異母妹にすべてを奪われ追い出されるように嫁いだ相手は変人の王太子殿下でした。

あとさん♪

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40.近衛騎士団長とリラジェンマと

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「カバジェ団長。ウナグロッサの第二王女が行方不明と聞きましたが」

 本日の王家主催舞踏会のため、王宮に警備を敷いたのは近衛騎士団。騎士団の中でも王宮や王家の人間を守護するよう任命されている彼らの詰め所は、外宮の片隅にありこの舞踏会会場からも近い。

「おぉ、妃殿下。ご足労お掛けし申し訳ありません」

 近衛騎士団長クストーディオ・カバジェとは先日挨拶を交わしている。威風堂々とした壮年の男性で、黒髪と黒々とした長いあごひげが自慢だと語ってくれた。笑ったときに出来る目尻の皺がとても誠実な印象で、リラジェンマは彼に好感を持っている。

「礼は不要。経緯を説明なさい」

 伝統的に近衛騎士団の総帥は王太子が務めるものだと聞いている。今回の王宮警護の総指揮も王太子の仕事の一つなのだが、王太子本人不在の今その妃であるリラジェンマが顔を出すのは不自然でもなんでもない。

 さらに王女として生まれ育ち、母国では公務に就いていたリラジェンマは、人に命令することに慣れている。なんの違和感も与えず『命ずる者として』騎士たちの中に溶け込んでいた。





 カバジェ団長から異母妹ベリンダ来訪後の状況を聞き、リラジェンマは酷く頭痛がするような眩暈がするような錯覚を覚えた。

(なにやってるの⁈ あの子はっ)

 ウナグロッサ王国第二王女ベリンダ・ウーナは王宮の裏門から迎賓館に通された。
 なぜ自分がこんな小さな門から入らねばならないのかと問い質した第二王女は、本日は大舞踏会が開催されており、正門はその送迎の馬車でごった返しているせいだと説明を受けて黙ったらしい。
 迎賓館の客間に通されたあと、自分も舞踏会に出席したいから仕度を整えろとメイドに要求。
 他国の姫とはいえ招待客ではない故、その要望には応えられない。舞踏会が終わってから王太子殿下と面会予定なので待って欲しい旨を伝え、メイドは部屋を後にした。
 そのメイドが王女のためにお茶を用意し入室したところ、部屋はもぬけの殻であったと。

(状況的に自ら抜け出したとしか思えないけど。一応騎士団の見解を聞いてみようかしら)

「第二王女の行方不明をアナタたちは王女本人の自発的なそれと考えているのね? 誰かがあの子を攫った可能性もあるのでは?」

「御意。しかし、第二王女殿下の訪問は本日の夕方に緊急の鷹が飛んで知り得ました。王女殿下を攫う目的なら、ここまでの道中で為し得たことでしょう」

 もっともな意見であった。緊急を知らせる鷹が飛ばされたとは知らなかったが、それほど急に来たのなら誘拐など外部犯によるものとは考えづらい。

「誘拐なんてそれなりの計画を立てないと出来ないもの。予定外に訪れた第二王女を誘拐するのに警備の整った王宮内では難しい、ということね」

「御意」

 万が一、彼女を害しようと目論んでいた人間に付け狙われていたのなら、グランデヌエベの王宮に入る前、いくらでもチャンスがあったはずだ。

「あの子を亡き者にして、我が国に責任追及する……という可能性もあるけど、それをするならウナグロッサの反乱分子か、我が国とウナグロッサが敵対して喜ぶ第三国……よね」

「……御意」

 あくまでもリラジェンマを推す旧女王派の旧臣たちの反逆という可能性はある。
 グランデヌエベ国内にもウナグロッサ大使館はあり、現在の大使は旧女王派の人間だ。けれど本日の舞踏会にさきがけて面会した彼はリラジェンマがウィルフレードの妃になることに賛成していた。舞踏会でも夫人ともども挨拶を受けている。その彼が反乱行動を起こすとは思えない。

 第三国の仕業を推測してみたが、情報が足りず推測の域を出ない。いま現在のグランデヌエベ王国が表立って敵対している国もない。ベリンダが急に来た事実を合わせれば、こちらの可能性は低いだろう。

「では、王女本人の意思で行方不明になったと思った根拠は?」

「今回の突然の第二王女訪問そのものが、我々を油断させリラジェンマ妃殿下を奪還する策謀ではなかろうかと推測しております。第二王女の行方不明もその陽動作戦の一部なのではと」

「わたくしの、奪還?」

 そんなことはあり得ない。自分を追い出したのはウナグロッサの実父だし、ベリンダが国の命令に従うとも考えられない。それもリラジェンマを帰国させるためになど! リラジェンマから婚約者や王太女という地位を奪い取ったのは彼らなのだから。
 だが、可能性としては低いがその懸念があるのも判らなくはない。

「それ、ウィルの発案ね?」

「御意」

(なるほど。ウナグロッサ国内でのわたくしの状態を知らないと、そういう判断になるのも当然ね)

「では第二王女に付き従ってきた騎士たちと、ウナグロッサ大使の動向を抑えるように。彼らが動かないのならわたくしの奪還など起こりようがないわ。そして念のため、わたくしの護衛騎士を2名ほど増やして。ウィルと違って腕に覚えがないから独りにならないと誓うわ。
 それと、緊急事態だから王女の身に直接触れてのを許すと通達して」

 あり得ないとは思うが万が一、ウナグロッサの大使が人を雇ってリラジェンマ奪還を図るかもしれない。この警備が厳重な王宮に忍び込むだろうかとか、この結婚に賛成していたあの大使が今更リラジェンマを奪還? という疑問はあるが、万が一、だ。
 どちらにしても戦う術のないリラジェンマにとっては護衛を増やすことで対応するしかない。
 リラジェンマの提案を聞いたカバジェ団長の男らしい瞳がきらりと光ったように感じた。

「御意」

 なんだか酷く納得したような安堵したような心持ちで自分を見るカバジェ団長に、リラジェンマは内心首を傾げる。

「あとは……そうね。第二王女の捜索は建物の中と近辺だけ? 庭園は?」

 リラジェンマの問いが意外だったのか、カバジェ団長は目をしばたたかせた。

「……確かに、建物の中だけを捜索しておりましたが……すでに真夜中です。この暗闇の中、灯りの無い庭園に若い女性が入るでしょうか」

 カバジェ団長の疑問はもっともだ。若い貴族女性が真夜中に暗闇の庭園へ入るなど考えられない。
 だが。
 なにか目的があれば、違うだろう。

「あの子は舞踏会出席を希望していたと言ったじゃない。庭に出た方が会場から流れる音楽が聞き取れるだろうし、遠目にも会場の灯りが見えるはず。庭から会場に向かおうとして迷子になった可能性が高いわ」

 特にベリンダは、自分がしたいと思ったことを禁止されるのを嫌う。なにがなんでも我を通そうとするはずだ。
 普通の令嬢なら恐れる暗闇の庭も、彼女にしたら障壁にならないだろう。

(そもそも、“普通の令嬢”なら『こうしてください』と頼まれたらそれに従うはずですけどね! 王太子と面会する時間があると知らされていながら抜け出すなんて、非常識にもほどがあるわ)



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