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64.「会えなかった事実に感謝するよ」……そうね

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 やはりウィルフレードは聡い。
 リラジェンマが気に病んでいることなどお見通しらしい。

 あの時。
 異母妹ベリンダとした面会で、リラジェンマは自分の名にかけてウーナの名を剥奪すると宣言した。
 同時に何かしらの力が発動したのを――目には視えなかったが――確認している。

「ウナグロッサの王宮にはウーナ王家の人間を守るための守護の陣が敷かれているの。それがあの子を阻んだのだわ」

「ウーナを剥奪されたから、侵入できなくなったのか……王城で働く者はそういう立場の人間だと認識されているから出入りできるということかい?」

「そうね。少なくともわたくしは、王城内で働いている人間はすべて把握していたもの。母もそうだったわ」

 とはいえ、国王代理が安易に人を辞めさせたり雇い入れたりするせいで、余計な手間になっていたのだが。

「なるほど。『ウーナ』の名を持つ者が入場を許可すれば入れる、ということだな。……国王代理の許可があったから愛妾とその娘も入れた、と」

 ウィルフレードの言葉にふと疑問を抱いたことを思い出したリラジェンマは、それを確認しようと口を開いた。

「ウィルは生まれてすぐにセカンドネームを貰っているの?」

「? うん、そうだよ。父上がつけた。それが?」

 思いがけないことを聞かれたウィルフレードは首を傾げながら問い返す。

「それってヌエベ王家だけの決まりだって聞いたわ。他の貴族にはセカンドネームをつける習慣はないって。
 ウーナ王家は違うの。思い返せば、王家直系の血を引く者にセカンドネームはないの。わたくしのようにね。でも父のように外部から結婚等で王家に入る人間にセカンドネームをつけるの」

 過去の歴代王と王妃の名前を思い返せば、そういう決まり事のうえに名づけられていたのだろう。

「なるほど。それが正しい仕来しきたりならば、愚妹はセカンドネームを付けられなければならなかった。それもなく長い間ウーナを名乗っていた不届き者という認識を佑霊……いや、始祖霊にされていたのか」

 ベリンダは不届き者として認識されながらも、王家が認めた者(この場合は国王代理)が引き入れた娘だったから静観されていた。
 だがベリンダはウナグロッサを出国した。
 リラジェンマも一度国境越えをしたから体感しているが、ウナグロッサで与えられていた始祖霊の加護が取り払われるのだ。
 与えられていた物を失い、更に正統な後継者リラジェンマから名を剥奪されたベリンダは再び入城することは叶わなかった。

「落雷にあったと言っていたな。精霊の怒りに触れるような何かをした、あるいは言った……それでも愚妹は命を落とすには至らなかった。僕が思うに、雷は愚妹に纏わりついていた悪霊を祓ったのだと思う」

「悪霊を祓った?」

「すごい数の悪霊に懐かれていたからね。たぶん、時間的に僕らが祭祀を行ったあとにウナグロッサに帰国したはずだ。あの数の悪霊を祓うのにそれくらいの荒業でないと出来なかったのだろう」

 ウィルフレードが深刻な顔をしているのは、悪霊が集まったときの悪臭を知っているからだろう。
 それがどの程度の悪臭なのかリラジェンマには解らないが、解らなくて良かったと思ってしまう。

「もしかして……アマディ夫人が亡くなったのもそのせい?」

 ふと気がついて声を出せば、ウィルフレードは首を傾げる。

「アマディ夫人?」

「父の愛妾のことよ」

「あぁ。屋内にいたのに落雷にあって命を落としたという、あの」

 ウィルフレードは得心したと言いたげに手を打つ。

「彼女はわたくしに対してとくに何かしたわけではないわ。
 ただ、……わたくしが知る事実は母の事故があった後、一人の馬丁が不審死をしたということ。母の護衛だった騎士が近衛騎士団長になったということ。
 そして、アマディ夫人が『精霊の怒り』を受けたという事実ね」

