結婚さえすれば問題解決!…って思った過去がわたしにもあって

あとさん♪

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11.今朝あった嬉しかったこと

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「あ、グスタフ……」

 実に、久しぶりにグスタフの顔を正面から見た。
 急に視界が狭くなったのが分かった。
 夫しか見えない。
 近衛騎士の制服を着た夫はいつ見てもカッコいい。としかルチアには思えない。

(どうしよう。なにか言わないと……あ! まずは謝らないと……違う! お礼が先……っ)


 ◇


 昨夜、業務終了後。
 ルチアは家族寮の自分たちの部屋に戻るとベッドへ直行して爆睡した。深夜帰宅の場合、ルチアいつもこんな調子だ。
 今朝目を覚ましたとき。
 朝日の射し込むベッド脇のテーブルの上に花が一輪置かれていたのに気がついた。ガラスのコップに活けられた状態のピンクのガーベラ。
 ルチアが活けた記憶のない花。寝る前に髪をほどき髪留めをそのテーブルに置いたから覚えている。寝る前にはぜったいに花なんか無かった。

 それがルチアを静かに見守っていた。

 だれがこんなことをと思ったすぐあとに、グスタフの姿が脳裏をよぎった。

 あの大きな身体でこの小さな花一輪だけ持って帰ってきたのだろうか。
 ルチアに見せるために。
 そのままにしたら萎れてしまう切り花。
 その花のために花瓶を探したのだろうか。でも夜中で探せなくて、コップを代用したのだろうか。
 それを眠るルチアの枕元に飾ってくれたのだろうか。

 ピンクのガーベラ。まだ結婚まえのグスタフがルチアみたいだと言ってくれた花。だから、ルチアのお気に入りになった花。

 夫の行動を想像すると、それだけでぴょんぴょん跳ねてしまいたい衝動に駆られた。
 あの大きな背を丸めて花の面倒をみる姿を夢想しただけでなんだか胸の奥が熱くなる。
 ようするに、嬉しかったのだ。
 たとえそれが花瓶ではなく、コップを使われたのだとしても。
 ルチア達の部屋には一輪挿しの花瓶もあることはあるが、グスタフがそれの保管場所を知っているとは思えない。
 どういう風の吹き回しかは分からないが、グスタフがルチアのために花を活けてくれたのだ。

(もしかしたら、グスタフからの仲直りしようっていう合図なのかも)

 そう考えたら嬉しくて嬉しくて。
 その嬉しい気持ちを伝えたかったのに、部屋には夫の姿がないから気持ちばかりが膨れ上がって。
 ルチアは朝から上機嫌になりつつ焦れるような心地で仕事に取り組んでいたのだ。

 周囲は招かれざる客のもてなしということで、なんともいえない不穏な空気の中であったが。


 ◇


 グスタフはルチアに近づくと、彼女が持っていた大きめのケトルをひょいっと取り上げた。

「第一応接室?」

 夫の声を聞いたのも随分ひさしぶり過ぎて泣きそうだと思いつつ、ケトルこれを持っていく先を訊かれたと察したルチアは頷いた。

「あ……いまね、ウナグロッサの王女殿下が」

 口の中がカラカラに乾いているのを自覚した。だって声が掠れている。夫を前にして、ルチアはだいぶ緊張しているらしい。

(あー、もう! なに緊張してんのよわたしったら!)

「知ってる」

 グスタフの返答は短い。もともと彼は口数が少ない。
 けれどルチアの耳にはそのバリトンボイスが優しく響いた。グスタフの黒い瞳がルチアの姿を写している。
 嬉しくて泣きそうだ。

(あーもう! かっこいいな! 好き!)

 ふたり、自然と横に並んで歩いた。こんな風にふたりきりになるなんて、実に二ヶ月ぶりだ。喧嘩するまえはよくある光景だったが、今となっては待ち焦がれた瞬間である。

(早く話さないと! 応接室なんてすぐに着いちゃう)

「あの」「ルチア」

 ふたり、ほぼ同時に声を出していた。

「うん、なに?」「いや、ルチアが」

 またしても同時に発声したことに、立ち止まりお互い顔を見合わせてしまった。
 いつもしかつめらしい表情のグスタフの口角がわずかに上がった。それだけで彼の周りの険しい気配が柔らかくなった。

「今晩、ちゃんと話がしたい」

「え」

「時間を空けてくれ」

「……うん」

(話ってなんだろう)

 ルチアの前ではたびたびあることだが、勤務時間中のグスタフとしては珍しく柔らかい表情を見せている。だからたぶん、悪い話ではない。たぶん。

(改まって、話……ってなんだろう。なんか、どきどきする)

 いつの間にか歩を進めていて、応接室にはすぐに着いてしまった。
 侍女控室へグスタフを促し、ケトルはそこの簡易コンロの上に置いてもらう。
 グスタフは控室から応接室内へ入った。本来の王子護衛の任に就くのだろう。
 ルチアから離れるまぎわに、温かく大きな手が彼女の頬に触れていった。その些細な接触にルチアの胸の奥が疼いた。

「あれ? 仲直り、できたみたい?」

 ファナがニヤニヤしながらルチアに囁く。

「できたの、かな」

 少なくともルチアの方は夫の姿を見ただけで胸が高鳴りっぱなしだ。そして二ヶ月前に喧嘩した気まずさは解消されていた。

 グスタフが、花を置いてくれたから。
 グスタフが、ルチアを見てくれたから。荷物をもってくれたから。やさしく触れてくれたから。
 話がある、だなんて。
 グスタフ・アラルコンという男は無骨だし口下手だというのに。
 ルチアには気を遣ってくれているのが分かるから。

(なのに、わたしは鬼嫁だなんて……。反省しないと)

 もっと夫を労わり彼を癒せるような、そんな妻にならなければ!
 いつも思っているが、ルチアは未熟だ。伸びしろばかりだ。
 決意を新たにグスタフと向き合おう。そう心に決めた。

「あのね、話があるって言ってくれたの」

 ルチアは頬を緩めながら、隣に立つファナにこっそりと報告したのだが。

「え。別れ話?」

 怪訝な顔をしたファナが不吉な返答をするので、思わず彼女の背中を叩いてしまった。

「あはは。冗談よ、冗談」

 仕事の合間、こっそりと囁きながら息抜きのような無駄話。
 そこへ。

「ねえ! いるんでしょ? さっきのピンクブロンドの侍女」

 隣の応接室から侍女控室まで響いた聞き慣れない声。
 おそらく本日の招かれざるお客さまの、声。

「来なさい」

 命ずることに慣れた声が、『ピンクブロンドの侍女』を呼んだ。この宮でそれに該当するのはルチアだけだ。
 ルチアは頬を引き攣らせながら、隣に立つファナを見た。彼女も似たような表情のままルチアの背を軽く叩き言った。

「ご指名入りましたー。いってらっしゃい」


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