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31.「嫌みばかりだな、今日のお前は」……自業自得ですよ殿下
しおりを挟む「私とウィルフレード殿下は同じ年でして……そうですね、初めて会った10才の時から数えてかれこれ14年の付き合いになろうとしています。おや。そう考えるとびっくりですね。年齢の半分以上一緒にいる計算になりますか」
そう言いながら苦笑したバラデスであったが、その微笑みはとても柔らかかった。
10才のときに王宮で第一王子の婚約者を選ぶ名目で大々的なお茶会が開かれたことがあったと、バラデスは語った。
そのとき婚約者の令嬢を選ばなかったウィルフレードは、二人の少年と意気投合した。
その二人とは文官志望だったバスコ・バラデスと、騎士志望だったヘルマン・ゴンサーレス。ウィルフレードは彼らと共に育ち王立貴族学園へも通ったと。
「学園? 殿下も皆と一緒に学校へ通ったのですか?」
それはなんとも羨ましいとリラジェンマは思った。彼女は城内に有名教授を招聘し特別授業を受けたが、同世代の子どもたちと学ぶ“学校”というものには参加できなかった。
のちのち王位に就く人間に“子ども同士の集団生活”など不要だと、ウナグロッサの王家では考えられていたのだ。恐らく母も祖父も学校になど在籍していない。
本当にグランデヌエベの王家は、彼女の母国とは違うのだなと改めて思った。
せっかくなので、学生時代にあった話などをバラデスに強請ると、話し上手な彼は若かりし頃の思い出ですと言いながら、彼らの10代の想い出話を聞かせてくれた。
興味深い話の数々に頬を染め、瞳を輝かせるリラジェンマを、王太子執務室に勤める侍従や警護の騎士たちは温かい目で見守った。
「リラ! ここに居たのか‼‼」
突然窓が開き、この部屋の正統な主が現れたので、リラジェンマは驚いた。器用にも外開きの窓を開け、外から入ってきたウィルフレードに目を剝くしかない。
(え? 窓から? ここ二階じゃなかったかしら。しかもその窓、ベランダに続く窓ではないわよね? ふつうに庭があるだけよね?)
どのような手段でここまで来たのかと呆然とするリラジェンマをよそに、ウィルフレードはバラデスに詰め寄る。
「バスコ! お前、どうして一つ所でじっとしていないんだ! 行く先々で“さきほどまで妃殿下が”という言葉を何度も聞かされたぞ! しかも騎士団の詰め所なんて遠い処にまで行ったかと思えば城の厨房や洗濯場まで行ったんだって⁈ 悉く俺の先回りしたかと思えば絶対行かないだろう場所にまでリラを連れ回しやがって! なにを考えているんだ!」
(……ウィルは今、『おれ』と言ったかしら)
「我が主よ。あなたさまが仕事を嫌って逃れたあとに、麗しの妃殿下が陣中見舞いにいらっしゃったのです。せっかくお訪ねいただいた妃殿下が無駄足だったと落胆なさるさまは、余りに痛々しく。この不肖バスコ・バラデスが妃殿下のお心をお慰めするため一役買ったまでのこと。城内一周見学しているうちに、おのずとその噂は殿下のお耳に入りましょう。殿下が自ら執務室にお戻りいただき、なによりでございますなぁ!」
対応するバラデスは丁寧な言葉だが、溢れるその雰囲気はなんだか嘲笑うというか揶揄っているというか。
(慇懃無礼ってこういう時の言葉だったかしら)
リラジェンマは紅茶に口をつけながら、大人しく主従の会話を聞いていた。
どうやらリラジェンマはウィルフレードを執務室へ戻すための囮として使われたらしい。
(バラデスの策にわたくしもしてやられたわ。……きっと彼らは学生時代からこんな風に過ごしていたのでしょうね)
ウィルフレードはリラジェンマの前で「俺」などと乱暴な口をきいたりしなかったし、きっと今後もそんな姿は見せないだろう。
親である国王陛下にもこんなムキになった怒鳴り声をあげていなかった。
家族の前でさえ見せたことのない、王太子としての自分を一時忘れる相手。それがバラデスやゴンサーレスたち同じ年の側近で、友として学園で過ごしたことで目に見えない絆を持つ彼らだからこその気安い空気があるのだ。
(バラデスがちょっとだけ羨ましいだなんて、絶対ウィルには知られたくないわ)
この胸の高鳴りは、ウィルフレードが窓なんて危ないところから突然現れたせい。
彼とバラデスの気安い関係に憧憬を抱くのも、自分が学園に通った記憶がないせい。リラジェンマは自分にそう言い聞かせた。
「ところでウィル。ゴンサーレスは一緒にいたのではなくて?」
そういえば護衛役の彼はどうしたのだろうと疑問に思ったリラジェンマが尋ねると、ウィルフレードは少し気まずい表情で目を逸らした。
「あぁ……あいつは口うるさく付き纏うから途中で撒いた」
一度は護衛に捕獲されたらしい。そしてそれを振り切って脱走したらしい。なんという王太子だ。自由過ぎる。
「おぉ! 嘆かわしいことだ我が主よ。あなたが大人しくヘルマンに捕まっていれば、見学ツアーが終わった妃殿下をこの部屋で出迎えられましたものを!」
どこか芝居がかった仕草で天を仰ぐバラデス。ちょっと口元がニヤニヤと笑みの形を作っているように見えるのだが、それはリラジェンマの気のせいではないだろう。
「……くっ! 嫌みばかりだな、今日のお前は」
自分が入ってきた窓を閉じながらウィルフレードが言えば、
「嫌みなど、とんでもないっ! どこのどなたか存じませんが、せっかくお訪ねになった奥方さまを無視して脱走などなさる方がおられますからねぇ。その奥方様のためにも衷心より進言申し上げただけでございますよ」
お茶のお代わりを淹れながらバラデスも応酬する。
「無視したりしてないっ! リラが来ると解っていたら俺は……っ、くそっ」
(だいぶ口調も荒れているわね。学生時代の心持ちに戻っている……ということかしら)
ちらりとバラゴスに視線を向ければ、彼もやれやれと肩を竦めている。
(精霊の加護とやらで、護衛も撒いてしまうとは恐れ入るわ……ヘルマン・ゴンサーレスも城内を走り回っているのかしら)
いまこの場にいない護衛を少し憐れに感じたリラジェンマである。
「済まなかった、リラ。君がわざわざ来てくれると知っていたら離席したりしなかったよ」
「離席……ものは言いようですねぇ殿下」
バラデスの言葉に、部屋にいた他の侍従たちの肩がわずかに揺れている。どうやら笑っているらしい。
「ウィルが離席してくださったお陰で、わたくしは城内の見学が出来ましたわ。今日は楽しゅうございました」
「……リラ……」
リラジェンマをじっとりと恨めし気な目で見詰めるウィルフレードだったが、ほどなくして自らの脱走を側近に詫びた。
「すまん、バスコ。俺が軽率だった……リラもすまない」
(まさか、王族であるウィルが謝るなんて……びっくりだわ)
「リラと一緒に見学ツアーしたかった……」
(反省点はそこなのね)
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(こぼれ話)
最初に執務室を脱走したウィルは、追手を避けつつリラに会いに行きましたが、彼女は部屋を出たあと。慌てて執務室を伺いに行くと城内ツアーに出たと言われあとを追うことに。途中護衛に捕まってる間にリラは近衛の詰め所へ、などなど。みごと(?)追いかけっこ状態になっていました。
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