結婚さえすれば問題解決!…って思った過去がわたしにもあって

あとさん♪

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8.モンスター襲来

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 そうこうしているうちに午後の時間となった。
 噂の人、ウナグロッサ王国ベリンダ・ウーナ第二王女殿下がやってきた。予定していた時間よりだいぶ遅れて。
 突然やってきた無礼者……ではあったが、一応他国の王族である。誠心誠意お出迎えの準備を調えた。
 正面玄関ではベネディクト第二王子とセレーネ妃が待ち構え、彼らの一歩うしろには乳母に抱かれたルイ殿下。

(そういえば、二ヶ月前にもあの布陣でリラジェンマ王女殿下を初めてお迎えしたなぁ。あの時はリラジェンマさまと一緒に王妃殿下もいらしたから緊張したんだよねぇ)

 ルチアはずらりと並んだ侍女の一人として、玄関の前で控えている。奇しくも同じ隣国の王女殿下姉妹が時を違え訪問するとはと、なんだか感慨深かった。

 ルチアは軽くお辞儀をした姿勢のまま、やっと到着した馬車から降りる人をこっそり観察した。
 華奢なヒールが地面に降り立った。
 途端に、視界の隅でルイ殿下が乳母の首にしがみ付いて訪問者から顔を背けたのを見てしまった。

(あぁ……殿下の人見知りが発動しちゃったなぁ)

 これはわりとよくある事象なので、『またか』程度の感想しかなかったのだが。

 馭者の手を借りて馬車から降り立った王女殿下の姿を見て、思わず二度見したあと慌てて目を逸らした。

(えぇえ? なにあれ……)

 とても美しい、目の覚めるような美女であった。
 金色の長い髪が豊かにウェーブを描き、空色の瞳が潤むように輝いて、薄紅色の唇が弧を描き、一心にベネディクト王子を見つめていた。
 しゃなりしゃなりと優雅に歩いて、ルチアたちの目の前を通り過ぎた。

「……趣味ワルイ……」
「……うん」

 隣に並んでいた同僚のファナが、思わずといった調子でポツリとこぼした。ルチアはその言葉になにも考えず頷いていた。

 ベリンダ・ウーナという王女は、人目を惹く美女であった。
 顔の造詣は素晴らしかったが、着ているものが派手派手しくどうにもセンスが悪いとしか言いようがない。彼女の髪色と微妙にマッチしないギラギラした金色のドレスにルチアは疑問を覚えた。

(頭のてっぺんから爪先まで金色ってどうよ?)

 残念、という言葉しかない。
 しかも型が悪い。昼間のお茶会に来ているのに、あんなに肩の出たドレスを選択するって、どうなのか。
 肩丸出しオフショルダー、胸の谷間を強調、腰から膝までぴったりと沿ったマーメイドラインドレス。首に下げた豪奢なネックレスが陽の光を反射して存在を主張する。

(百歩譲って、色は好みがあるから仕方ないとしても、昼間にあのドレスっていうチョイスはないわー。なんで誰も止めなかったの?)

 しかも王女の美しい背中がはっきり露出している。間違いなく、夜会用のドレスだ。

(確か、あのラインのドレスは王妃殿下が去年の夜会で流行らせた型だったけど……)

 昨年、王妃殿下が着たマーメイドラインドレスは黒いドレスだったと記憶している。夜会でその姿を披露したとき『夜の女王』と貴族たちに絶賛されたと。

 だがそれも『夜会』だからこそ、だ。

 そもそも、昼間行われるお茶会で、あそこまで肌の露出したドレスを着る方が無作法だ。しかも陽の光を反射する豪奢なネックレスの存在が、余計になんとも言えない品の無さを露呈している。
 しかも全身金色。金髪の彼女がなぜあれを選んだのだろう。
 ウナグロッサ王国の大使館へ使いをやり、ベリンダ王女に関する情報を提供して貰ったが、普段は赤や青など原色を好むと聞いていたのに!

(……王妃さまがあの型のドレスを流行らせたけど……王妃さまだって昼間の集まりでは着ないわよ、絶対……)

 なんとなくセンスが悪いというか、趣味が悪いとしかいいようのない恰好に、ルチアは気まずいような心地で視線を向けられなかったのだが。

「なんなの、あの王女」

 ファナの呟きに、再度王女へ視線を向ければ。
 ベリンダ王女は非常識な距離でベネディクト王子殿下と話していた。

(え? あり得ないっ! 殿下は妻子持ちなのよ⁈ なにあの距離は! 普通はホスト役と握手する程度の距離で挨拶ってするよね? なんで懐に入り込んで張り付いてるの? 両手を殿下の胸にぴったりと這わせて! 痴女かあんたは! それともこんなとこでチークダンスでも踊る気なの?)

