41 / 66
41.「……メンボクナイ……」……反省なさいませ
しおりを挟む決まりごとやルール、マナーを強制されること。自分の意思を遮られること。ベリンダはそれらを酷く嫌がっていた。
「――なるほど。おい。作戦変更『キツネ狩り』だ。『巣穴は舞踏会会場』。捜索に当たっている人間に通達」
カバジェ団長は側に控えた従者にそう告げた。
(庭園捜索の作戦名が『キツネ狩り』、ですか)
もともと『キツネ』はグランデヌエベ国民を揶揄するときに使われる単語であると思うと、なかなか感慨深い。もっとも今回捜索対象なのはウナグロッサの王女だからキツネといったら語弊があるのでは? とリラジェンマは考えた。
「妃殿下。いかがなさいましたか?」
じっとカバジェ団長を見つめていたら、疑問に思ったらしい。彼に顔を覗きこまれたリラジェンマは肩を竦めて応えた。
「いえ別に。ただ、作戦名は『タヌキ狩り』ではと、思っただけよ」
『タヌキ』はウナグロッサ国民を揶揄するときに使われる単語である。
彼女の応えにカバジェ団長は相好を崩した。真面目だと思っていた王太子妃の返しが気に入ったらしい。
(“巣穴”は捜索対象者が目指している地点、ということかしら。ここの騎士団は詩的センスがあるわ……というか、以前にも庭園捜索をした過去がある、と考えるのが妥当かしら)
ウィルフレード王太子が少年時代、弟を引き連れて進入禁止区域にまで入り込んで捜索隊が出された、なんて過去があったのかもしれない。
(公式文書にイタズラ書きするようなやんちゃ坊主だったようだし、ありえるわね。あとで王妃殿下にお聞きしてみましょう)
◇
カバジェ団長の元へ、次々と情報が集まり始めた。
ベリンダ王女の随行人の騎士(わずか3名だと聞いてリラジェンマは驚いた)は、だれもが従者控室で大人しくしていたらしい。王女不在を聞き、慌てふためいていたとのこと。捜索に加わりたいという申し出をリラジェンマの名において退けた。
ウナグロッサ大使は本日の舞踏会に夫人とともに参加していたが、すでに大使館に帰館したあとだった。こちらもリラジェンマの名を出し、大使館からの外出を禁じた。
(どちらも、わたくしの奪還とやらのために動き出したと思われたら面倒だもの。下手に動いて妙な嫌疑を掛けられたくないわ)
そしてバラデスを伴ったウィルフレードが、近衛騎士団に合流した。
「あら。ウィルフレード殿下。いままでどちらに?」
あなたがいないせいで指揮系統が混乱しかけましたよ、という思いを込めてウィルフレードを睨むと、
「ごめん。迎賓館の隠し部屋から目標を観察しようとしてた」
と、ウィルフレードはあっさり頭を下げた。彼の背後でバスコ・バラデスも頭を下げている。
聞けば、ベリンダに宛がわれた部屋は隠し部屋からこっそり覗ける場所だったようだ。
ウィルフレードとバラデスはその部屋から対象人物を監視しようとしたが、既にベリンダ本人はこっそりと部屋を出ていたようで、すっかり入れ違いになったらしい。だが暫くそれに気がつかず(さすがに洗面所を使っていたら覗くわけにはいかないと)無人の部屋を横目に待ちぼうけを喰らわされていたらしい。
「わたくし、先にあの子と会いたいと申し上げていましたよね?」
「……うん」
腰に手を当て、淡々と追求するリラジェンマの前でウィルフレードは項垂れる。
この光景を目にした誰もが叱られている子どものようだと、考えた。
「わたくしを伴っていれば、あの子の行動など幾分早く推測できたでしょうね。ウィルがぼんやり待ちぼうけを喰らわされた無駄な時間が減りましてよ?」
「……メンボクナイ……」
声を荒げるでもない淡々としたリラジェンマの問いかけは、ウィルフレードの肩をますます落とさせる。
そんなふたりの様子を見かねたのか、バラデスが口を挟んだ。
「庭園捜索の陣頭指揮を王太子妃殿下がなさったと伺いましたよ!」
項垂れる主を救う目的もあるだろうそれは、妙に明るい口調で。
「いいえ、わたくしは」
「左様でございます。妃殿下のご慧眼、感服仕りました」
『提案しただけ』と続けたかった言葉は、カバジェ団長のはっきりした声にかき消された。
彼が続けてリラジェンマを賞賛しそうだったので、手を上げてそれを遮る。リラジェンマはベリンダ本人の行動パターンをこの国のだれよりも知っていたに過ぎない。手柄などではないのだ。
お陰で(?)ウィルフレードの独断専行を追求する手が緩んでしまったのは否めない。
「さすがはリラジェンマ妃殿下です!」
「バラデス。わたくし……足が、痛いわ」
「え゛」
揉み手しそうなバラデスのお追従を止めさせようと発した言葉は、彼を黙らせることに成功した。
が、逆にウィルフレードを発奮させた。
「リラ! なぜ立っている! 誰かすぐに椅子をっ!」
そして、あっという間に座り心地のいい椅子が近衛騎士団長室に持ち込まれ、そこに座ったウィルフレードの膝の上に座らされるリラジェンマがいた。
(どうしてこうなったのかしら)
妙に機嫌のいいウィルフレードと、温かい眼差しで王太子夫妻を見守る騎士たち。そして現状に内心おどおどするがそれを外面に見せないリラジェンマ。
彼らのもとへ、ウナグロッサ王国第二王女発見の報告が入ったのは数分後である。
-----------------------------
(こぼれ話)
作戦名「キツネ狩り」を庭園捜索する際に用いたのは(この時点から)14年まえ。
主に捜索されていたのは当時7歳のベネディクト第二王子殿下。
庭園の生垣の下をほふく前進で潜む7才の子どもの捜索はなかなか大変だった模様。『四苦八苦王子(省略形)』に、当時の様子がちょっとだけ記されています。
13
お気に入りに追加
537
あなたにおすすめの小説
この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~
柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。
家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。
そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。
というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。
けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。
そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。
ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。
それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。
そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。
一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。
これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。
他サイトでも掲載中。
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜
しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。
高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。
しかし父は知らないのだ。
ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。
そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。
それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。
けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。
その相手はなんと辺境伯様で——。
なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。
彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。
それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。
天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。
壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。
だから聖女はいなくなった
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」
レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。
彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。
だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。
キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。
※7万字程度の中編です。

残念ながら、定員オーバーです!お望みなら、次期王妃の座を明け渡しますので、お好きにしてください
mios
恋愛
ここのところ、婚約者の第一王子に付き纏われている。
「ベアトリス、頼む!このとーりだ!」
大袈裟に頭を下げて、どうにか我儘を通そうとなさいますが、何度も言いますが、無理です!
男爵令嬢を側妃にすることはできません。愛妾もすでに埋まってますのよ。
どこに、捻じ込めると言うのですか!
※番外編少し長くなりそうなので、また別作品としてあげることにしました。読んでいただきありがとうございました。

婚約者の態度が悪いので婚約破棄を申し出たら、えらいことになりました
神村 月子
恋愛
貴族令嬢アリスの婚約者は、毒舌家のラウル。
彼と会うたびに、冷たい言葉を投げつけられるし、自分よりも妹のソフィといるほうが楽しそうな様子を見て、アリスはとうとう心が折れてしまう。
「それならば、自分と妹が婚約者を変わればいいのよ」と思い付いたところから、えらいことになってしまうお話です。
登場人物たちの不可解な言動の裏に何があるのか、謎解き感覚でお付き合いください。
※当作品は、「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり(苦手な方はご注意下さい)。ハピエン🩷
※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~
紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。
※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。
※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。
※なろうにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる