12 / 18
◆急◆
12.へなちょこは好みじゃない
しおりを挟む「勇猛果敢なセルウェイ騎士たちをまとめたのも、幾多の戦果を収めたのも、ぜんぶナイトリー団長だった。そしてわたしと一緒に戦ったのは、ナイトリーとここにいるおまえらだったな」
「「「「「ミハエラさま! われわれを覚えておいでですか?」」」」」
スタンピード遠征をしていた騎士たちが喜色を露わにミハエラに問いかけた。
そんな彼らに対し、ミハエラは実にうつくしい笑みをみせ頷いた。
「あたりまえだ。生死を共にした仲間の顔を忘れる戦乙女はいないぞ」
騎士たちはミハエラの前で跪き、それぞれ女神を崇めるように両手を組んで見上げている。
うるうると涙ぐむ者もいる始末だ。
騎士たちを慈愛の瞳で見渡したあと、ミハエラは視線をナイトリー団長へ投げた。
「探したんだぞ、ナイトリー。おまえ、戦勝記念の夜会にもいなかったし、騎士団の場所もわからなかったから、こんな大騒ぎを起こしてしまったじゃないか。わたしが婿に欲しいのはおまえだ。ともにフィーニスへ行こう」
ナイトリーは目を見開き口をぱっくりと開け、呆然としたまま立ち尽くしている。その沈黙にミハエラは首を傾げ、心細そうな顔でナイトリーを見上げた。
「だめか? ナイトリー。すでにおまえには妻子や恋人がいたのか?」
「め、めめめめ滅相も! 自分ごときに嫁も子も、ましてや恋人など! 生まれてこのかた、いたためしがありません!」
「ならば良いではないか。一緒に来い。わたしの婿になれ。改めて国王の許可はとってやる。なんなら家族……いや、一族郎党まとめてフィーニスに来ればいい」
「え、いや、あの」
「王都に好きなおなごでもいたのか? だから躊躇するのか?」
「いいえ! そんな者はおりません!」
「ならなぜうんと言わない? わたしが嫌いなのか? 女として見れないか? 抱けないのか?」
「うぇ、いや、あの、その」
「一度だけでいいから試してみないか? 初めてだから勝手が分からんが、姐さんたちにコツを聞いてみるから!」
「いや、そんなことしなくていいです!」
ナイトリーにとって戦場の戦乙女ミハエラ・ナスルは女神なのである。
自分たちの命を守護してくれた生きる至宝。
その女神が自分を望むなど、夢にも思っていなかったせいで思考がままならない。
さらに矢継ぎ早に質問攻めにされ、慌てるばかりだ。
彼はプライベートで女性と会話を交わしたことすらないのに、いきなり女神に求婚されているなんて!
こんな降って湧いたような幸運に乗ってもいいのか?
いや、これは幸運なのか?
騙されているのではないのか⁈
「ミハエラさま。なぜ、自分なのですか。自分はこのとおり不細工で……とても女性に好まれる容姿ではないのに」
ナイトリーの問いに対して、不細工? と呟いてミハエラは首を傾げた。
「わたしは男らしい男が好きだ。ナイトリーの顔は男らしくてとても好ましいと思う。そこのへなちょこよりよっぽど良い。
それにわたしは強い男が好きだ。ジャスティン・ナイトリー。おまえは強い。
スタンピードの間、わたしはずっと最前線で戦うことができた。おまえがいたからだ。おまえに背中を預けていたからこそ、前だけ見て魔獣どもを屠ることができた。
スタンピードが終息しておまえたちセルウェイ騎士団はとっとと帰ってしまった。
おまえが居なくなって寂しくなった。寂しさを感じるようになった。おまえがいないせいだ。
おまえが欲しい。これからもずっと、わたしの背中を守ってくれ」
若草色の瞳がキラキラと輝いてナイトリーを圧倒する。
「つ、強い男がいいと仰るのなら、辺境伯閣下は? フィーニス辺境伯閣下の方があなたと歳も近いし……彼は地上最強の男ではありませんか!」
ナイトリーの質問に対し、ミハエラは小首を傾げてしばらく考え込んだ。
内心ビクビクと震えながら返答を待つナイトリーを知ってか知らずか、彼女は頬を染め慈愛さえ籠った若草色の瞳をピタリと彼へと向けた。
「確かに、ヤン・ヴァルク・フィーニスは地上最強の男だ。我ら一族の敬愛する族長だ。だがヤン兄を男としては見れないし、たとえヤン兄がいなくても、わたしは寂しくない。でも……」
ミハエラはいったんことばを途切れさせた。自分でも恥ずかしいと思ったのか少し照れたような表情を浮かべた。
――とても、愛らしかった。
「おまえがいなくなったと思ったときの寂しさは……いままで味わったことがなかった。……辛かったんだ」
彼女の晴れやかな笑顔は、『おまえに会えて嬉しい』と言外に語っている。
「ジャスティン・ナイトリー。強くて男らしくて誠実なおまえが好きだ」
うつくしく、そして力強く笑うミハエラに、ナイトリーは降参した。
彼女のまえに跪きその手に恭しく口づけることで、求婚に対して了承の意を示したのだった。
ではフィーニスへ帰ろう! とナイトリーの手を取り歩き始めたミハエラを呼び止める声があった。
顔色を悪くしたヴィクター・セルウェイ公爵である。
「ミハエラ? その……本当に、きみは、私に興味がないのか?」
ヴィクターはこの年になるまで女性に不自由したことがなかった。
そして、女性から拒絶されたこともなかった。
美貌の君といわれ持て囃されていたヴィクター・セルウェイ公爵。
そんな彼を袖にする女がこの世にいたという事実がにわかには信じられなかった。
彼にとっては、まさしく天変地異な出来事であったのだ。
ミハエラは至極まじめな顔でヴィクターを見た。
頬も染めず、いやむしろ眉間に皺を寄せたその表情は迷惑を感じているのがよく分かる。
彼女は一語一語、噛んで含めるようにゆっくりと発言した。
「何度でも言ってやる。本気で。わたしは。女顔のおまえのようなへなちょこは、 好 み じ ゃ な い ん だ 」
その発言はヴィクターの繊細な心を完膚なきまでに打ちのめした。
悲愴な顔で打ちひしがれるヴィクターをよそに、ミハエラは鷹揚に笑って言う。
「王宮では丁寧なもてなしをされたし、紹介したのが国王だったから我慢したけど、そうじゃなかったら夜会のあの場で『話が違う』と魔剣召喚して暴れていたな」
彼女は彼女なりに、場の空気を読み穏便にことを収めたかったのだ。
その後、フィーニスの戦乙女は無事に婿を捕獲すると辺境へ帰還した。
