異母妹にすべてを奪われ追い出されるように嫁いだ相手は変人の王太子殿下でした。

あとさん♪

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34.王太子以下2名の落ち込み隊と

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 リラジェンマが推測したように、彼女の爪先の出血は尖った爪が隣の指の皮膚を傷付けて出来たものだった。これは派手な出血だったわりに血はすぐに止まった。

 問題は踵の出血だった。広範囲に靴擦れでマメができ一皮剝けてしまったそこは、リラジェンマ本人が見ても血が滲み痛々しい。包帯で保護しているせいで足が一回り大きくなったように見える。
 問題は傷を負ったことではない。リラジェンマを正式紹介する王家主催の夜会が今晩催されるという事実だ。それも晩餐会だけならばまだよかったのだろうが、今回は舞踏会がメインなのである。

(この足でちゃんと踊れるかどうか……不安だわね)

 踊らないという選択肢もある。
 だが、王太子妃として正式に紹介される舞踏会で踊らない他国の姫などいるだろうか。舞踏会で踊らないなんてグランデヌエベを馬鹿にしているのかと不満を持つ人間も出てくるだろう。

(どうしようもないウナグロッサだけど、その国の評判をわたくし自身が貶めるわけにはいかないわ)

 どうしようもないウナグロッサだが、それなりに利点はあった。
 ウーナ王家の人間を保護する魔法陣が張られていたせいで、王宮育ちのリラジェンマは怪我をしてもすぐ治ったのだ。ダンスレッスンで靴擦れやマメが出来たことなど何度もあった。だが一晩寝れば翌日には治癒された。
 しかし、そのせいで怪我に対する認識が甘かったと自覚した。

(翌日になれば大丈夫なんて思っていたけど、驕り以外の何物でもなかったわ。これが普通なのね)

 当然のことながら、一夜明けてもリラジェンマの足の怪我はすぐに治癒されない。皮の捲れた踵が地味に痛い。

 ウィルフレードやハンナが大騒ぎしたせいで、リラジェンマが怪我を負ったことは国王陛下の耳にまで届いたらしい。
 王妃殿下がなんとか踵に負担のかからない靴を用意すると鼻息を荒くしていたが、果たしてどうなるだろう。

 そして問題がもうひとつ。
 ウィルフレードたちの落ち込みようが酷い。

 バスコ・バラデスは自分の発案のせいだと言い、首を切らんばかりの勢いで気落ちしている。
 ヘルマン・ゴンサーレスも、一度はウィルフレード殿下を捕獲したのに自分が取り逃がしたせいだと自責しているらしい。
 そしてウィルフレードもまた。

「もともとは僕のせいだよな……僕が執務室で仕事をしていたら、バスコも城内ツアーなど考え付かなかったものな……」

 初めて会ったときのウィルフレードは、その金髪や明るい笑顔と態度で、底抜けに明るく綺羅綺羅しい人物だという印象を抱いたのだが。(その後、金キツネになったが)

 今のウィルフレードは。
 暗い顔をし、地の底までもめり込む勢いで落ち込んでいる。こんな瞳孔が開き切ったような暗い表情は初めて見た。
 落ち込みながらも書類決裁はしているので、冷静な判断は出来るようだと、少しばかり安堵したのだが。

「そこまで落ち込まないでください」

 いま、リラジェンマはウィルフレードの執務室にいる。
 立って歩いている姿を見せれば安心するだろうと思って来たのだが、柔らかい布地で踵を覆う部分の無い室内履きの足元を見せたら、逆に落ち込み具合を加速させてしまった。
 今夜の舞踏会がちょっと心配です、などとうっかり言ってしまったから余計に。

「いいえ……このバスコ・バラデスが悪いのです……卑怯な手段を用いて……りにもって王太子妃殿下を利用しようなどと、姑息な手を……お守りすべき立場の私が……申し開きもできません……」

 ウィルフレードが決裁した書類を仕分けしながら、バラデスが小刻みに震えつつ、ぶつぶつと呟いている。俯きながらひどい猫背になり、目の下の隈が一気に濃さを増し、顔色も途轍もなく悪くなった。彼の瞳孔も開き切っているように見える。

 護衛であるヘルマン・ゴンサーレスは、護衛に徹しているせいか扉の前に姿勢正しく待機して何も言わない。何も言わないが、その目は常に涙を湛えている。涙を浮かべながらリラジェンマの動きを逃すまいと、彼女の一挙手一投足を注視している。

(ちょっとでもつまづいたら、すぐに助けに来そう……)

 本来護衛はその気配を消す。周囲に満遍なく注意を払っているから、護衛対象者と目が合うことなどない。だが今日はゴンサーレスとがっつり目が合う。
 大丈夫よ、という気持ちで微笑みかけたら、彼の片方の目からつつーと涙が零れた。

(泣かせてしまったわ……あんな大男を)

 これはこれで静かなる混沌カオスだとリラジェンマが苦笑していると、救世主が現れた。

「わたくしの可愛い娘リラはまだこの部屋に居る?」

 そう言いながら先触れもなしに入室したのはヴィルヘルミーナ・イェリン・ヌエベ。この国の王妃殿下である。

「さあ! おかあさまと一緒にお部屋に戻りましょう。リラに似合う愛らしい靴を用意させたわ」

 そう言ってリラジェンマに手を差し出すさまは、なんだか凛々しくて頼もしい。この鬱陶うっとうしく項垂うなだれた男たちと真逆の朗らかさだ。

(おかあさま……ウィルによく似ているわね……違うわ、ウィルよく似ているのだわ)

「あいらしい、くつ?」

「そうよ。踵を覆う部分のない、サンダルタイプの履き物よ。その分履き方にコツがいるけど……脱げにくくなるよう幅の広いリボンで足首に結んでしまえばいいと思っているの」

 ヴィルヘルミーナ王妃殿下は歌うように説明しながらリラジェンマを彼女の自室へ連れていった。
 あとに残された王太子たち落ち込み隊には『舞踏会は定時開催、遅刻厳禁。仕度を整えてからリラのエスコートに来い』と厳命して。


 ◇


 ハンナを始めとする有能な侍女たちに仕度をして貰い、リラジェンマは舞踏会用のドレスを着用した。
 うす紫のうつくしいレースがふんだんに使われたドレスは白を基調としたプリンセスライン。
 髪は丁寧に結い上げられ豪華なティアラが装着された。
 ピアスやネックレスもすべて淡い紫色の宝石が使われている。

(これ……王妃殿下の瞳の色だわね……)

 王妃殿下のリラジェンマに対する執着……いや、愛情を感じ苦笑するしかない。ちなみにその王妃殿下本人は、彼女の宮で自分の支度をしているはずである。

 そして問題の靴は。

「ミュール、と呼ばれる型だそうです」


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