結婚さえすれば問題解決!…って思った過去がわたしにもあって

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14.モンスター王女ベリンダ③

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 ルチアは表情を変えないまま、腹に据えかねる自分自身と静かに戦っていた。
『大きなお世話だ』と反論のひとつやふたつ言いたかったが、お客さま相手にそんな暴言が許されるはずもない。腹の底のほう奥深く、密かに怒りを溜め続ける。

 ルチアの内心など知らないベリンダ王女は、傍らに立つバスコ・バラデスに顔を向けると尋ねた。

「バスコ。ベネディクト王子はいつ戻ってくるの? 聞いてきてよ」

(バラデスさまのお名前はご記憶にあるのですね? ……なんだかむやみやたら無性に腹立つわぁ……)

 そういえば、ルチアのことを気に入ったみたいな口ぶりだったが名前も聞かれていない。ベリンダ王女にとっては『ピンクブロンドの侍女』なのだろう。
 名前など不要な替えのきく存在。個別認識する気などさらさらないのだ。

(姉君のリラジェンマ妃殿下とは雲泥の差ね)

 王太子宮の侍女が自慢していたことを思い出した。
 リラジェンマ妃殿下に名前を聞かれたと。彼女は一度人の名前を聞くと絶対忘れないと。大臣でも侍女でも側付きの護衛でも庭師でも、その姿勢は変わらないと。
 それはリラジェンマ妃殿下が、関わる人を大切にする証拠なのだと。

 バスコ・バラデス卿がルチアに視線を投げかけた。

(“あとは任せるけど大丈夫?”って言われてる気がするわ)

 どうやら心配しているらしい。ルチアが頷くことで返事をすると彼は退室した。

(任されますけどね、これはもう特別手当が欲しい案件ですっ)

 何はともあれ、どうやらルチアがお客さまの接待をしなければいけなくなった。気を取り直して話しかける。

「さきほど、厨房の噂で聞きましたが……王妃殿下お抱えのリーキオッタ商会から、ドレスが山のように持ち込まれたのだとか……本当のことなのでしょうか」

 ルチアが水を向けると、ベリンダ王女は嬉しそうに話しだした。
 つぎつぎと運び込まれた煌びやかな衣装の数々の話。優美な靴の話。美しいジュエリーの話。
 それらを身に着けた自分がどれほど美しいか。
 この身がひとつなのが惜しい、ドレスにも着る機会を与えてあげねばならない。などなど。

(この王女、自分を飾ることしか頭にないって感じね)
 
 このお客さまに気分よく語って貰う秘訣は、内容を聞かないことだとこの時ルチアは思った。
 内容ではなく、タイミングを見計らって相槌を打つこと。それだけでいい。
 この客はルチアに意見など求めていないのだから。

おだてて、肯定だけしていればいいんだから、この人の相手は案外楽なのかも?)

 ウナグロッサ国の王宮でもそうやって侍女たちに煽てられて過ごしているのだろうかと、ふと憐れな気持ちにもなった。

 同じような話がダラダラと続くのを、ただただ聞いているのも苦痛になってきたころ。
 ベリンダ王女は、好き勝手に話しながら本日のセレーネ妃について触れた。

「やっぱり王子妃本人が子育てに関わるなんてどうかしているわね。王族としての自覚が足りないんじゃない?」

 我慢して我慢して。
 聞きたくもない自慢話を延々と聞き続けた挙句のあるじ批判を聞いて。
 ルチアの堪忍袋の緒がぷっつりと切れてしまった。

(『どうかしている?』セレーネさまに対し『どうかしている』ですって⁈)

 ベネディクト殿下はなのだ。
 王太子が正妃を迎え彼らの間に子どもができた時点で、王位継承権を返上し臣籍降下することは内々では決定済なのだ。いずれ王族をやめるのだから、ルイ殿下に対しての教育もそれに合わせるよう施すつもりなのだ。

 内情を知りもしないよそ者ベリンダ王女にとやかく言われるのは我慢ならなかった。

 ルチアは何杯目かお代わりのミルクティを提供した段階で話しかけた。

「さすがのご意見でございますねぇ。王女殿下のような方のことを異国のことわざで『せいていのア』と言うそうですね」

 侍女頭がギョッとした顔でルチアを見た。
 壁際に控えている護衛官たちのほうから息を呑む気配がした。
 その場の空気が一気に凍り付いた。

(そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。きっと意味なんか分かりゃしないだろうし)

「まさに王女殿下のことですね! 素晴らしいですっ」

 ルチアが何食わぬ顔で王女を褒め称え続ければ、王女はキョトンとした顔をルチアに向けたあと、まんざらでもないと言いたげに頷いた。

 褒め称えられることに慣れた王女。
 自分に対してのことばはすべて美辞麗句だと信じて疑っていない。

(ふんっ! 言ってやったわ!)

 ちょっとスッキリしてしまったことば。
 おそらくきっと理解されないだろうと踏んだ『せいていのア』。

 確かに異国から伝わった古いことわざである。
 だがこの宮に勤める侍従たちは皆知っていることわざだ。
 なぜならこの宮のあるじ、ベネディクト王子が言ったから。

 『セレーネと出会うまえのぼくは“井底之蛙せいていのあだったな”』と。

 幼少時は本の虫だったという王子のエピソードの一つとして語り草で、ルチア自身も漏れ聞いていた。主たちの会話の意味を知りたくて、ルチアも古い書物を読んだり日々勉強を重ねている。

(本物の井底之蛙せいていのあはここにいましたがね!)

 ルチアは目の前のベリンダ王女へ、申し訳ないという風情を全面に押し出してことばを繋げた。

「そんな素晴らしい王女殿下にお仕えするには、わたしの身分が足りません。申し訳ありませんが侍女になるというお話はご辞退申し上げます。けれど王女殿下に見出されたことは忘れません。末代まで語り続けます! ありがとうございました」

 実際ルチアはしがない男爵家の娘で、いまは騎士爵であるアラルコンの妻だ。
 グランデヌエベ王国は身分も重んじているが、実力主義なところもある。能力がある人間は身分のいかんに問わず登用される。
 それが自国のいいところだと常々思っていたが、他国の王女へも通用するとは思えない。ルチアは、身分の違いを口実として利用することにした。こんな王女に仕えるなんてまっぴらごめんだから!

「身分が足りないって……そんなこと気にしないでいいのよ? それにおまえの嫁入り先も見繕ってあげるわよ」

 好きなだけ話しさらにルチアに煽てられ気分がよくなったのか、ベリンダ王女はルチアの『暴言』をスルーしたばかりか、嫁入り先を見繕うなどずいぶん太っ腹な提案までした。
 ルチアにとってその提案はまるっきりお門違いの大きなお世話なのだが。

(えぇえー? 嫁入り先? こんどはなに言い出すのよ。しつこいわ)

「まあ! さらに身に余る光栄! けれどそれでは重婚になってしまいます……」

 苦笑するルチアの言葉を聞いたベリンダ王女の美しい瞳が驚愕に見開かれた。

「重婚? え? おまえ、結婚してるの? その顔で?」

(その顔でって、どういう意味だろう)

 ベリンダ王女という人間は、素で失礼な発言をしてしまうのだなと理解した。






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井底之蛙せいていのあ……意味が解りかねると仰る諸兄諸姉はggr推奨
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