異母妹にすべてを奪われ追い出されるように嫁いだ相手は変人の王太子殿下でした。

あとさん♪

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63.第一神殿にて内緒話

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 リラジェンマは自分の右手でウィルフレードの左手を握ったまま、ずんずん進む。
 今日は迎賓館の庭園を最初から目指したため、歩きやすい編み上げのブーツを履いている。靴擦れなどにならず長時間歩くことができる。

「リラ。どこに向かっているのか聞いてもいい?」

 少し後ろからウィルフレードの笑い混じりの声がする。

「内緒の話をしたいから第一神殿がいいわ」

 このときリラジェンマは、あくまでも真面目に話をしたいからウィルフレードに提案したのだが。

「内緒話で第一神殿? いいね! あの夜を思い出すよ! あぁ、リラが可愛らしく僕に縋り付いて泣いてくれたあの素晴らしい夜のことを‼」

 ウィルフレードがうっとりとした声を出すから余計な記憶が呼び覚まされた。

 第一神殿から母国ウナグロッサへ向けて祭祀を行った晩。リラジェンマは母だった精霊と出会い、彼女の真意に触れ号泣した。

 ウィルフレードの胸に縋って。

 いつの間にか向きを変え、ウィルフレードの胸に縋り付いていると気がついたとき、リラジェンマは混乱状態の極みに至った。

 神殿の芝生に座り、ウィルフレードの膝の上!
 しかも自分から縋り付いて抱き着いて!
 ウィルフレードの体温をしっかりと感じる距離、というか密着して!
 彼も自分をしっかりと抱きしめているではないか‼
 星空の下、なんという破廉恥な‼ 自分は決して恥知らずな人間ではないというのに‼‼

 思い出すだけで頭を抱え込んでうずくまりたくなる記憶。
 それを後からあれやこれやと(しかもウィルフレード本人に!)言及されるのは業腹なのだ。

「ウィル! それは思い出したらいけない記憶だわ‼」

「えー? どうしてー?」

「どうしてもよ!」

 頬を真っ赤に染めプリプリと怒りながらずんずん進むリラジェンマ。
 くすくすと笑いながらその後に続くウィルフレード。
 ふたり、しっかりと手を繋ぎながら。

 王太子夫妻のこの様子、外宮の中庭で繰り広げられていたので、誰の目にも止まっている。声は届かずとも真っ赤な顔の王太子妃と、上機嫌にこにこ笑顔の王太子の様子はそれなりの憶測とともに皆の(リラジェンマに付き従いすぐ後ろに控えていた侍女やウィルフレードの専属護衛ヘルマン・ゴンサーレス、通りすがりの官吏や王城勤めの使用人まで)記憶に残る。
 ちなみに、見守る彼らの目はとても温かい。

「ところでリラ。本当に第一神殿に行きたいのならそっちの方角じゃないよ?」

 くすくすと笑いながらウィルフレードが言う。
 こればかりは仕方がない。リラジェンマにとって『大神殿』は城の外にあったのだ。“神殿”に向かおうとすれば城外に出ようとしてしまうのだ。
 だがグランデヌエベの『第一神殿』は内宮の一番奥まった一般人の入り込まない場所にある。
 リラジェンマは反対方向に歩いてしまっていた。

「勘違いは誰にもあることだわ」

 自分は決して方向音痴なわけではない。そう言いたいリラジェンマである。

「そうだね。……あぁ、助かる。じゃあ、すぐ向かうよ」

 ウィルフレードはリラジェンマにではない、他の誰かに向かって“あぁ、助かる”と言った。そしてすぐにリラジェンマの腰を抱き抱えて――
 一陣の風が彼らの周りをぐるりと取り囲んだ。

「――はい、到着」

 リラジェンマが自分の周りに突如吹き上がった風に驚き瞬きをした瞬間、場所が変わっていた。
 彼女は第一神殿の芝生の上に立っていた。
 周囲はぐるりと立ち並ぶ石柱。
 正面には黒々とそびえ立つ八角の鉄柱。

「――はぁ?」

「また長い時間歩いて靴擦れにでもなったら、僕が耐えられないからね」

 すぐ側に立つウィルフレードは得意満面に説明する。

「……もしかして、これが『瞬間移動』?」

「そうだよ。随分短い距離だけどね。おじいさまが『第一神殿ならすぐ運べるぞ』って言ってくれたから、お願いしちゃった」

「――はあ?」

(お願いしちゃった、ですって?)

