異母妹にすべてを奪われ追い出されるように嫁いだ相手は変人の王太子殿下でした。

あとさん♪

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62.ウナグロッサの使者とリラジェンマと

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 侯爵のそんな心情、心算を、リラジェンマはつぶさにその瞳で視た。
 やけに物分かりのいい返答をする彼の気持ちを知りたくなった彼女は、つい立ち上がって窓から部屋の中を、侯爵の姿を視たのだ。
 
 彼女の傍らに控えていた侍女が“こっそり見るつもりだったのでは? 見つかってしまいますよ?”という顔でリラジェンマを見上げているのは解ったが、好奇心が抑えられなかったのだ。

 その気になって相手の姿を視れば、その者の心情が分かってしまう特殊能力。母である前女王がそうだった。

(あの時、お母さまから力を注がれて回復したけれど、その能力まで頂いてしまったのね)

 母は生前、真正面から相手の目を見つめれば威圧になってしまうから注意するようにとリラジェンマに教えていた。威圧的に臣下を視ないよう配慮する言葉であるが、もしかしたら娘の能力が必要以上に成長し視たくないモノまで視ないようにという親心だったのかもしれない。

(能力に目覚めたばかりの頃のわたくしは、怖がって泣いてばかりだったし……でも今のわたくしは他者の心の内を視ても、もう怯まないわ)

 ヴィスカルディ侯爵は心の底からウーナ王家に従うつもりだ。彼の忠誠に嘘はない。この血筋が続く限りは。

(考えてみれば怖いわね。……でも)

 リラジェンマはベランダから応接室の窓を開けた。
 急に風が入ったことで室内にいる人間が窓を、リラジェンマを見た。

「リラ」
「リラジェンマ王太女殿下……」
「……殿下」

 室内にいる人間のそれぞれの呟きを聞き、リラジェンマは微笑みで応えた。

「ウィル。わたくしとのお散歩の約束の時間でしてよ。あまりにも遅いから迎えに来てしまったわ」

 ウナグロッサからの使者の存在は意識から追い出し、リラジェンマは自分の夫に視線を向け笑顔を絶やさずそう言った。

「あぁ、すまない。もうそんな時間になっていたか」

 ウィルフレードは慌てたように立ち上がるとリラジェンマの前に立った。そのまま彼女を抱き寄せ額に唇をおとす。誰がどう見ても熱愛中の新婚夫婦の姿であろう。

「わたくしが待ちきれなかっただけですわ」

 リラジェンマは柔らかく微笑むと新婚の夫の胸を軽く押した。

「リラ、きみ……」

「さぁ、参りましょう?」

 そう言って夫の手を握りベランダへ出た。

「リラジェンマ殿下! お待ちください!」

 背後からリラジェンマを呼ぶ侯爵の声に足を止めた。

(やっぱり素通りは味気なかったかしらね)

 溜息をひとつ。
 手を繋いだままのウィルフレードからは、彼女を案じる気持ちが伝わる。

「ヴィスカルディ侯爵。久しいですね。壮健そうでなにより」

 背を向けたまま、侯爵へ向け声をかける。

「侯爵。ウナグロッサの今後については……しばらく待ってくれるかしら。もしそなたがわたくしを支持するというのなら」

「殿下……」

 背を向けている限り、その姿をはっきりと見ないでいる限り、彼らが何を考えているのか、はっきりと把握することはできない。
 けれど戸惑いと微妙に混じった安堵の気持ちが流れてくる。

「近日中に答えは出します――ウィル?」

「そうだね、行こうか」

 ウィルフレードを促し、彼にエスコートされながら庭園に下りた。

 背後から彼女を呼ぶ声は、もうかからなかった。


 ◇


「まさか、庭から登場なさるとは思わなかったな」

 ヴィスカルディ侯爵はどっかりと椅子に腰を下ろすと、庭に出て行ったリラジェンマの後ろ姿を呆然と見送った。

 リラジェンマ第一王女のことは、彼女の幼少期からよく知っている。彼の敬愛する前女王と同じ髪と瞳の色を持った愛らしい王女殿下。
 いつも物静かで伏し目がち。彼女の教育に訪れる教師陣にはもうお教えすることがないと言わしめるほど優秀でなおかつ心根の優しい王女殿下であった。

「どこか、雰囲気がお変わりになったような……」

 優秀な王女ではあったが、四角四面で彼女の行動は想定内に収まるものであった。
 あのように庭から顔を出すなど以前の王女殿下を知る身には信じられないし、訪問者に背中を向け続けるような方でもなかった。
 だが。
 生前の女王陛下はあのように背中を向けヴィスカルディと接することがよくあった。今日見たリラジェンマの姿は女王陛下のそれを彷彿とさせるものだった。

 侯爵が口にした微かな疑問に、ベルトリーニ近衛騎士団長が応える。

「このグランデヌエベ王国に来たことが、殿下によい影響をお与えになったのかと。始めに拝見したご尊顔……晴れ晴れと、とても嬉しそうにウィルフレード殿下をご覧になって……」

「よい影響、か……なるほど」

 確かに、仲睦まじい様子のふたりだった。

「今のリラジェンマ殿下がどのような答えをくださるのか、とても楽しみだ。待てと仰せなのだ、暫し待とう」

「はっ」

 彼らが見送った王太子夫妻の背中は、既に迎賓館の庭園からは離れたらしくどこにも見えなかった。



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