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2.青の騎士さま登場……踏んじゃったけど

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 夜が明けた。

 泣いても悔やんでも朝は来る。
 うん、落ち込んでなんていらんないね! 取り敢えず朝日は元気を連れて来る。
 鏡を見ると、鏡の中のわたしメグは瞼が腫れて目は充血して、昨夜泣いたのが判る顔になってた。

 ……うん、化粧で誤魔化そう! 必死に貯めたお給金でやっと買ったローズロイズの化粧品は優秀だからね! 瞼が腫れているのは冷たい水を絞ったタオルで冷やして。
 メイクのなにが大変って、完全メイクしてても『なにもしていない風』に見せること。女の腕の見せ所よ!

 少ない荷物を纏める。どうせここに在るものでわたしのものなんてメイク道具と着替えくらいだ。あのバカヤローに新しい服を買ってやるって言われていた。でもそんなものは後で良い、家の物を揃えましょうと提案して、お皿とかカーテンとかテーブルとかベッドだとか、そういうのを先に買い揃えたんだよね。
 ……クッションだけはわたしの最近の手作りだったけど、やっぱり縫い目が甘かったな。力いっぱい掴んで振り回して投げつけたからすぐ壊れちゃった。中綿が飛び出して酷いありさまだけど、片付ける気にもならないから放置だ。
 わたしは綺麗好きだけど、自分のものでもない所を清掃するほどお人好しじゃない。

 わたしは大きなカバンを背負ってぐちゃぐちゃなままの家をあとにした。
 ここはあのバカヤローが買った家。の家になる予定だった家。
 つまり、家じゃない。

 さようなら。



 てくてく てくてく

 歩くこと半刻ばかり。
 わたしは元勤め先の定食屋の裏にいた。庶民的な定食屋「紅いそよ風と緑のともしび」は城下でも人気店なんだよ。
 ここの店主夫妻はとても気の良い人たちで、お母さんが死んで途方に暮れていたわたしに優しくしてくれた人たちだった。もともと、料理が下手なお母さんと一緒に毎日通っていた定食屋。白髪混じりの赤毛を三角巾の下に隠したおばさんは、わたしにもお母さんにもご飯を食べさせたがる面倒見のいい人で。

 本人たちには言ってないけど、二番目のおとうさんとおかあさんだって、こっそり思っているくらい感謝しているんだ。

 お母さんが死んで近所の長屋からここの二階に移って、そのまま住み込みで働いていた。あのバカヤローと所帯持つんですー、幸せになりますーと言って独立したのはほんの2週間前だなんて信じらんない。
 のこのこ現れて、なんて迷惑な子だろう。
 でもちょっとだけ置いてほしい。すぐ住む場所探すから。

「マーガレット・メイフィールド」

 ?
 だれか呼ばれてるね。
 それよりも、おばさんは下拵したごしらえを始めた時間かな。
 おじさんは昨夜飲んだくれていなければ、もう起き始めるころだろうなぁ。

「マーガレット・メイフィールド!」

 ??
 男の人の声が、だれかを呼んでますよー。この近所にそんな名前の女の人、いたかなぁ?
 ま、いいか。
 裏口の扉をノック。3回。中から「はーい」とおばさんの声がした。
 良かった! 事情を説明して荷物置かせて貰おう。ついでにわたしも下拵したごしらえのお手伝いをしよう! まずは芋の皮むきからだね。

「おいっ! なぜ無視する! お前のことだろう? マーガレット・メイフィールド!」

 肩をぐいっと引かれながらそう叫ばれてびっくりした。
 さっきから男の人の声で誰かを呼んでいるなぁと思っていたけど、そんな名前の人、知らないもん。
 背負っているバッグのせいでバランスが崩れて背後に向かって蹈鞴たたらを踏ん――。

