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59.国王陛下とリラジェンマと
しおりを挟む珍しくリラジェンマの部屋を訪れたビクトール国王陛下にエスコートされ、一緒に庭をそぞろ歩く。
外宮の中庭は誰もが憩いの場として使用しているが、国王陛下と王太子妃殿下――元隣国の王太女であり義理の娘――という組み合わせの散歩は皆の注目を浴びた。
ウナグロッサからきた急使は国王代理とその愛妾の訃報を伝えたあと、リラジェンマへの面会を希望していたのだが、いまだ面会は叶っていない。
「リラの方が面会を拒んでいると聞いたが、正しい情報か?」
国王陛下が庭園にある噴水をのんびりと眺めながらリラジェンマに問いかける。
リラジェンマは彼の隣に並び、同じように噴水の水が跳ねるのを見るともなしに見詰めた。
「思うところがあり……会えずにいます」
ウナグロッサから来た二名の急使。
一人はフラヴィアーノ・ヴィスカルディ侯爵。リラジェンマの元婚約者の父であり、前女王の信任厚く女王派の筆頭でもあった。
もう一人はマルコ・ベルトリーニ近衛騎士団長。前女王の専属護衛だった騎士である。女王崩御の原因となった事故当時、彼女の護衛として同行し女王の遺体を荼毘に付した人間でもある。
どちらもリラジェンマにとって因縁があり厄介なのは間違いない。
「思うところ……なるほど」
国王陛下は自慢の口ひげを撫でながら、噴水を眺め続けた。
「余は、奴らに会うたが……侯爵の方は馬鹿息子がとんでもないことを仕出かして、監督不行き届きであったと余に言いおった。余に言うてもどうにもできぬものを。
騎士団長の方は国王代理の死に際に立ち会ったそうで、そなたに説明したいと言っていた。
なんでも、祭祀のために霊山に登った国王代理は落雷にあって死んだのだとか」
「落雷?」
「うむ。どうやら時間的に、そなたとウィルフレードがここから祭祀を執り行った翌朝に、あの国王代理も祭祀を行おうとしていたらしい。芝生に足を踏み入れた途端、落雷にあったのだとか。……聞くところによると、今のウナグロッサは晴天のようだし、そなたの初の祭祀は成功したようだな」
落雷。
一部では精霊の怒りとも呼ばれている。
王族しか入れない大神殿の芝生の上で落雷にあったということは、完全に天誅が下ったと世間的に見做されるだろう。
「落雷にあい、弾き飛ばされるように芝生の外に出た遺体を荼毘に付したのも騎士団長だと言っていたな……あの者は、前女王の死に際にも立ち会ったと言っていたが……二度も守るべき主に先立たれるなど……運がないのか、あるいは厚顔なのか……」
前女王の専属護衛でありながら、馬車の転落事故で女王をむざむざと失い、それでいて女王の死後には近衛騎士団の団長という地位に就いた男マルコ・ベルトリーニ。
彼に対して、リラジェンマも思うところがないわけではない。
もしかしたら母は策略によって命を落としたのではないか。そういった疑問を持った日もある。
けれど今その是非を問うには時間が経ちすぎているし、つい先日、始祖霊となった母に会った。
彼女はうつくしく笑ってくれた。
それだけで、リラジェンマとしては不問に付していいと考えている。ただ今更彼に会いたいなどと思わない。それだけだ。
「陛下は……ウナグロッサからの使者に会った方が良いと、思われますか?」
噴水の水が流れるさまをぼんやり目で追いながら、リラジェンマは隣に立つ国王へ問いかけた。
「彼らに何を言われるのか、だいたい想像できるので……会いたくないのです」
たぶん、謝罪される。
母の死のこと。国王代理の死のこと。婚約者の心変わりのこと。
公の場で謝罪されたら、赦さないわけにはいかなくなる。
例え本心で赦せなくとも。
(いちいち対応しなくちゃならないのって、面倒だわ)
謝罪が済めば、ウナグロッサへの帰還を勧めるだろうと容易に想像がつく。
国王代理が死亡した今、あの愚妹が王位に就くのが心配なのは間違いない。けれど今すぐ帰国すると返事ができるほどリラジェンマの意思も固まってはいないのだ。
(ここから祭祀ができるのだもの。無理に帰国する理由がないのよね)
「うむ……なるほど? 余の意見としては会った方が良いと思うぞ。会って『今更謝られてももう遅い! 赦せん!』と言ってやればいい」
「え?」
国王の言に、思わず顔を見上げてしまった。
ビクトール国王もリラジェンマを見下ろしていた。ただ、ゆったりと微笑んだとても温かな眼差しで。
「赦さなくて、よいのですか?」
寛容さを示すのも王として必要だと習っていた。
特に長年仕えていた臣下には。
だから、公式の場で彼らから謝罪などあったら容赦するのは当然だと思っていたのだが。
「リラは赦せぬのだろう? ならば無理に赦免などせずともよい。そなたの心が命ずるまま振る舞えばよかろう……余の娘のすることは、余が許そう」
「おとうさま……」
そうか、無理に赦さなくてもいいのか。そう考えたら少しだけ気楽になった。
これが正しき『父親の助言』かと思ったら、自然と口が『陛下』ではなく『おとうさま』と呟いていた。
「おぉ! やはり娘に『おとうさま』と呼ばれるのは良い!」
微笑む黄水晶の瞳は温かく、どうしてもウィルフレードを連想してしまう。顔の造詣は似ていない親子なのに。
そう思うとリラジェンマの頬が緩んだ。
「うむ。リラはそうやって笑っておれ。嫁になんぞ行かなくとも良いぞ」
「……嫁に、来たはずですが」
「おぉ! ますます良い!」
想定外の、どこか突拍子もないことを言い出すのはヌエベ家の血筋なのかそれとも家風なのか。
リラジェンマは国王と穏やかに会話を交わす一方、意識の片隅に思い描いていたのはあのとろりと蕩けるように光る黄水晶の瞳だった。
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