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61.「我が妃は貴様らに会う気が無い」……よくご存じで
しおりを挟む「リラジェンマ王女殿下にお目にかかりたい!」
「我が妃は貴様らに会う気が無い」
グランデヌエベ王宮迎賓館の一室でこの会話は展開されている。
上座にはウィルフレード王太子。
下座にはウナグロッサからきたヴィスカルディ侯爵とベルトリーニ近衛騎士団長。
「しかし!」
「くどい。何故会う気がないのか察してくれないかな。彼女は貴様らに謝罪の機会など与えたくないのだよ。
貴様らは謝罪したことで満足を得るであろうが、我が妃がその分心労を負うとは考えられないか?
我が妃には会わず、貴様らは悶々と後悔し続けるがいい」
ウィルフレードの硬質な声にウナグロッサからの使者は黙った。
この部屋の外、ベランダに潜んだリラジェンマは会話の一部始終を聞きながらため息をついた。
(事前打ち合わせもなかったのに、ウィルってばわたくしの心情を正確に捉えているわね)
突然リラジェンマの部屋を訪れたウィルフレードは、彼女に『使者と会う?』とだけ聞いた。
リラジェンマは暫し悩んだあと眉を顰め『会いたくないけど……』と言葉を濁した。
それを聞いたウィルフレードは『了解、追い払うね』と言って部屋をあとにしたので唖然とした。
もしかしたらウィルフレードは、この後ウナグロッサからの使者と面会予定なのだろうか。
詳細な予定はなにも語らなかったが、そうとしか思えない。
もし彼女が会うと答えていたら、一緒に面会するつもりだったのではなかろうか。
などなど。
考えだしたら逆に気になってしまったリラジェンマは、こっそり庭を巡って迎賓館を訪れたのだ。
彼女の推測は当たりだったらしい。
お陰でこっそり会談を盗み聞きするハメになっているのだが。
(『キツネ狩り』の的にはならないだろうけど、やってることはベリンダのそれと大差ないのが笑っちゃうわね)
庭から忍び込んだ自分を思えば自嘲するしかない。とはいえ、今は昼間であり護衛兼侍女も一緒にいる。あの愚妹と比べられるのは業腹である。
「なるほど……謝罪の機会は永遠に与えられない。それこそが我らに下された罰、ということですな……」
ヴィスカルディ侯爵の呟きが風に乗ってリラジェンマの耳にも入った。苦い後悔の色が視えた気がする。
「それではせめて、お伝えください。今、ウナグロッサは後継者がおりません。ベリンダ王女はどうしたものか王宮に入れませんし、全身酷いやけどを負いまともに話すこともできなくなりました。今後のウナグロッサをどうするおつもりか、お答え頂きたいと」
「王女が王宮に入れない? どういうことだ?」
ウィルフレードがあげた疑問の声と同時にリラジェンマも声をあげそうになった。
「我々にも理由は分かりません。が、ベリンダ殿下が王宮に入ろうとしたとき落雷にあい全身に酷いやけどを負いました。
我々臣下だけならばなんの問題もなく出入りできるのですが、殿下をお運びしようとすると王宮内には入れなくなったと聞いております。目に見えない……そう、始祖霊さまに拒否されているのだと噂されております」
ウナグロッサの王宮にはウーナ王家の人間を守るための守護の陣が敷かれている。それがベリンダの入城を阻んだということだろうか。
思い当たることはもうひとつある。
あの日、リラジェンマが愚妹に投げた一言が力を持ち、作用したのではなかろうか。
『わたくし、リラジェンマ・ウーナの名において、貴様の名を剥奪する。今後一切『ウーナ』を語るな』
怒りとともに言葉を発した途端、ウィルフレードと繋いでいた手を中心になにかの力が波紋状に広がったのだ。
あのときもウィルフレードと手を繋いでいた。
リラジェンマの怒りに同調した精霊たちによって、自分が思うよりも強い力を使った可能性はある。
「王女が落雷にあったと? 生きているのか?」
冷静な声のウィルフレードがさらに問い質す。
「はい。命に別状はありません。ですがお姿はあまりに変わられて……殿下の今後のことも、リラジェンマ王女殿下にご相談したいのです」
ヴィスカルディ侯爵の生きているという返答に少しだけ胸を撫で下ろす。
しかし。
落雷にあった、つまり精霊の怒りを受けたと周知されているということは、ベリンダは今後の貴族社会で生きていくのは難しいだろう。もしかしたら市井に下りても苦労するかもしれない。
リラジェンマは考え込んでしまった。
しばらくの沈黙を破り、ウィルフレードの声が響いた。
「王女が王宮に入れない理由は、私に心当たりがある。
あの者がここに滞在したおり、我が妃リラジェンマがその名においてウーナの名を剥奪すると宣言した。立会人は私、ウィルフレード・ディオス・ヌエベ。その宣言を精霊と始祖霊が聞き届けたのだろう」
「リラジェンマさまの、御名においての宣言……。さようでございましたか……拝命いたしました」
ウナグロッサからの使者、ヴィスカルディ侯爵は厳かな声でそう言うと低頭した。
長く女王派筆頭であった彼はウーナ王家の血筋に脈々と受け継がれる特殊能力――巷では神の末裔の証といわれるそれ――をよく承知している。それがあるからこその王権とも思っている。
その末であるリラジェンマが名において下知したのならば、臣下として拝命するのみである。
もともとベリンダという少女は国王代理の強い要請があり王族として名を連ねた。『国王代理という王族の娘』として『王女』を名乗れたのである。
その国王代理も今は亡く、正統な後継者であるリラジェンマが『名を剥奪する』と言ったのならば。
この時点をもって、ベリンダは王籍から削除される。
ベリンダという少女はただの一市民となるのだ。
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