55 / 66
55.ウーナ王家の正しき後継者にして、ウナグロッサを憂う者なり
しおりを挟む「祭祀といっても難しいことはなにもない。この鉄柱に触れながら祈りの言葉を捧げる。それだけだ」
「それだけって」
軽く説明をしてくれたウィルフレードであったが、その説明は余りにも大雑把過ぎる。
リラジェンマは胡乱な瞳をウィルフレードに向ける。
「決められた祈りの言葉などない。大切なのは、声に出すこと。
声に出して、言葉にして、精霊たちに呼びかける。真摯に。心底からの思いを届ける。
それを精霊が聞き届けてくれれば成功、となる」
続けての説明はわりと具体的であった。
だが『成功』の必要条件が分かりづらい。それは誰が判断するのだろう。
とりあえず、鉄柱に向き合って立った。
「ただ、距離がある。グランデヌエベを守る佑霊たちの結界もある。それを乗り越えてウナグロッサに届けなければならない。だから」
そう言ってウィルフレードはリラジェンマの背後に立った。
「僕の力を君の祈りに乗せる。僕の力も一緒に使え」
(心強い、とはこんな感じなのかしら)
背後に感じるウィルフレードの気配は大きく温かくリラジェンマを優しく包み込んでくれる。
リラジェンマは両手を前に伸ばして鉄柱に触れた。ひんやりと冷たく固い鉄の感触と、表面に施された飾り彫り。よくよく見ればウナグロッサの紋章に使われる一角獣が小さくそこに彫られていた。
(よくある意匠だから気にも留めなかったけれど、ウナグロッサを象徴するものではあるわね)
「どうした?」
背後から声をかけられ、その耳を擽る囁きに薄く笑う。
「いいえ。タヌキだったら笑ってたというだけ」
リラジェンマの応えにウィルフレードの気配は戸惑った色を纏った。
「???? どういうこと?」
再度の問いは無視した。
目を瞑り、何度か深呼吸を繰り返し気持ちを落ち着かせる。
昏倒から目覚め感じていた万能感をことさら意識してみる。
(そういえば、ウィルはわたくしの後ろにいるのに、彼の戸惑った気配を感じるなんて……視ていないのに心情が分かるってどういうことなのかしら)
思い返せば、今日は朝から調子が良い。
ハンナを始め、バスコ・バラデスらの気持ちが手に取るように理解できた。
(バラデスが心情をはっきり示していたわけではなく、わたくしの能力が向上したから理解できた、ということなのかしら)
一度昏倒し、それを睡眠によって回復させた。
目覚めたとき、身体中を漲る万能感があった。足の怪我まで快復していた。
(昨日までのわたくしより、今のわたくしの方が強い力を使えるのかしら)
思いを言葉にして精霊へ届ける。それだけだとウィルフレードは説明した。
だが、いざ言葉にしようとすると何を言ったらいいのやら戸惑いばかり感じる。
「落ち着いて、リラ。初めて出会う人とすることはなに?」
ウィルフレードが背後から手を伸ばし、鉄柱に触るリラジェンマの右手の上に彼の手を重ねた。彼の左手はリラジェンマの腹の前に回された。
右の耳に直接触れるような近さでウィルフレードが囁く。
「だいじょうぶ。リラの、素直な気持ちを言えばいい。君が思う、ウナグロッサの民を想う心の内を」
民を想う、心の内。
初めて出会う人に、まずすること。
「……わたくしは、リラジェンマ・ウーナ。ウーナ王家の正しき後継者にして、ウナグロッサを憂う者なり」
リラジェンマの凛とした声が静かな夜陰に響いた。
石柱の上でぼんやりと光っていたモノが、その輝きを強くする。
「わたくしは、このグランデヌエベの地にありながら遠き故郷、ウナグロッサを想う。かの地が穏やかであることを。
ウナグロッサの民を想う。かの地の民の生活が安からんことを」
言葉として思いを発声した途端、リラジェンマの中から不思議な力が湧き出たのが解った。それらは彼女の掌を通し吸い込まれるように鉄柱の中に流れこんだ。
「精霊たちよ。わたくしの想い、かの地ウナグロッサへ届け給え」
リラジェンマの声に合わせるかのように、彼女を中心に風が渦巻くように舞い上がる。
「かの地が、お母さまの愛したウナグロッサが、いつも平安でありますように」
身体中を駆け巡っていた力が両手に集中し、それらが次から次へと鉄柱に吸い込まれる。
ひんやりと冷たく感じていたはずの鉄柱の表面は、いつしか熱を持ち始めた。
リラジェンマの言葉に呼応するが如く、表面に施されていた彫刻――リラジェンマの目に留まった一角獣――が徐々に動き始める。
「ウナグロッサの民から悪霊が祓えますように。邪悪なものは滅しますように!」
ぶわりっと風の音がした。
同時に地面から夜空に向けて、目に見えない何か強大な力が打ちあがった。それはリラジェンマの身体を通り抜け、彼女の力を根こそぎ奪い取る勢いで螺旋状に鉄柱の周りを駆け上った。
「……っぐっ!」
リラジェンマの腹に回されていたウィルフレードの大きな左手に力が込められた。
彼女の右手の上に重ねられた彼の手も熱くなる。
懸命に両足を踏ん張っていないと一緒に飛ばされそうな勢いの突風の中、リラジェンマは両手に意識を集中させていた。
(熱いっ! 両の掌が、熱いっ!)