セルウェイ騎士団では精鋭たち五名分の辞表が提出され、彼らの元団長を追ったのだとか。
そのまた後日。
ヴィクターは、伯父である国王へ願い出た。
フィーニスの輩に屋敷を破壊された、フィーニスにはこの損害賠償を請求しないと気が済まない。
伯父上が臣下であるフィーニスを叱ってくれ、などなど。
国王は甥であるヴィクターを一喝した。
フィーニスは臣下ではない。王家の同盟者である。同盟者を怒らせるとはなにごとかと。
遥か昔。この国を興した初代の王とフィーニスの初代当主は、一緒に魔王を倒した勇者パーティーのメンバーだった。
フィーニスが魔の森と魔獣を一手に引き受ける、王家は人民を治める。
建国の際、そういう同盟を結んでいるのだ。王家とフィーニスは対等であり、主従関係はない。
便宜上『辺境伯位』を贈り、代替わりごとに王都に顔を出して欲しい。
初代国王は親友だったフィーニスにそう願った。
フィーニスはその願いを了承し、代替わりするごとに王都へ挨拶に赴くようになった。
それは彼らの友好の証である。
王位継承権を持つ者がそれすら知らないとはなにごとかと、伯父は甥を強く叱責し王位継承権を剥奪したのだった。
【おわりだ!】
58
お気に入りに追加
443
あなたにおすすめの小説
公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌
招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」
毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。
彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。
そして…。
私の妹は確かに聖女ですけど、私は女神本人ですわよ?
みおな
ファンタジー
私の妹は、聖女と呼ばれている。
妖精たちから魔法を授けられた者たちと違い、女神から魔法を授けられた者、それが聖女だ。
聖女は一世代にひとりしか現れない。
だから、私の婚約者である第二王子は声高らかに宣言する。
「ここに、ユースティティアとの婚約を破棄し、聖女フロラリアとの婚約を宣言する!」
あらあら。私はかまいませんけど、私が何者かご存知なのかしら?
それに妹フロラリアはシスコンですわよ?
この国、滅びないとよろしいわね?
稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています
水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。
森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。
公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。
◇画像はGirly Drop様からお借りしました
◆エール送ってくれた方ありがとうございます!
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。
この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~
柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。
家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。
そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。
というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。
けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。
そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。
ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。
それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。
そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。
一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。
これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。
他サイトでも掲載中。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
悪役令嬢を陥れようとして失敗したヒロインのその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
女伯グリゼルダはもう不惑の歳だが、過去に起こしたスキャンダルが原因で異性から敬遠され未だに独身だった。
二十二年前、グリゼルダは恋仲になった王太子と結託して彼の婚約者である公爵令嬢を陥れようとした。
けれど、返り討ちに遭ってしまい、結局恋人である王太子とも破局してしまったのだ。
ある時、グリゼルダは王都で開かれた仮面舞踏会に参加する。そこで、トラヴィスという年下の青年と知り合ったグリゼルダは彼と恋仲になった。そして、どんどん彼に夢中になっていく。
だが、ある日。トラヴィスは、突然グリゼルダの前から姿を消してしまう。グリゼルダはショックのあまり倒れてしまい、気づいた時には病院のベッドの上にいた。
グリゼルダは、心配そうに自分の顔を覗き込む執事にトラヴィスと連絡が取れなくなってしまったことを伝える。すると、執事は首を傾げた。
そして、困惑した様子でグリゼルダに尋ねたのだ。「トラヴィスって、一体誰ですか? そんな方、この世に存在しませんよね?」と──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる