異母妹にすべてを奪われ追い出されるように嫁いだ相手は変人の王太子殿下でした。

あとさん♪

文字の大きさ
上 下
47 / 66

47.「リラ、君が謝る必要はない」……。

しおりを挟む
 
 自分の存在をあのように喜んでもらえるなんて思ってもいなかったせいで、逆に狼狽うろたえてしまったのだ。ウィルフレードを落胆させたかったわけではない。
 ……ただ、動揺を見られたくなかっただけで。

「女は寝起きの顔を見られるのを良しとしませんわ。お察しくださいませ」

 なんとか澄ましてそう応えると、リラジェンマのすぐ傍の席に着きじっと彼女を見つめ続けるウィルフレードは不満顔のまま物騒なことを言い出す。

「早くリラジェンマの寝起きを毎朝見たい」

「……っぐっ!」

 飲み込みかけたサラダが喉に詰まった。給仕のために控えていたメイドの動きがピタリと止まったのが目の端に映る。

「毎朝毎晩見て、髪を撫でて、頬を撫でて」

「~~~っ」

 慌ててコップの水を喉に流し込んだが、やっぱり喉に詰まる。羞恥で爆発しそうだ。

「抱きしめて眠って、朝一番に顔を見て『おはよう』って言って」

 もはや食事など続けられない。ウィルフレードはなぜこれを真顔で言えるのか、リラジェンマには心底不思議である。彼は羞恥心を持っていないのでは、とさえ思う。

「君の髪に絡まって起きたい」

(なによそれは⁇⁈)

莫迦ばかですか。戯言も大概になさいませっ」
「心の底から本気だっ! 解かるだろうっ?」
「解かるから言ってます! 莫迦ですね⁈ なんですか、その『髪に絡まって起きたい』って!」
「だってリラは髪の先まで清浄で触っているだけで気分がいいし気持ちいいし嬉しいし」
「あー! あー! もう! その辺で勘弁してくださいっ! みなが聞いてますっ!」
「聞かせている!」
「悪趣味っ!」
「悪くないっ。出来れば君を手の平サイズの小さなお人形にして持ち歩きたいくらいだというのにっ」
「今度は猟奇的っ!」
「え? どこがっ?」

「おふたかた。バスコ・バラデス卿がご報告申し上げたいと扉前で待機しております。お通ししてもよろしゅうございますか?」

 ハンナの横槍が入らなければ、メイドたちに生温かく見守られながら延々と、どうしようもない会話を続けていただろう。

(助かったわ、ハンナ)

 もっとも、その横槍を入れたハンナは彼らを温かく見守る筆頭でもあるのだが。

 取り敢えず、リラジェンマは食事を終えた。
 ウィルフレードは朝食を取りながら報告を聞くと言い、バラデスの入室を許可した。

「おはようございます。両殿下、ご体調が戻ったと聞き安堵いたしました」

 現れたバスコ・バラデスは一目見てその不機嫌が分かった。
 いや、笑顔ではある。
 髪も衣服もきちんと整えうつくしく丁寧にお辞儀をするさまは、一級の官吏に相応しいそれである。
 だが、視れば視るほど彼が不機嫌であるのが伝わってくる。

(今までこんなに感情を剥き出しにする人だったかしら)

「昨日一日、寝込んで悪かった」

 ウィルフレードがマフィンを口に入れながら告げ、彼が不在だった昨日の出来事を報告させた。
 バスコ・バラデスはこめかみに青筋を立てたままの良い笑顔で語った。
 ウナグロッサ王国第二王女ベリンダ・ウーナの昨日一日の様子を。

「王妃殿下にもご協力をいただきまして、第二王女のための衣装を数々取り揃えさせて頂きまして、それをご本人にお選び頂きまして、数時間かけてお衣装選びに興じていらっしゃいまして」

 王妃殿下おかあさまにご協力? とギョッとしたリラジェンマであった。
 そういえば彼女は服飾専門の商会のパトロンであり、自身もデザイナーとして名を連ねている。だが王妃殿下の扱うものはすべて一流、金額もそれに見合ったものになる。

あの子ベリンダってば、他国で浪費する気なのかしら。まさか、その費用はわたくし持ちになるとか考えていないでしょうね? いいえ、考えていそうだわ)

 招待客ならともかく、自分から押しかけて来ているのだ。かかった費用はすべてウナグロッサの父に請求しようと思いつつ、バラデスの話を聞く。

「王太子夫妻は外せないご公務がありますので、申し訳ないが本日のご面会は叶いませんとお伝えしたところ、その、なんと申しましょうか、えぇと……淑女が使うとはとても思えない単語で罵られまして……あぁ、妃殿下。そのようなお顔をなさらずともようございます。不条理な物言いを受けるのは官吏の常でございますれば」

(うん、こめかみに見える青筋は気のせいじゃなかったわ)

「それで?」

 食後のお茶を飲みながらウィルフレードが先を促す。

「午後はベネディクト王子夫妻がお茶会に招いて下さいまして、第二王子宮へ赴かれました。……そしてあの方は、どうしたいのでしょうな!
 王太子殿下の本当の花嫁は自分だと乗り込んできたくせに、よりにもよって、その弟であるベネディクト殿下に対し奉り、傍目には口説き落とすような雰囲気で話しかけておりまして。
 なんと申しましょうか、えぇ、この際言わせていただきますが、側に控えながらも非常に不愉快になりまして。勿論、ベネディクト殿下もセレーネ妃殿下も満遍なく不愉快におなりのようでした」

(頭が痛い……)

 先ほどからずっと感じていたバラデスの不機嫌さの理由はこれかと思うと頭痛とともに申し訳なさにさいなまれる。異母妹の所業を聞けば聞くほど情けなさに泣きそうであった。

「とはいえ、一昨日の近衛騎士団詰め所でのあの方のご様子は既にお伝えしておりましたので、ベネディクト殿下にも不問にするというお言葉を頂いております。
 夜には迎賓館にお戻り頂き、その後は館から

 言葉の端々はしはしに、いかにベリンダが我が儘放題に振舞っていたのか伝わってきたので、身の回りの世話をした者たちもバラデスと同じように不愉快さを味わったに違いない。

「バラデス。あなたにも、迎賓館担当の者たちにも迷惑をかけましたね。ウナグロッサの者として代わりに詫びます」

 異母妹が想定外に下品な行動をとっていたのだとこめかみを抑えつつ謝罪の言葉を述べると、バラデスも慌てたように畏まった。

「妃殿下、それは」

「リラ。君が謝る必要はない。第二王女の入国を許可した僕の責任だから」

 バラデスの言葉の途中から被せるように、ウィルフレードが声を出した。
 テーブルナプキンで口元を優雅に拭いながら。

「うん、今日の午後。会おう。会ってちゃんと話して帰国させよう」

 持っていたテーブルナプキンをくしゃりと丸めると、どこか覚悟を決めた風情でウィルフレードが言った。





-----------------------------
(こぼれ話)
作中、バスコ・バラデスが“あの方は、どうしたいのでしょうな!”と憤慨したベリンダ王女の詳細を、別視点から語られる話があります。

拙作『結婚さえすれば問題解決!…って思った過去がわたしにもあって』

ベネディクト第二王子宮の侍女の目から見た隣国王女のようす。
併せてお楽しみ頂ければ幸いです。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】 私には婚約中の王子がいた。 ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。 そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。 次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。 目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。 名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。 ※他サイトでも投稿中

所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜

しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。 高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。 しかし父は知らないのだ。 ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。 そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。 それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。 けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。 その相手はなんと辺境伯様で——。 なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。 彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。 それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。 天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。 壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。

7回目の婚約破棄を成し遂げたい悪女殿下は、天才公爵令息に溺愛されるとは思わない

結田龍
恋愛
「君との婚約を破棄する!」と六人目の婚約者に言われた瞬間、クリスティーナは婚約破棄の成就に思わず笑みが零れそうになった。 ヴィクトール帝国の皇女クリスティーナは、皇太子派の大きな秘密である自身の記憶喪失を隠すために、これまで国外の王族と婚約してきたが、六回婚約して六回婚約破棄をしてきた。 悪女の評判が立っていたが、戦空艇団の第三師団師団長の肩書のある彼女は生涯結婚する気はない。 それなのに兄であり皇太子のレオンハルトによって、七回目の婚約を帝国の公爵令息と結ばされてしまう。 公爵令息は世界で初めて戦空艇を開発した天才機械士シキ・ザートツェントル。けれど彼は腹黒で厄介で、さらには第三師団の副官に着任してきた。 結婚する気がないクリスティーナは七回目の婚約破棄を目指すのだが、なぜか甘い態度で接してくる上、どうやら過去の記憶にも関わっているようで……。 毎日更新、ハッピーエンドです。完結まで執筆済み。 恋愛小説大賞にエントリーしました。

【完結】「君を愛することはない」と言われた公爵令嬢は思い出の夜を繰り返す

おのまとぺ
恋愛
「君を愛することはない!」 鳴り響く鐘の音の中で、三年の婚約期間の末に結ばれるはずだったマルクス様は高らかに宣言しました。隣には彼の義理の妹シシーがピッタリとくっついています。私は笑顔で「承知いたしました」と答え、ガラスの靴を脱ぎ捨てて、一目散に式場の扉へと走り出しました。 え?悲しくないのかですって? そんなこと思うわけないじゃないですか。だって、私はこの三年間、一度たりとも彼を愛したことなどなかったのですから。私が本当に愛していたのはーーー ◇よくある婚約破棄 ◇元サヤはないです ◇タグは増えたりします ◇薬物などの危険物が少し登場します

実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います

榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。 なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね? 【ご報告】 書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m 発売日等は現在調整中です。

処理中です...