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◆急◆
12.へなちょこは好みじゃない
しおりを挟む「勇猛果敢なセルウェイ騎士たちをまとめたのも、幾多の戦果を収めたのも、ぜんぶナイトリー団長だった。そしてわたしと一緒に戦ったのは、ナイトリーとここにいるおまえらだったな」
「「「「「ミハエラさま! われわれを覚えておいでですか?」」」」」
スタンピード遠征をしていた騎士たちが喜色を露わにミハエラに問いかけた。
そんな彼らに対し、ミハエラは実にうつくしい笑みをみせ頷いた。
「あたりまえだ。生死を共にした仲間の顔を忘れる戦乙女はいないぞ」
騎士たちはミハエラの前で跪き、それぞれ女神を崇めるように両手を組んで見上げている。
うるうると涙ぐむ者もいる始末だ。
騎士たちを慈愛の瞳で見渡したあと、ミハエラは視線をナイトリー団長へ投げた。
「探したんだぞ、ナイトリー。おまえ、戦勝記念の夜会にもいなかったし、騎士団の場所もわからなかったから、こんな大騒ぎを起こしてしまったじゃないか。わたしが婿に欲しいのはおまえだ。ともにフィーニスへ行こう」
ナイトリーは目を見開き口をぱっくりと開け、呆然としたまま立ち尽くしている。その沈黙にミハエラは首を傾げ、心細そうな顔でナイトリーを見上げた。
「だめか? ナイトリー。すでにおまえには妻子や恋人がいたのか?」
「め、めめめめ滅相も! 自分ごときに嫁も子も、ましてや恋人など! 生まれてこのかた、いたためしがありません!」
「ならば良いではないか。一緒に来い。わたしの婿になれ。改めて国王の許可はとってやる。なんなら家族……いや、一族郎党まとめてフィーニスに来ればいい」
「え、いや、あの」
「王都に好きなおなごでもいたのか? だから躊躇するのか?」
「いいえ! そんな者はおりません!」
「ならなぜうんと言わない? わたしが嫌いなのか? 女として見れないか? 抱けないのか?」
「うぇ、いや、あの、その」
「一度だけでいいから試してみないか? 初めてだから勝手が分からんが、姐さんたちにコツを聞いてみるから!」
「いや、そんなことしなくていいです!」
ナイトリーにとって戦場の戦乙女ミハエラ・ナスルは女神なのである。
自分たちの命を守護してくれた生きる至宝。
その女神が自分を望むなど、夢にも思っていなかったせいで思考がままならない。
さらに矢継ぎ早に質問攻めにされ、慌てるばかりだ。
彼はプライベートで女性と会話を交わしたことすらないのに、いきなり女神に求婚されているなんて!
こんな降って湧いたような幸運に乗ってもいいのか?
いや、これは幸運なのか?
騙されているのではないのか⁈
「ミハエラさま。なぜ、自分なのですか。自分はこのとおり不細工で……とても女性に好まれる容姿ではないのに」
ナイトリーの問いに対して、不細工? と呟いてミハエラは首を傾げた。
「わたしは男らしい男が好きだ。ナイトリーの顔は男らしくてとても好ましいと思う。そこのへなちょこよりよっぽど良い。
それにわたしは強い男が好きだ。ジャスティン・ナイトリー。おまえは強い。
スタンピードの間、わたしはずっと最前線で戦うことができた。おまえがいたからだ。おまえに背中を預けていたからこそ、前だけ見て魔獣どもを屠ることができた。
スタンピードが終息しておまえたちセルウェイ騎士団はとっとと帰ってしまった。
おまえが居なくなって寂しくなった。寂しさを感じるようになった。おまえがいないせいだ。
おまえが欲しい。これからもずっと、わたしの背中を守ってくれ」
若草色の瞳がキラキラと輝いてナイトリーを圧倒する。
「つ、強い男がいいと仰るのなら、辺境伯閣下は? フィーニス辺境伯閣下の方があなたと歳も近いし……彼は地上最強の男ではありませんか!」
