「離婚しよう」と軽く言われ了承した。わたくしはいいけど、アナタ、どうなると思っていたの?

あとさん♪

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番外編(1)

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 その日、身内だけの結婚式をひっそりと行ったわたくしは、名をエミリア・ブランカ・サビオに改めました。
 旦那さまになるのは前サビオ侯爵閣下。
 お名前はミゲル・フスティシア・サビオさまと仰います。

 結婚してから改めて気がついたのですが。

 わたくしの理想の殿方が服を着て息をして動いていたら、閣下になるのです!

 なんという事でしょう! 驚きです!

 お背は高いです。お若い頃、軍籍に身を置いていたと伺った体躯は強靭かつしなやか。馬上の人となった時のそのお姿の凛々しさたるやっ、鼻血を噴かなかったわたくしを褒めてくださいませっ!
 笑うと特に顕著になる目尻の皺が、とてもお優しそうで、うっとりと見惚れてしまうのです。
 その瞳はすっきりとしたアイスブルー。
 御髪おぐしは、ご本人曰く、昔は豪奢なブロンドだったそう。今は色が抜けてすっかり白髪しらがになってしまったと仰いますが、これ、プラチナブロンドと言うべきではないのかしら。キラキラと美しく輝いていますもの、素敵なことに変わりはありませんっ。
 くっきりとした二重で涼やかな目元からすっきりと高い鼻。
 その下の薄い唇。
 お髭はあまり生えないのですって。でも触れるとちょっとジョリジョリします。髭剃りあとの感触が面白くて触れていると、お返しだといわれて脇をくすぐられてしまいます。くすぐったくて、思わず悲鳴と笑い声をあげてしまうのだけど、そんなわたくしをたしなめる声は、ここにはありません。
 笑い疲れて、ぐったりと旦那さまにもたれれば、髪に、額に、頬に、目元に、優しいキスが幾つも落ちてきます。

「エミリア。可愛い私のリーア」

 そう言いながら、キスはいつの間にか唇にも降ってきて……いつの間にか、深いものに変わっていって……。

 丁寧に、丁寧に。

 優しくゆっくりと、旦那さまは……ミゲルさまは、わたくしに触れてくれます。
 そういえば、昨夜は背中を重点的に愛されました。

『リーアの身体、ぜんぶ、私に見せておくれ』

 声まで素敵なわたくしの旦那ミゲルさまに操られるように、すべてをさらけだしてしまったのは、ほんの数日前の出来事だというのに、なんだか疼く、という感覚を覚えてしまいました。

 キスにもいろいろと種類があるのだと知りました。
 優しく触れられたかと思えば、舌を使ってあちこち探られたり。

 なんでしょうか、あれ。

 文字どおり、目を回してしまったわたくしを愛おしそうに見つめるミゲルさまが、また男らしくて頼もしくて、でもこんな、い、いやらしいこと、するなんて、思ってもいなくて、びっくりするやら、そうか、そうなのか! と新たな発見をするというか……。

 言葉もございません。



 サビオ侯爵家の方々にもお目どおり致しました。
 現・サビオ侯爵アルフォンソさまは、なんとわたくしの上の兄と同じ年でした。侯爵夫人とも親しくお話できるようになりました。
 書類上は義理の息子になるとはいえ、自分より年上の息子なんて、複雑な気持ちになります。
 他のご令息やご令嬢も、わたくしより年上なのです……。
 そして皆さん、ミゲルさまの後添いになったわたくしに対して、温和な対応をしてくださいます。ありがたい事です。
 再婚した時、侯爵家の財産分与が既になされた後だったから、かもしれません。旧イディオータ領の土地はわたくしの名義になっていました。びっくりです。


 そういえば、イディオータ伯爵家にいた頃は、親戚付き合いなんてしませんでした。領地を改善するのに忙し過ぎたせいもありますが、伯爵本人がわたくしと一緒にいる事を避けたせいだと、今なら判ります。というか、あの方ご本人が、ご自分の親戚を把握していなかったのではないか、と邪推いたします。

 それはもう、どうでも良いのです。わたくしとは関係のない人ですし。
 ただ、あの邸に勤めていた者たちは、皆、わたくしに親切でよく仕えてくれたので、なんとか彼らを雇い入れられないかとミゲルさまにご相談したところ、ちょっと困ったようなお顔をさせてしまいました。
 でも、

「すぐにはどうこうできないけれど、本人たちが転職を希望するようなら口添えするのはやぶさかではないよ」

 という回答を頂けてホッとしたものです。
 そうですね、他領の人間になってしまったのだから、どうにもできないのは当然なのです。ちょっとガッカリするわたくしを膝に乗せて、何度も額にキスを落としてくれるミゲルさまに慰められて、その日は暮れていきました。




 ミゲルさまとの初面会のあの日。
 わたくし、あの日とても恥ずかしいお願い事をしてしまったのですが、ミゲルさまは鷹揚に笑われてわたくしの手を取り、甲に唇を落としてくださいました。
 そして顔を上げ、わたくしをそのアイスブルーの瞳でまっすぐに見つめて仰いました。

『エミリア嬢。私がすべて、教えて差し上げよう。だから、他の男にそんなこと言ってはいけないよ? 解ったね?』

 優しいお声でそう囁かれて、背筋になにやらゾクゾクとしたものが駆け上がったのですが、たぶん、あれがきっと、わたくしが恋に落ちた瞬間だったと思います。

 ミゲルさまのあの瞳に見詰められ、あのお声に囁かれて、落ちない女なんていないのではないのかしら。


 あの時、わたくしの手を取ってキスを落としたミゲルさま。
 結婚して、初めての夜。
 寝室でやっぱりわたくしの手を取って、唇を寄せた後、こう囁きました。

『これからは、人前に出る時にはきちんと手袋をすること。いいね? でないと……』

 わたくしの目をじっと見つめながら、ミゲルさまは手品のように、わたくしの掌につい……っと爪を滑らせました。
 その触れ方に、ぞくぞくと痺れる何かを感じ、驚きました。先程まで、普通にわたくしの手を持っていたというのに!
 いま、まったく違った意味を持って触られました!

『誰にイタズラされるか、わからない。そんなこと、許してはいけないよ?』

『イタ、ズラ?』

 震えながら問えば、またしても指を滑らせるミゲルさま。その度にミゲルさまが触れた個所からびりびりと痺れるような、これは……快感? が、手の平からわたくしの体内を駆け上ってきて……。

『可愛いエミリア。ぜんぶ、私が教えるから』

 ちょっとだけ、ミゲルさまが怖い、なんて思ったけど。
 ミゲルさまの手は、指は、わたくしを痛めつけることは一切なくて。
 あくまでも優しくて。

 むしろ、とても…………気持ち、よくて。

 わたくしが怖い、と思ったのは未知のことを知るのが、怖かったからなのだなぁと思い至りました。
 誰だって、そこに何があるのか判らない暗闇は怖いですものね。
 今まで知らなかったことは、怖いことではないと知れて良かったです。

 ただ、閨でのミゲルさまはちょっとイジワルかもしれません。
 わたくしに、いろいろと言わせたがるのです。

『エミリアのおねだりは、ぜんぶ、私が叶えてあげる』

 わたくしが恥ずかしがるのを知っていながら、言葉を口に出させようとするのです。
 困ったお人です。







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