「初めてお目にかかります。ウナグロッサのベリンダですわ。お見知りおきを」

 ベネディクト王子の胸元に、身体ごとペタリと張り付いて笑顔を向けるベリンダ王女。お出迎えのために控えていた使用人一同、みな目を剝いて言葉もなく固まった。

 ベリンダ王女の声は、『鈴を転がすような』と形容してもよいくらい美声だった。
 なのに、なぜかねっとりと耳に響いて聞こえとても気持ち悪いとルチアは思った。

「第二王子ベネディクトだ。……初めまして」

 ベネディクト王子がさっと身を引いて、ベリンダ王女から一歩離れた。
 そして傍らに立つセレーネ妃の腰に手を当てた。

「私の妻、セレーネです」
「王女殿下、はじめまして。セレーネと申します」

 セレーネ妃が笑顔で挨拶をしたというのに、ベリンダ王女はジロジロと不躾な視線をセレーネ妃へ向けた。そしてぞんざいな返答をする。

「どうも」

 セレーネ妃へかけた言葉はたった一言だけだった。それも会釈すらしない、一瞥しただけの。

「――ベネディクト王子はご結婚が早かったんですか?」

 王女はすぐに視線をベネディクト王子へ移した。にこやかに微笑みを浮かべながら話しかけ、彼の胸元へ手を伸ばす――が、その手は空を切った。
 ベネディクト王子がセレーネ妃をエスコートしながら一歩下がったからだ。

「お茶の支度が調ととのっておりますので、どうぞ」

 ベネディクト王子は冷たい口調でそれだけ言うと、踵を返して宮の中へ入ってしまった。左手でセレーネ妃をエスコートしながら。

 ルチアは、いや、使用人一同はベネディクト王子が機嫌を損ねていると理解した。

(だって、あの眉間の皺! 口角も落ちてたし、なにより目が笑ってなかったよ!)

 愛妻家であるベネディクト王子にとって、セレーネ妃に対し無礼な態度を取ったベリンダ王女は不愉快極まりない存在なのだろうことは容易に想像がついた。

 置いてけぼりを喰らったベリンダ王女は、しばらくポカンと呆けた顔で王子夫妻の後ろ姿を見送っていた。が、小さく舌打ちをすると「なにあれ。感じ悪い」と呟いた。

(おまえが言うな!)

 一部始終を見聞きしていたルチアはそう思いながら隣に立つファナへ視線を向けた。
 ファナもルチアを見ていた。眉間に皺を寄せ苦いものを噛んだような表情で。
 そしてふたり、無言で頷き合う。

(思いは同じね!)

 別の馬車に乗ってきたバスコ・バラデス卿がベリンダ王女へ宮内に入るよう促しているのを、ルチアは『ベネディクト殿下の塩対応に怒って帰ってくれないかなぁ』などと考えぼんやりと見詰めてしまった。
 ふいに、ベリンダ王女がルチアへ視線を向けた。不躾にもジロジロ見ていたのを叱責されるかもしれない。
 とっさに貼りつけたのは、たぶん引きった笑みだった。

「……なに?」

 王女は眉間に皺を寄せるとルチアをにらんだ。
 先ほどベネディクト殿下に自己紹介したときより、声のトーンが一段階低くなっている。

(侍女相手には取り繕うこともなさらないんですねー)

 どうしても彼女の姉であるリラジェンマ妃殿下と比べてしまう。リラジェンマ妃殿下はたとえ侍女であっても笑顔で対応してくれた。こんな不機嫌そうな声を出して睨まれたことなどない。

「いえ。金色のお衣装が……とても、お似合いだと、思いまして……」

(誤魔化すにしても、なんという話題を出すかな、わたしは!)

 王女の衣装選びのセンスが悪いと思い過ぎたせいか、とっさに口を突いて出た言葉は衣装に関することで、それもヘタクソなお世辞になってしまった。
 自分で自分の行動を叱咤するルチアであったが、意外にもベリンダ王女は喜色を露わにした。

「あら! おまえ、わかってるじゃない! 見どころがあるわね」

(……はい?)

 満面の笑みをみせると、やはり美しい王女なのだと認識した。機嫌を直したらしいベリンダ王女は、バスコ・バラデス卿に促されるまま宮内へ足を踏み入れていった。


「ルチアちゃーん。気に入られたっぽい?」

 やや呆れながら王女の後ろ姿を見送っていたルチアの肩を叩きながらファナが言った。

「イヤミになったかと思って、焦ったんだけど……」

「……褒められちゃってたね」

「もしかしてだけど……あのお衣装を褒めてくれた人が誰もいなかったってことでは?」

 自分の着ているドレスを誰にも褒めて貰えなかったのかもしれない。お世辞ですら。

 (もしかしてわたし、あの衣装を褒めた人第一号になっちゃったってことかも?)

「普通のディドレス着てくればいいのに」

「だよね。王女殿下のお付きの人間は指摘しないのかな? それともワザと着せられて苛めにあってる?」

 おとなしく苛めにあうような王女だとはとても思えなかったが。

「そういえば、お付きの人がいないね。馬車からひとりで降りたし。バスコ・バラデス卿は別の馬車に乗って来たし」

 ファナが指摘したとおり、ウナグロッサ王国の人間が王女以外だれもいなかった。護衛すら付けないとはなぜだろう。
 今までこの第二王子宮を訪れた国賓は何人かいるが、単独で訪れた人間はだれもいない。地位の高い人間ほど、秘書なり侍従なりを同行させるものだ。貴族夫人ならば侍女と護衛がつくのは当たり前である。


「あなたたち! 余計なお喋りをしている時間はありませんよ。早く来なさい!」

「「はいっ」」

 ひさびさに侍女頭さまからの叱責を受けたルチアであった。



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