「移動場所が第一神殿だったし、僕らの力は手つかずにしてくれたみたいだ。精霊たちの力しか使ってないって」

 確かに、眩暈も気力が奪われるという事態にもなっていない。
 ウィルフレードがどんな風に『精霊の加護をふんだんに』受けていたのかも分かった。
 しかし。

「おじいさまって、十五代国王陛下のウィルのおじいさま? 佑霊になられたおじいさま? いくら能力が使えるからって、そんなホイホイ使ったら駄目じゃない!」

「え」

 突然怒りだしたリラジェンマにウィルフレードは面食らう。

「ウィル! そんなに精霊の力を簡単に使ったら駄目だわ! わたくしたちが目の前から突然消えたから、きっと護衛のゴンサーレスたちは心配しているわ! 今頃みんな大騒ぎしているわよ! どうする気⁈」

 腰に手を当て下から睨みつけるリラジェンマに、ウィルフレードは一歩後ずさる。はっきり言って迫力負けしている。

「あー。だっておじいさまが」

 ウィルフレードが一歩退いた分、リラジェンマが前に詰める。

「おじいさまのせいにしちゃダメ! 孫可愛がりしたいだけなんだから、貴方がきっぱり断らなければダメでしょ! ちゃんとした大人なのよ!」

 リラジェンマの迫力に押され、一歩また一歩と後ずさる。

「あー。うん、そうだね」

 まさか、こんなに怒られるとは思っていなかったウィルフレードは戸惑うばかりだ。

「おじいさまもっ! そこらにいらっしゃるのでしょう⁈ 孫が可愛いからって甘やかすとろくな人間になりませんわよ⁉ 自重なさいませっ!」

 リラジェンマの追求の矛先はウィルフレードだけではなく、佑霊にまで及んだ。宙に向かいはっきりと言ってのける彼女は、びっくりするほど逞しい。

「ウィル! 佑霊や精霊たちはなんと言ってますの⁈ 本当のことを教えて下さいな。わたくしに嘘は通じませんよ?」

 両手を腰に当てたまま、にっこりと微笑むリラジェンマ。
 そんな彼女に思わず見惚れてしまったウィルフレードの耳に佑霊が囁いた。

「……え? ちょ、待ってください⁉」

「ウィル? 佑霊は、おじいさまはなんとおっしゃっているの?」

 リラジェンマの翠の瞳がキラキラとうつくしく輝き、それは有無を言わせない謎の圧力を秘めていた。

「あー。……リラの言うことはもっともだから……自重するって」

 ウィルフレードの渋々といった答えに、リラジェンマはとてもよい笑顔を見せた。

「ご理解いただき嬉しく思いますわ。精霊の力は非常事態で使うものだとわたくしは思います。なんてことのない日常生活の中で使うモノではありません」

 ただでさえ、自身に特殊能力があるのだ。これ以上精霊の力など使うのはよろしくない。

「あー。……リラは無意識に必要以上の力を使わないようにって言いたいんだね。……君の愚妹にかけた宣言のように」





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(こぼれ話)

リラ曰く「それは思い出したらいけない記憶だわ‼」の件。
実は、お付きの人間が一番やきもきした事件です。
深夜に第一神殿で王太子夫妻が芝生の上でイチャイチャしているように見えて(リラ大号泣中)、お互い力の交換をしていたので、疲労困憊で身動きがとれませんでした。
芝生の周りで見ていた護衛たちは「殿下たちはいつまであのままでいらっしゃるのか……」とやきもきしつつ見守ります。
王太子夫妻が何を話しているのか(結界があるせいで)聞こえません。でも姿は見える。
ウィルも疲労困憊していたので彼女をお姫様抱っこして運ぶ余裕がなく。
つまり、「早くそこから出てきてください」な侍従と「うん、ごめん今動けない」のウィルが目と目で会話してまして。
星空の下、だいぶ長い時間いちゃいちゃしてました。
王太子夫妻付きの侍従、侍女、護衛たちが鈴なりになって芝生広場の周りをぐるりと待機していました。

リラにとっては忘れてしまいたい事件だったので本編ではスルーしました。
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