「――んグッ」

「あ、ごめんっ」

 ――んだのは、背後に立っていた背の高い男の人の足の上だった。
 踵で思いっきり体重を乗せてしまった……。

「あらぁ! メグじゃない! どうしたの大荷物で……後ろの人は誰だい?」

 ドアを開けた定食屋のおばさんが怪訝けげんそうな顔をしてわたしたちを見ていた。


 ◇


 まだ開店前の店の椅子に、わたしが足を踏んだ男性――どうやらさっきからわたしを呼んでいたらしい――が座った。一見したところ騎士さま、だよね。青い騎士服。どこの制服かなぁ? ちょっと見覚えがないや。そんなお綺麗な格好して腰に剣。下町の食堂が超絶似合わない。
 なんでわたしを呼んでいたんだろう。

「マーガレット・メイフィールドというのは、お前の名前ではないのか?」

 なんだこいつ、という顔でわたしを見る騎士さま。
 黒い髪に黒い瞳。がっちりしていて、まだ若いのにそこにいるだけで不思議な圧がある。なんだか暑苦しいよ。眉間のシワのせい?気のせいかなぁ?
 食堂の椅子は乱暴者が扱ってもびくともしない作りだから大丈夫だけど、あのバカヤローが用意した家の細い椅子だったら、この騎士さまが座ったら壊れそう。
 実際、わたしが投げつけただけで椅子の足が一本とれたしね。

 わたしは騎士さまの正面の席に座って、恐る恐るその黒い瞳を見返す。

「それ、わたしの名前なんですけど、ふだんは『メグ』と呼ばれているので……」

 だって誰も“マーガレット”なんて名前でわたしを呼ばないし。家名なんてさらに呼ばれないから忘れてたし。そもそもこの下町で暮らしてたら必要ないし。

「メグ、名字持ちだったのかい?」

 ほらね? おばさんが驚いた声で問いかけるくらいだし。

「うーん、死んだお父さんがね、騎士爵だったって聞いた気がする」

 平民にも名字持ち、いるんだよ? 村の顔役とか町の町長さんとか有名商会の会長さんだとか。王様とか偉い人に名字を名乗る権利を貰えるんだって。
 でもまぁ、名字持ちの大多数はお貴族さまだよね。
 お父さんが持っていた騎士爵っていうのは一代限りだから、お父さんが死ねば当然それっきり。お母さんは名字を名乗ってもよかったんだろうけど、普段は使っていなかったし。次の代のわたしに使用権利はないし。

 お父さんが死んだのはわたしが6歳のとき。そのあと職を求めたお母さんと一緒にこの王都へ来て、そのお母さんもわたしが13歳のときには死んじゃった。その時から定食屋ここにはお世話になっているんだけど。
 名字もそういえば……みたいな感じでさっきやっと思い出したばかりなんだ。ほら、わたしバカだからさ、ちっとも覚えらんないだよね。
 っていうか、普段使わないものを覚えている必要、ないよね?

「それで、わたしになんの用でしょうか」

 おそるおそる、騎士さまに問い掛けてみた。マーガレット・メイなんとかってしっくりこないなぁ。どうやって調べたんだろう? わたしはただのメグなんだよ。下町の定食屋で給仕担当のメグ。裏方仕事もするけどね!

「メグは亭主持ちだぞ? 可愛いからって手をだす奴ぁ俺が承知しねぇからな」

 と、厨房からおじさんがぶっきらぼうな声を掛けた。
 おじさんは顔がすっごい怖い。頭ツルツルで頬に傷がある。昔、冒険者をやってたとかで背も高いし腕もすんごく太い。槍術のなんとか流の有名な使い手だったんだって。なんど聞いても忘れちゃうんだけどね。だけど、中身はすっごい優しいんだ……て、そうだ、言わなきゃ!

「それなんだけどね、おじさん、おばさん。わたし、あのバカヤローと別れたから」

「は?」

「なに言ってんだい? メグ」

 おじさんもおばさんもびっくりした顔でわたしを見る。

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