 静かに語るリラジェンマに対し、ウィルフレードの方が顔色を変えた。
 証拠はない。すべては推測であるしアマディ夫人本人も亡くなっている以上どうにもできないが、聡いウィルフレードは誰が悪巧みをしたのか察したらしい。

「なるほど。それは……。
 あの愚妹の実母だろ? そうとう悪霊に懐かれていただろう。……そのせいで天罰が下った。そういうことだな。君の父君も、もしかしたらそうとう悪霊に懐かれていたのかもしれない」

 リラジェンマの実父は昔は優秀な人間だったらしい。だからこそ当時の国王陛下に見こまれ次期女王の王配にと請われた。
 そんな人間が悪霊に懐かれるとは……。
 リラジェンマはため息を禁じ得ない。

「ウィルが会っていたら、また精霊酔いをおこすほど影響を受けたかもね」

 リラジェンマがわざとおどけて言えば、ウィルフレードは苦笑いをした。

「会えなかった事実に感謝するよ」





 初めてこの第一神殿に来た日のように、ウィルフレードとふたり並んで芝生の上に座り空を見上げながら会話を交わす。
 鉄柱に寄り掛かり、だれも来ない静かな場所でぼんやりと見上げる空は、リラジェンマを優しく見下ろしている。

 ふと視線を遠くに飛ばせば、石柱より遥か後方に護衛として立つゴンサーレスの姿が見えた。リラジェンマが第一神殿へ行こうと誘っていたのが聞こえていたのだろう。
 あの護衛の彼には心底同情してしまうリラジェンマである。

「ところで、リラ。僕と君が初めて手を繋いで一緒に夫婦の寝室を使った夜……いや、正確には昏倒した夜だけど……ひとつ夢を見たんだ……聞いてくれるかい?」

 ウィルフレードの言葉にリラジェンマもそういえばと思い出した。
 夢を見ていると自覚している夢だ。
 見知らぬはずなのに懐かしいと感じる人に会っていた。その顔をはっきりと覚えてはいないが、特徴的な口元だけはよく覚えている。
 ウィルフレードやベネディクト王子、国王陛下がよくやる右の口の端だけをあげて笑う、あの口元だったと思う。
 もしかしたらウィルフレードのおじいさまかもしれない。

「わたくしも夢を見たわ。たぶん、あの子のこと頼んだよって言っていたから佑霊だったと思う。ウィルも夢に出てきたわよ。光るなにか……精霊だったのかしら、それと話していたわね。一と足すと桁が変わるから何かを変えちゃいなさいって言われていたわね」

 リラジェンマの言葉にウィルフレードは破顔した。

「なんだ。同じ夢を見ていたのかな。僕の前に現れた精霊は……たぶん、ウナグロッサの始祖霊だろう。リラと同じ翠の瞳だったから。随分抽象的なことを言われたけど」

「抽象的?」

「“一と足すと桁が変わるから。歴史、変えちゃいなさい”って」

「歴史? どういうこと?」

 始祖霊からの助言、なのだろうか。
 だが何を言いたいのか分からず首を傾げてしまう。

「僕もどういうことなのか、随分考えたんだけど……つまり、一と九を足せば十になるってことかな、と」

 1+9=10
 とても簡単で初歩的な算数であるが、桁が変わると歴史も変わるとは?
 首を傾げるリラジェンマにウィルフレードは、またあの笑い方をした。

「一はつまり、ウナグロッサのこと。九はグランデヌエベ。
 足して桁が変わる……ということはつまり、桁違いになる……別のレベルになる、ということかなって。
 歴史、変えちゃいなさいっていうのは……我が国とウナグロッサを足して違う国にして、新たな歴史を作れと唆されたのかな、と」

 足して違う国にして?
 それはつまり。

「ウナグロッサを併合する、ということ?」

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