結婚さえすれば問題解決!…って思った過去がわたしにもあって

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2.命運なんて人それぞれ②

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 学園に通うようになって、憧れのセレーネさまの侍女になりたいと思うようになった。
 十五の自分にはなかった夢である。

 セレーネさまは学園生時代、すべての女生徒の憧れであった。
 その優雅な立ち居振る舞い、うつくしい所作、魅惑の微笑み。それに加え博識であり話術に長け、さらに聞き上手。教授陣も『彼女をお手本になさい』と太鼓判を押す。
 ふたつ年上のセレーネさまから直接マナー講習を受けたことは、ルチアにとっては生涯の財産になったと自負している。
 そのマナー講習の場でセレーネさまの人柄にも触れ、さらに彼女へ憧れと尊敬の念を抱いた。この方にお仕えしたいと切望した。
 ずっとずっと、セレーネさまの侍女になりたいと願ってきた。

 憧れのセレーネさまは、この国の第二王子殿下のお妃さまになった。

 セレーネさまのご実家であるポルフィリオ侯爵家にお勤めし、ご実家から連れて行く侍女として永くお仕えできないかと考えたこともある。だがその手が通じるのは輿入れ時だけだろう。セレーネさまご成婚時、ルチアはまだ学園生であった。ご一緒できない自分に歯噛みした。

 セレーネさまにお仕えするには王宮勤めするしかない。

 それには王宮職員採用試験を受け、合格しなければならない。人気職であり狭き門だ。学園を優秀な成績で卒業していれば、アドバンテージがつくともっぱらの噂であった。ルチアは今までより一層勉学に励んだ。未熟だからこそ伸びしろしかないんだと自身に言い聞かせながら、淑女としてのマナーも優点をとるほど頑張った。当然だ、セレーネさまから受けた教えはなにひとつとして忘れていないのだから!

 とはいえ、たとえ学園を優秀な成績で卒業したとしても。
 採用される側に職場を選ぶ権利はない。もしかしたら、外宮(大臣たちの執務室がある。優秀な官僚が集う場所でもある)の担当になるかもしれない。近衛待機所の持ち場に就くかもしれない。(ちなみに、近衛隊の持ち場は婚活目的の侍女には人気部署である)

 ルチアは焦っていた。
 セレーネさまは婚姻後、すぐに懐妊してしまったのだ。

(セレーネさまのお子さまの、乳母になりたかったのにぃ……)

 セレーネ妃の懐妊が発表された当時。
 まだ学園の最終学年生だったルチアは、就職先に王宮を希望していたが、悩んでもいた。
 独身女性が王宮侍女になると、高確率で外宮(あるいは近衛隊詰め所)に配属されるらしいという噂を聞いたからだ。

 そもそも、高位貴族令嬢は幼いころから婚約者持ちで、学園卒業とともに結婚は当たり前。結婚して婚家に尽くす。
 婚約者のいない低位貴族の令嬢や、優秀な平民女性は王宮女官になることを望んだ。将来有望な若者がうようよ居るのが王宮、そこで相手を自ら捕まえようという目論見もくろみだ。
 もちろん、結婚相手を探すことだけを目的とせず、自立した生計を立てる為に就職希望する女性もいる。なんせ王宮は就職先としては堅実かつ高給取りであったから。

 だがそれはごくまれだ。

 王宮勤めを希望する女性は婚活目当て――そんな風潮なので、ルチアが採用されたとしても第二王子宮に配属される可能性は限りなく低いのが現状であった。

「卒業したらすぐ結婚なんて誰が決めたのっ? そんな風潮のせいで大迷惑よっ!」

 最高学年当時のルチアはよくそんな愚痴を溢していた。
 結婚して婚家に尽くしたり家庭を守る、それはそれで素晴らしいとは思う。
 高位貴族になればそれだけ、家門を守るのは最重要事項だ。それに当主夫人の尽力なしでは叶わない。

 でもそれはルチアのやりたいことではない。やりたくないことなのに、家門や家庭を守っていけるのだろうか。納得できるのだろうか。

 すぐに結婚なんてしたくない。

 とはいえ、結婚するならグスタフ・アラルコンさまがいいとルチアは思っていた。彼以外は嫌だ。論外だ。
 ルチアは彼の存在すべてに惚れている。
 本人は自分の鋭い眼差しで女性を威嚇してしまうことを気に病んでいるが、ルチアにすればカッコいい……という感想しかない。
 しかもそんな些細なこと気にしてるの? と彼の繊細な気質に胸きゅんである。

 そしてなによりも彼の筋肉! 服の上からもわかるがっしりと大きな体躯! 厚い胸板! 丸太のような二の腕! 剣を持つ大きな手!
 全部ルチアが憧れて、でも手にすることのできなかったものだ。

 ルチアは自身の愛らしい容姿が嫌いだ。どんなに鍛えてもたいした筋肉がつかない貧弱な身体も情けない。
 他者に媚びているようで気に入らないのだ。

 その反動か幼いころから筋肉と格闘マニアだった彼女にとって、うつくしい筋肉と素晴らしい剣技を併せ持つグスタフは、好みど真ん中であった。こんな美丈夫(※ルチア視点)が自分の前に現れるなんて、なんというご褒美! と精霊に感謝の祈りを捧げたほどである。
 グスタフ・アラルコンという存在は稀有けうであり、その存在が自分を望んでくれたなんて奇跡であった。

 あの朴訥ぼくとつとした彼が頬を染め自分に交際を申し込んでくれたとき。
 ルチアは嬉しさのあまり

「精霊の導きのままに……」

 と呟いて彼の厚い胸板に倒れ込んだ。喜びのあまりの貧血が半分とよこしまな思いが半分。
 抱き着いた先の筋肉をうっとり堪能してしまった。硬いのにしなやかな筋肉は服越しではなく素肌で堪能したい……などと妄想しながら。

 グスタフはほっと息をつくと、ルチアをやさしく抱きしめてくれた。小柄なルチアなどすっぽりと覆い隠されてしまう筋肉に、また胸が高鳴った。震えるほど嬉しかった。

 その彼が。
 就職と結婚に悩むルチアに提案したのだ。

「確実に第二王子宮に就職先が決まる方法があるのだが……」

 ルチアはその提案に乗った。迷うことなく乗った。なんなら光の速さで食い気味に乗った。
 彼女は彼に対して言った返事はこうだった。

「結婚してくださいっ! グスタフさまっ! いますぐにでもっ!」

 結婚さえすれば、ルチアの悩みは全部解消すると思ったから。
 そのときは。


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