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5.ルチアの悩み②

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 健全なお付き合いしかしたことのないルチアにとって、『結婚式』は最大のチャンスだったのかもしれない。だって絶対『初夜』がある。周囲がそういう風にお膳立てする。
 初夜らしい初夜がなかったのは、ルチアがすぐに働き始めたせいだと今ならわかる。
 慣れない王宮での仕事でへとへとになって、夜はすぐに寝てしまった。新婚であるはずの夫を放置して。

(思い返すにつれ……わたしって鬼嫁だわ……)

 念願の第二王子宮に勤めることが叶い、浮かれてもいた。
 そこに勤められたのも、夫グスタフのお陰だというのに。

 進路に悩んでいた在りし日のルチアに、グスタフは提案したのだ。

『確実に第二王子宮に就職先が決まる方法があるのだが……』
『確実に?』
『あぁ。王宮勤めには採用試験を受けて入る方法と、縁故採用という方法がある』
『縁故』

 思ってもいなかった裏技に自分の目が輝いたことを自覚した。

『採用数は少ないが、殿下直属の配下になる方法だ……俺がベネディクト殿下に直接推薦すれば』
『殿下に直接』
『俺は、自分で言うのも憚られるが……殿下の信任厚いと思う、ぞ。その信任厚い騎士の妻、となれば……王宮経由ではなく、直接第二王子殿下の配下になれると、思う……ただ、それには……身内でないと……つまり、その』

 ルチアはグスタフの言わんとしていることを理解した。
 自分の妻になれば、信任厚い騎士の妻として家族ぐるみで殿下に(ルチア的には殿下の奥方に)仕えることが可能になると。

 なんという素晴らしい提案だろう!
 ルチアの就職先の問題も解消されるうえに、大好きなグスタフと結婚できるのだ!

 その話、全力で乗った! とばかりに光の速さで食い気味にした返事が、自分たちのプロポーズのことばになってしまった。

『結婚してくださいっ! グスタフさまっ! いますぐにでもっ!』

 こうして婚姻届けを提出。ルチアは『ルチア・アラルコン』になった。
 グスタフは約束どおりベネディクト王子に自分の妻の第二王子宮勤めを推薦してくれた。一応、形だけとはいえ採用試験を受けた。採用水準に達する試験結果に、王子はルチアの採用を許可し現在に至る――のだが。

 すぐにでもセレーネ妃に仕えたかったルチアの意思が尊重され、結局自分たちの結婚披露宴は行わなかった。学園卒業式の当日夜から勤務についた。
 気がつけば、白い結婚のまま。
 今晩はふたりでゆっくり過ごせるかな、なんて思って待っていてもグスタフは思わぬ夜勤に入っていたり。
 お互い、なかなか休みを合わせられなかったり。
 いまさら、誘い方も迫り方も分からない。
 小さな擦れ違いが続いて、あげくにどうしていいか分からなくなって、ついついグスタフに不満をぶちまけた。

『わたしと仕事、どっちがだいじなの⁈』

 自分の態度を棚に上げて言っていい言葉ではなかった。職場目当てで逆プロポーズするような自分なのに。
 むしろ絶対言ってはいけない一言だった。

(ちゃんとした披露宴って意味があったんだなぁ……)

 偶然街で出会った友の言葉を思い出す。
 なし崩し的に妻に収まり一般的な披露宴を行わなかったせいで、ルチアは周囲から『新婚』だと認識されていなかった。なんなら結婚しているとも思われていなかったらしい。子どもっぽいルチアの容姿も要因かもしれない。
 勤務形態を配慮してくれたのは結婚してから一年以上過ぎてからだったし、その頃にはなんだかグスタフとぎくしゃくし始めていた。

(お互い、相手の出方を気にし過ぎて身動きとれなくなってるかんじ?)

 お互いが気にし過ぎているだけなら、まだいいと思う。

(もしかして……わたしにたいして“そういう気にならない”とかだったら、どうしたらいいの?)

 そもそもルチアに対して、彼はを持てないのかもしれない。
 好きだと告白されて付き合ったのは確かだ。
 けれどあれは、小さなこどもに対する庇護欲とか保護者意識が働いたのだとしたら。
 だから付き合ってくれていて。
 そういうわけだから、深い関係にならなくて。
 そこへ勢いで逆プロポーズされて、今に至るのだとしたら。

 妻という立場すら、怪しいのではなかろうか。

(こんな根本的な問題に二年も経って気がつくなんて……!)

 大きくて温かくて優しいグスタフ。
 いつも険しい表情の多い彼が、ふいに見せてくれるやわらかい瞳と温和な空気。
 大きな手で背中をぽんぽんと撫でられて落ち着いて。
 逞しい胸に顔をつけてうっとりして。

(わたしの方はこんなにも大好きなのにっ)

 結婚して同僚になったのだからと、彼のことは『グスタフ』と名前を呼び捨てにするようになった。
 でも彼を『グスタフ』と呼び憧れていた学園生のころのルチアも、心の奥にはちゃんと存在している。

 わりと口が回るルチアでも、軽々しく言葉にできないこともある。

(はっきりと抱いて下さいって言えばよかったの? あぁ、でもはっきり言って拒絶されたらどうしようっ⁈ もしくは顔を逸らされたりしたら? グスタフさまに迷惑がられたら? 困らせたら? ただでさえこんな鬼嫁なのにっ⁈)

 悩めば悩むほど答えは出ない。ひとりでぐるぐると同じ場所を堂々巡りする迷宮にはまり込んでいる心地になる。

(先輩方の言ってた“ゆっくり話して、らぶらぶに持ち込む”って、具体的にはどうやればいいのーーー⁈)

 結婚できたからといって、そこはゴールではない。
 悩みごとも日々様変わりして尽きることなどないのだ。


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