ナイトリーの質問に対し、ミハエラは小首を傾げてしばらく考え込んだ。
内心ビクビクと震えながら返答を待つナイトリーを知ってか知らずか、彼女は頬を染め慈愛さえ籠った若草色の瞳をピタリと彼へと向けた。
「確かに、ヤン・ヴァルク・フィーニスは地上最強の男だ。我ら一族の敬愛する族長だ。だがヤン兄を男としては見れないし、たとえヤン兄がいなくても、わたしは寂しくない。でも……」
ミハエラはいったんことばを途切れさせた。自分でも恥ずかしいと思ったのか少し照れたような表情を浮かべた。
――とても、愛らしかった。
「おまえがいなくなったと思ったときの寂しさは……いままで味わったことがなかった。……辛かったんだ」
彼女の晴れやかな笑顔は、『おまえに会えて嬉しい』と言外に語っている。
「ジャスティン・ナイトリー。強くて男らしくて誠実なおまえが好きだ」
うつくしく、そして力強く笑うミハエラに、ナイトリーは降参した。
彼女のまえに跪きその手に恭しく口づけることで、求婚に対して了承の意を示したのだった。
ではフィーニスへ帰ろう! とナイトリーの手を取り歩き始めたミハエラを呼び止める声があった。
顔色を悪くしたヴィクター・セルウェイ公爵である。
「ミハエラ? その……本当に、きみは、私に興味がないのか?」
ヴィクターはこの年になるまで女性に不自由したことがなかった。
そして、女性から拒絶されたこともなかった。
美貌の君といわれ持て囃されていたヴィクター・セルウェイ公爵。
そんな彼を袖にする女がこの世にいたという事実がにわかには信じられなかった。
彼にとっては、まさしく天変地異な出来事であったのだ。
ミハエラは至極まじめな顔でヴィクターを見た。
頬も染めず、いやむしろ眉間に皺を寄せたその表情は迷惑を感じているのがよく分かる。
彼女は一語一語、噛んで含めるようにゆっくりと発言した。
「何度でも言ってやる。本気で。わたしは。女顔のおまえのようなへなちょこは、 好 み じ ゃ な い ん だ 」
その発言はヴィクターの繊細な心を完膚なきまでに打ちのめした。
悲愴な顔で打ちひしがれるヴィクターをよそに、ミハエラは鷹揚に笑って言う。
「王宮では丁寧なもてなしをされたし、紹介したのが国王だったから我慢したけど、そうじゃなかったら夜会のあの場で『話が違う』と魔剣召喚して暴れていたな」
彼女は彼女なりに、場の空気を読み穏便にことを収めたかったのだ。
その後、フィーニスの戦乙女は無事に婿を捕獲すると辺境へ帰還した。
セルウェイ騎士団では精鋭たち五名分の辞表が提出され、彼らの元団長を追ったのだとか。
そのまた後日。
ヴィクターは、伯父である国王へ願い出た。
フィーニスの輩に屋敷を破壊された、フィーニスにはこの損害賠償を請求しないと気が済まない。
伯父上が臣下であるフィーニスを叱ってくれ、などなど。
国王は甥であるヴィクターを一喝した。
フィーニスは臣下ではない。王家の同盟者である。同盟者を怒らせるとはなにごとかと。
遥か昔。この国を興した初代の王とフィーニスの初代当主は、一緒に魔王を倒した勇者パーティーのメンバーだった。
フィーニスが魔の森と魔獣を一手に引き受ける、王家は人民を治める。
建国の際、そういう同盟を結んでいるのだ。王家とフィーニスは対等であり、主従関係はない。
便宜上『辺境伯位』を贈り、代替わりごとに王都に顔を出して欲しい。
初代国王は親友だったフィーニスにそう願った。
フィーニスはその願いを了承し、代替わりするごとに王都へ挨拶に赴くようになった。
それは彼らの友好の証である。
王位継承権を持つ者がそれすら知らないとはなにごとかと、伯父は甥を強く叱責し王位継承権を剥奪したのだった。
【おわりだ!】
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