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35.「第二王女が私に面会を求めていると?」……⁈
しおりを挟むハンナが優しく靴のリボンを結びながら説明してくれたそれは、爪先部分しか覆うところがないが、きちんとヒールのある靴だった。
「あぁ……こうやってリボンで結ぶと足から離れないのね」
柔らかく幅の広いリボンを使い靴底から足の甲、足首を交差しつつ編み上げるように結ぶと、容易に脱げるものではなくなった。
それでいて、リラジェンマの負傷した患部には負担が掛からない。
「王妃殿下お抱えの商会にひな型を作らせた靴だそうです」
ヴィルヘルミーナ王妃は昔からアクセサリーやティアラのデザインを考えるのが得意なようでファッション関係の造詣が深い。そして彼女専属のデザイナーが立ち上げた商会のパトロンもしている。
今回の「ミュール」も他国で既に存在するデザインらしい。
嬉々としてリラジェンマの婚礼衣装のデザインを決めた王妃は、今回も「踵を怪我しているなら、そこを覆わない形の靴にすればいいのよ!」と思い切って「ミュール」を採用。
半分しかない(としか見えない)靴をリラジェンマ用に改めてデザインしたらしい。
半分しかないが、つま先部分には花のコサージュが付けられ、それが足首に巻かれたリボンと同系色でまとまりもある。
リラジェンマにも目新しい形の靴は、このグランデヌエベでも目新しいとハンナは言った。
(おかあさま、センスがあるわ。わたくしに出来るのは、怪我を感じさせないよう皆さまに見せびらかして『素敵』と思わせることね)
場合によっては新しい流行になるかもしれない。いや、王妃殿下自らのデザインだと公言すれば、流行らせるなど容易いだろう。
(もしかしたら、今夜の舞踏会で新たな流行を生むおつもりだったのかも……いいえ。もしかしたらおかあさまも、同じミュールを履いていらっしゃるかもしれないわね)
あの王妃殿下ならばやりかねない。
リラジェンマの脳内で「娘とお揃いなのよ~♪」とはしゃぐヴィルヘルミーナ王妃が容易に想像できて笑ってしまった。
◇
リラジェンマが舞踏会用の仕度をしていたのとほぼ同じ時間、ウィルフレードは国境警備隊から大至急の知らせを受け取っていた。
なんと、隣国ウナグロッサから第二王女が訪問を希望し、国境検問所で足止めされているという。
「第二王女が私に面会を求めていると?」
ウィルフレードは秀麗な眉を怪訝そうに寄せながら、側近であるバスコ・バラデスに問い返す。
「はい。ひとめ王太子殿下とお会いしたい、本当の花嫁は自分だと寝言をほざいているようです」
国境検問所から飛ばされた鷹に託された秘密文書を解読したバスコ・バラデスも、彼の主と同じように眉間に皺を寄せる。
バラデスにとって『王太子の花嫁』は、既にリラジェンマ・ウーナで確立している。いまさら変更されても困る。
「それは本当に第二王女か? 偽物の可能性は? 護衛はどの程度連れてきている?」
ウィルフレードの矢継ぎ早の疑問にバラデスは即座に返答する。
「もともとあの国の王家情報は収集困難だったのですが、不思議と第二王女に関しては情報開示されていまして第二王女の姿絵が出回っています。警備隊からは第二王女本人だと証言もとれています。ですが……護衛は騎士がわずか3名。……王女の随行にしては人数が些か少なすぎるのが怪しいです」
側近の返答を聞き、ウィルフレードは暫く考え込んだ。
王女の移動に護衛騎士が僅かに3名とは、少なすぎる。
これはどういうことか。
彼女を守る気がないのか。
あるいは、友好国へ訪れるのだから警戒されない為に随行人を減らしたのか。
あるいは、第二王女は囮。少数で訪問し油断させ、リラジェンマ奪還を狙っているのかもしれない。
ウィルフレードは立ち上がると窓に近寄り、大きく開け放った。
空は日が沈み始め、朱色から闇色に変わり始めている。日がすっかり沈んでしまえば王家主催の舞踏会が開催される。
「世継ぎの姫をほいほいと寄越すような国だからな。我々と常識が違うのかもしれない」
空を眺めながらウィルフレードが呟く。
「たしかに。――して、如何なさいますか?」
「一行を通せ。検問所からこちらに大至急来させろ。検問所には変わらぬ警備を。夜陰に乗じて侵入する者がないよう警戒を怠るな。到着するのは舞踏会が終了してからになるだろうが、大言壮語を吐く第二王女とやらの顔、とくと拝んでやろう」
「御意。――妃殿下にこの件、お知らせしますか?」
そういえばリラジェンマの口から第二王女はかなりの美少女だが、甘えん坊で異母姉の持ち物をねだってばかりの困った性格の女だと聞いている。
「いや。リラには私の口から説明する。お前は両陛下とベネディクトに経緯をお伝えしろ」
「御意」
バラデスは恭しく一礼すると退出した。
なかなか強かだというウナグロッサの第二王女。
いったいどのような女なのか。
「面白くなってきたな」
ウィルフレードは窓を閉めながらぽつりと呟いた。
右の口の端だけを持ち上げる笑い方は、彼の弟が見せるそれによく似ていた。
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