異母妹にすべてを奪われ追い出されるように嫁いだ相手は変人の王太子殿下でした。

あとさん♪

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48.再対面。ベリンダ①

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 ウナグロッサ王国第二王女ベリンダ・ウーナとの会談が設けられたのは迎賓館の庭園であった。
 庭園の片隅に設置されている四阿あずまやに警護やお茶の準備をさせる。
 正式な書記官を同席させない非公式な会談で、『アレを必要以上に移動させるな! 外でないと無理っ』というウィルフレードの頑なな態度によりその場に決定した。

(外でないと無理……って、“臭い”と言っていたことと関係あるのかも)


 疑問に思う点がいくつかあるが、『委細、第一神殿で』と言われているのでリラジェンマはこの場で尋ねたりしない。

「迎賓館の庭園も見事なものね。庭師が丹精しているさまが目に浮かぶようだわ」

 ティーカップを手にリラジェンマは周囲に目を向けた。
 色とりどりの花が咲き乱れ、裏手にはこぢんまりとした森が佇み、吹き渡る風がそよそよと頬を撫でる。

(あの森……あそこに突入したのね、ベリンダは)

 昼間ならともかく、真夜中に。無謀であるとしかいえない。

「そうだね。ここに滞在する客人をもてなすよう努めるのが彼らの役目とはいえ、腕は確かな者ばかりだから“王太子妃殿下の目を楽しませた”と告げたら喜んでくれるだろう」

 にっこり笑顔のウィルフレードが返事をする。
 今日の彼は落ち着いた王太子殿下である。
 それに反比例するように、徐々にではあるが周囲を警護する近衛騎士たちのイライラと落ち着かない雰囲気が微かに伝わり始める。

 ウナグロッサの王女との会談予定時刻はもう過ぎた。
 だいぶ待たされている状況で、このままではただの『王太子夫妻の優雅なお茶の時間』になってしまうのだが。

「僕としてはリラとの時間を堪能したいから、このままがいいなぁ」

「そうすると……、いつまでもアレが滞在するわね」

「うん、さっさと終えたい。空気が濁る」

 妙にキリっとした表情で言うウィルフレードに、そこまで酷いのかと、半笑いになりそうなリラジェンマである。
 そこへバスコ・バラデスが顔を出した。

「殿下。国境検問所から鷹が飛びました。ウナグロッサの国王から王女がこちらに来ていないかと質問状を持った特使が来ているそうです」

「今頃気がついたのか。マヌケ狸め、気付くのが遅い」

「殿下、お口が悪いですぞ」

 リラジェンマの顔色をうかがいつつ、バラデスが渋面の彼のあるじに注意する。ウィルフレードがしざまに罵ったのはリラジェンマの実父であるから、当然の反応といえる。

 だが。

は、昔はそれなりに有能だったらしいけど、今ではマヌケ狸親父に成り下がりましたね」

 リラジェンマは“気にするな”という気持ちを込めてウナグロッサ国民を揶揄やゆする『タヌキ』という単語を口にした。
 澄ました顔でことも無げに言うリラジェンマにバラデスは頭を下げる。

「本日中に帰すからそこで待ってろと伝えておけ」

 ウィルフレードが右の口の端だけを持ち上げた笑みを見せながら指示をすれば、バラデスもまた同じような笑みを作ったあと畏まって低頭した。



 リラジェンマたちの周囲を警護する近衛騎士の苛立ちがピリピリと肌に突き刺さるようになった頃、やっとベリンダが姿を見せた。
 遠目に見てもわかるはっきりとした金色の衣装を着て、ゴテゴテと煌びやかなお飾りを身に着けている。

(なに? あれ。昼間にあの派手なネックレス……遠くからでも分るあの肩の出たドレス……ありえないわー。あれ、夜会向きのお飾りじゃない?)

 途中、立ち止まると後ろから傘を差しかけている侍女になにか怒っている。明瞭には聞き取れないが、ぎゃんぎゃんと喚く音声は届く。

(侍女になにか文句を言っているわ……えぇー? 傍若無人過ぎではなくて? なんなの、あの子)

 ベリンダとともに越境してきたウナグロッサの騎士たちは相変わらず大人しく部屋に籠っている。つまり、守護する者はいない。かしずく者も他国の人間。にも関わらず、自国にいるような傲慢さで振る舞うベリンダの神経が本気で理解できない。

(暗殺とか、夢にも思っていないのでしょうね……まぁ、そんな立場でもなかったから)

 ベリンダのあの態度が、すべてを踏まえ警戒心を持ちながらの行動だというのなら、いっそ素晴らしいと褒め称えるのだが。

 テーブルの下でリラジェンマの右手をぎゅっと握ったウィルフレードがポツリと呟いた。

「あぁいう傲慢な人間、僕はキライだ」

「人間と思わなければ、腹も立ちますまい」

「言うね。……だがもっともだ」

 グランデヌエベ王国、王太子夫妻がそんな会話をひっそりと終えるころ、満面の笑みを浮かべたベリンダ・ウーナが四阿あずまやにやっと到着した。

「お待たせしましたか? お衣装がたくさんあって悩んでしまいました。ごめんあそばせ」

 そう言いながら四阿あずまやに入ってきたベリンダは、そのうつくしい顔を一瞬こわばらせた。だが気を取り直したように笑顔を作り直すと目の前にあった椅子に腰をおろした。

(え? 礼もしないの? あなた、ウィルに初めて会うのではなくて? 自己紹介していないわよ? しかも勧められてもいないのに座るの?)

 非常識さオンパレードな異母妹の態度に我が目を疑っていたリラジェンマであったが、ふと視線をウィルフレードに向けたとき、それ以上にギョッとした。

(えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ? なに、この顔⁈ 女性に対して、いいえ、対人としてあり得ないわっ。こんな嫌悪丸出しの表情、なに? なんなの⁈)

 普段の王太子ウィルフレードは、眉目秀麗と言っていい白皙の美青年である。輝く金髪と黄水晶シトリンの瞳をもつ王太子殿下で、彼の態度、行動、醸し出す雰囲気すべて非の打ち所がない王族の中の王族といった男なのだが。

 今は。

 珍妙なまでに表情を歪め、嫌悪を通り越し憎悪の眼差しを正面にいる相手に向けている。視線で人殺しができるなら、今ここで見詰められているベリンダは死んでいるだろうと思うほど、険しく拒絶を示している。

 その内心を悟られないよう穏やかな笑みを浮かべているのが王族としての常なのだが、彼はそのすべてを放棄し、感情の赴くままの表情を晒している。

、書記官を同席させなかったのね!)

 このような態度、一国の王太子としてあり得ない。それを公式文書に残されては堪らない。
 歪めた恐ろしい顔で獲物を威嚇する犬の方がまだましな状態だと思うほど、ウィルフレードのその顔は初めて見る種類の表情だった。
 だが、リラジェンマの右手に伝わる彼の左手が急激に冷たくなったのを感じ、彼女は気を引き締めた。

(気分が悪くなっているのを、これでも我慢しているのね)



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