自分の能力のそれとは違う、別の色の何かが背後から彼女を覆ったのが分かった。それはリラジェンマを保護するかのように取り囲んだかと思うと、彼女の右手を通して鉄柱に吸い込まれていく。
「リラ。上を見て」
右耳に囁かれたウィルフレードの声に反応し夜空を見上げてみれば。
鉄柱の表面を飾っていたレリーフの一角獣が、キラキラと白く光りながら柱の表面を螺旋状に駆け上っていくさまが見えた。
一角獣はそのまま柱の先端から夜空に向け飛び立ち、天空高く舞い上がる。
それらはキラキラと軌跡を遺しながら、やがて星のひとつに紛れ見えなくなった。
「え? 消えちゃった、の?」
駄目だったのだろうか。
リラジェンマの力はかの国には届かず、精霊たちの力を借りたとしても徒労に終わったのだろうか。
急激に手の平の熱が冷める。
あんなに熱かった鉄柱は元の、いや、それ以上に冷たい感触をリラジェンマに伝える。
「いいや、リラジェンマ。成功だよ」
ずっと夜空を見上げていたウィルフレードが囁く。
「君にも視えたかい? 一角獣の姿に変わった精霊たちの姿を。彼ら、ちゃんとウナグロッサ王国方面へと向けて飛んで行った。大丈夫、あの調子ならきちんと届いたよ」
「ほん、とう?」
「本当だとも」
ふと最初に手を触れた位置にあった彫刻の一角獣を確認してみれば、それはちゃんとそこにあった。
(精霊が、一角獣の形になって、飛んでくれた……? 成功、した? ……え?)
どくんっ
耳鳴りがした。
急激に息苦しくなり視界が狭まる。動悸が酷い。心臓が痛むほどだ。眩暈も同時に感じ、真っ直ぐに立っていられない。
「……っくっ……はっ……」
苦しいっ、苦しいっ、息が吸えないっ、
痛い、身体中が急に痛みを訴える、
耳鳴りが煩い、頭痛がする、苦しい、苦しい、
このままでは、死んでしまうかも、しれない……っ!
-----------------------------
(こぼれ話)
ウィルフレードが祭祀の方法を知っているのは、成人してから国王陛下のお伴で祭祀の現場に立ち会っているから。自身が祈りを捧げたことはありませんが、どういうモノなのかレクチャーは受けていました。
14
お気に入りに追加
537
あなたにおすすめの小説
この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~
柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。
家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。
そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。
というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。
けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。
そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。
ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。
それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。
そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。
一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。
これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。
他サイトでも掲載中。
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜
光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。
それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。
自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。
隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。
それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。
私のことは私で何とかします。
ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。
魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。
もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ?
これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。
表紙はPhoto AC様よりお借りしております。
罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】
私には婚約中の王子がいた。
ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。
そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。
次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。
目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。
名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。
※他サイトでも投稿中
所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜
しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。
高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。
しかし父は知らないのだ。
ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。
そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。
それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。
けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。
その相手はなんと辺境伯様で——。
なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。
彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。
それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。
天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。
壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。
7回目の婚約破棄を成し遂げたい悪女殿下は、天才公爵令息に溺愛されるとは思わない
結田龍
恋愛
「君との婚約を破棄する!」と六人目の婚約者に言われた瞬間、クリスティーナは婚約破棄の成就に思わず笑みが零れそうになった。
ヴィクトール帝国の皇女クリスティーナは、皇太子派の大きな秘密である自身の記憶喪失を隠すために、これまで国外の王族と婚約してきたが、六回婚約して六回婚約破棄をしてきた。
悪女の評判が立っていたが、戦空艇団の第三師団師団長の肩書のある彼女は生涯結婚する気はない。
それなのに兄であり皇太子のレオンハルトによって、七回目の婚約を帝国の公爵令息と結ばされてしまう。
公爵令息は世界で初めて戦空艇を開発した天才機械士シキ・ザートツェントル。けれど彼は腹黒で厄介で、さらには第三師団の副官に着任してきた。
結婚する気がないクリスティーナは七回目の婚約破棄を目指すのだが、なぜか甘い態度で接してくる上、どうやら過去の記憶にも関わっているようで……。
毎日更新、ハッピーエンドです。完結まで執筆済み。
恋愛小説大賞にエントリーしました。
【完結】「君を愛することはない」と言われた公爵令嬢は思い出の夜を繰り返す
おのまとぺ
恋愛
「君を愛することはない!」
鳴り響く鐘の音の中で、三年の婚約期間の末に結ばれるはずだったマルクス様は高らかに宣言しました。隣には彼の義理の妹シシーがピッタリとくっついています。私は笑顔で「承知いたしました」と答え、ガラスの靴を脱ぎ捨てて、一目散に式場の扉へと走り出しました。
え?悲しくないのかですって?
そんなこと思うわけないじゃないですか。だって、私はこの三年間、一度たりとも彼を愛したことなどなかったのですから。私が本当に愛していたのはーーー
◇よくある婚約破棄
◇元サヤはないです
◇タグは増えたりします
◇薬物などの危険物が少し登場します
実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います
榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。
なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね?
【ご報告】
書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m
発売日等は現在調整中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる