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◇超番外編◇

◆初夜 Long Ver.②

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(……かわいい……)

 上目遣いで見つめ幼気いたいけな少女のような顔をするから、ジャスティンの胸の鼓動はいや増してしまう。
 それになにより、この至近距離から見上げられるという姿勢は!

 胸が!

 ミハエラの豊かな胸の谷間が視界の中にっ! すぐそこにっっ!!
 目のやり場に困るとはこのことか!

「……自分には、すぐには、無理です……」

 視線をどこに向ければいいのか分からない。
 夫なのだから呼び捨てにしろと言われても、この緊張がすぐに解けるとはとうてい思えない。
 あまり酒に酔わないジャスティンだが、急に頬に熱が集まったという自覚が芽生えた。
 ミハエラ――彼の妻が、そばにいるせいだ。

「ふむ。つれない男だな、おまえは」

 ミハエラはそんなことを呟きながら、ジャスティンの膝に手を置き…………

「み、ミハエラさま、そのっ……」

 彼が呆然としているうちに、その膝の上に乗ってしまった。
 太ももの上にミハエラの柔らかな尻が乗る。
 しかもっ
 彼女の形の良い脚が惜しげもなく開いて――

「なんだ?」

 ジャスティンの腰を跨ぐ形で向き合っているではないかっっっ!!!

「あの、そのっ……急にっ自分の膝の上に乗ってくるのは、そのっ、なぜでしょうか!」

 しかもミハエラの柔らかくおおきな胸が、ジャスティンの固い胸板に押し付けられている。
 彼女の腕が両肩に回されて……これは俗に『抱き締められている』という体勢なのではなかろうかとジャスティンの緊張はピークに達した。
 自分の後頭部を撫でる気持ちのよい手はもしかしたらミハエラなのでは? そう思うだけで心臓が口から出そうな心地になるし、変な汗をかいているような気がするし、相変わらず視線をどこにむけたらいいのか謎だし……とはいえ、目の前にはミハエラのうつくしい容貌が迫っている。
 その若草色の瞳から目が逸らせない。

「今夜が初夜だから、だろう? ここはベッドの上だし。 おまえは背が高いが、わたしが膝の上に乗ったら近くなるから内緒話もしやすいぞ?」

 ミハエラが妖艶に微笑みながらそう囁く。

「え、あ、いや、その、あの」

 この人は魅了の魔法も使えたのだったか。
 そんな考えも頭の隅をかすめた。その頭の隅が甘く痺れる。
 いま、彼の目の前にいるミハエラ・ナスルは『初めてみる女性』だった。

『戦場の戦乙女』ではない。ただのミハエラ。その若草色の瞳の奥に視える感情は――。

「――ジャスティン」

 額と額を合わせた距離でミハエラが囁く。

「はい、ミハエラさま」

 どこか切なげな表情に見えて、ジャスティンの胸が高鳴った。
 この天から使わされた麗人に自分ごときが触れてもいいのだろうかと疑りながら、おずおずとその細い腰に両手を添えてみる。手の平に伝わる体温までもが柔らかくてクラクラする。
 目の前のミハエラの笑みが少しだけ深くなった。
 ジャスティンの行動は間違っていなかったらしい。
 拒否されないことが嬉しくて、もっと大胆に触れてもいいのだろうかと思った矢先。

「わたしの腕を縛ってくれないか?」

 切なげな表情のまま、ミハエラが突拍子もないことを囁いた。
 ジャスティンは一瞬、なにを言われたのか分からなかった。

(縛れ? ご自分の腕を縛れと言ったのか? えぇぇぇぇぇええええ????)

「……はいぃぃぃいいいっ?⁈? なぜですかっ」

 言われた内容が理解できたあと、思わず叫んでしまったが許してほしいとジャスティン思った。
 ジャスティンの動揺も無理からぬことだとまじめくさった顔で頷くミハエラがなおも口を開く。
 表情は変わらず真剣なままだ。

「なんだか無意識に攻撃魔法をぶっ放しそうな気がするんだ」

 発言内容が物騒で、その真剣な瞳にジャスティンも飲み込まれてしまう。

「むいしきに、ですか」

 考えてみれば息を吸うより簡単に攻撃魔法を使う人だ。言うこともぶっ飛んでる。

「あぁ。なんせ、ダンスステップを習ったときにもパートナーの足を踏みにいった女だからな、わたしは。それも無意識であったよ」

「はあ」

(対面する相手はすべて敵認定してしまう?……ということだろうか)

「どうやらわたしは、正面に立つ相手をぶっ飛ばさないと気がすまないという業を負っているらしいんだ」

「ごう、ですか」

 “業”というのは生まれ持った運命さだめのことを指す。
 ダンスであろうと戦場であろうと、自分の前に立つ者は倒す相手だと認識する。そんな運命さだめ
 だからこそ『魔戦場のミハエラ』と呼ばれるほどになったのだろう。
 普通の『戦場の戦乙女』ならば、先陣を切って進んだりはしないと聞いている。

 ミハエラは特別。

 特別に天から選ばれた人間なのだ。だからこそ、普通の人間とは違う悩みもあるのだろう。
 ジャスティンはそう納得した。

「無意識にやってしまうのが問題で……愛するおまえ相手ならなんとかなるかもしれないが、愛する男を閨でぶっ飛ばす花嫁は、さすがのおまえでも嫌だろう?」

 ミハエラのうつくしい眉が困ったように下がった。
 いつも明るく自信満々なミハエラとは違う。
 どこか自信なさげで頼りない……儚く、守ってあげなければと思わせる……。

(このひとに……こんな困ったような顔、してほしくないな……)

 ミハエラはジャスティンに言ってくれた。
 わたしの背中を守ってくれと。
 あれはつまり、自身の弱点を補完してほしいという願いだ。その弱点を晒してもいい相手にジャスティンを選んでくれたのだ。戦うことがすべてというミハエラの絶大な信頼の証。

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