎる‼
で。(落ち着けわたし)
二日目の夜。
わたしは奥さまに『お願いごと』をしていた。初めはレイさんにお願いしたんだけどね、『その件は私の一存では決めかねます』と言われてしまった。だから奥さまに直談判!
「お願いです、奥さま! わたしにお仕事をください! 働かせてください!」
ぶっちゃけ、暇なんです!
なにもしない一日なんて、ありえないんです!
朝、メイドさんに起こして貰って洗顔の世話をして貰って着替えの世話をして貰ってお茶を淹れて貰って……っていう、ここまでが、もう、既に、耐えられない!
そりゃあ、奥さまに用意していただいたドレスはどれもキレイで、それを着たわたしは我ながらびっくりするくらい可愛く見えたし、お借りしたアクササリーもキラキラしてて、それを着けてウキウキしたのは確かなんだけどね。
鏡の中のメグを見ながら思ったよ。結局これって『メグ』じゃない。やっぱり借り物は借り物だもん。
自分の物じゃないモノだからか、なんとも落ち着かない。居心地が悪い。
これが『分を弁えよ』ってことだよ。お母さんがよく言ってた。
具合が悪いっていうならお世話して貰うのもありだろうけど、わたしは元気だし。自分のことは自分でできるんだもん。
人に傅かれるなんて、むりむりむり!
そのくせ昼間はひとりぼっちになってしまって、なぁんにもすることがない。
本物の『貴族のご令嬢』ならね、することもあるんでしょう!
余暇を潰す方法もご存じでしょう!
でもわたしは違うからね。
レイさんをはじめとするお屋敷にお勤めの使用人の皆さんは、自分のお仕事に従事している。
わたしだけ暇を持て余して、お屋敷やお庭をひととおり見て歩いた。
暇人はわたしだけだった。
お茶の時間のお喋り相手は誰かがしてくれたけど、皆さんのお仕事の邪魔をしているなぁと思うと申し訳ない。
なにかしたい。ぶっちゃけ、働きたい!
お客さま扱いは二日で降参です!
「……そういう、ものなの?」
奥さまはわたしの訴えにびっくりしたみたい。後ろに控えているレイさんにきく。
「そうですね。庶民は自分のことは自分でするのが普通です」
レイさんは、ふだん表情をあんまり変えない人だけど、奥さまの前ではわりと喜怒哀楽を出す人だ。奥さまとの会話は主従のそれというより、友だち同士みたいな空気がある。
「芋の皮むきでもなんでもします!」
「イモノカワムキ……」
奥さまってば、呆然としてるけどそんなにわたしの言ったことが信じられないってことなのかな。
意外なことに、わたしに助け舟を出してくれたのはレイさんだった。
「本当になんでもしますか?」
ちょっと面白いぞこいつって顔(笑顔なんだけど、ちょっとイジワルしてやろうって風味もあったよ)でそんな風に聞いてくれるから、
「します!」
わたしは被せ気味に返事をする。もちろん両手は拳を握り締めているよ!
「では明日の朝、早起きして厨房の手伝いなんてどうです?」
「はい! 喜んで!」
そう応えたら、レイさんってばあの笑顔のまま固まっていた。
「そうと決まれば早起きのために早く寝ますね! ごちそうさまでした! おやすみなさい!」
ダイニングルームをあとにして、わたしはウキウキ気分で滞在中のお部屋に戻った。
やったぁ! 働ける!
心配事がなくなったせいか、寝具が良いせいかわからないけど、その日はぐっすりと眠れたのでした。
オヤスミナサイ……ZZZ
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