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15.「リラはまじめだな」……ウィルがふざけすぎ!
しおりを挟む「あぁ! なるほど!」
ぺらりと前のページを見比べたウィルフレードが声をあげる。
「この、王太子の下の欄はその伴侶が名前を書くスペースだったんだよ! だから弟が書いたときは却下されたんだ」
前のページは、この部屋に掲げられた肖像画の人、第十五代目国王サルバドール・ブリジャル・ヌエベが署名した国王宣誓書。当然、彼と王妃のサインの下には当時の王太子だったウィルフレードの父の署名がある。王太子として。そしてその下の欄は当時王太子妃であったウィルフレードの母の署名がある。
「ウィル。あなた、知っていたんじゃないの? ここの欄はどういった人がサインするべきなのかを」
ウィルフレードの真意を知るために、じっと彼の瞳を睨みつける。とたんに、彼が『王太子』の仮面を被ったのを感じた。
「いや。知らなかった。今解った」
「本当に?」
白々しいと思いながらもなお問えば、さも当然だと胸を張るウィルフレード。
「当たり前だ。知っていたら弟に書かせたりしなかったよ。もし宣誓書に認められたら弟を伴侶に選ばなければならなかった! いくら僕が弟を愛しているからといって、兄弟婚はさすがにできない!」
たしかに、弟と忍び込んでイタズラをした子どものころは、知らなかったのだろう。
……今は知っていたようだが。
「……それもそうね」
「弟はこどもを生めない。これはまずい」
(……ん? 兄妹ならする気だったのかしら)
帝国時代は同母でなければ兄妹での婚姻もあったらしい。
だが、さすがに現代でそれはタブー視されている。同母でも異母でも兄妹間の婚姻は(姉弟間も)出来ない。
そして。
一連のウィルフレードの行動から鑑みるに、どうやら彼はリラジェンマの手でこの宣誓書にサインさせたかったようだ。
なんのために?
恐らく、宣誓書の魔法が効くのか試したかったからだ。該当しない者が署名したら弾かれる魔法。リラジェンマがその試練をパスするのかどうか己の目で確かめたかったのだと推測する。
(まわりクドイことをする王子さまだわね)
『挨拶させる』と言って連れ出された神殿で、しかしだれにも会わなかった。リラジェンマは、そこにウィルフレードの両親である国王夫妻が待ち構えているのかと思ったが、肩透かしだった。
次に『サインしなくちゃ』と言って連れてこられた書斎で、魔法がかかった国王宣誓書にサインさせられた。王太子妃が署名する欄に。
これで、書類上は第十六代グランデヌエベ国王治世下の王太子妃となった。
リラジェンマは公式に王太子妃として認められたことになるのだろうか。いや、ならないだろう。
(国王陛下に謁見もしてないし、グランデヌエベの議会で承認されたわけでもないわ)
ウィルフレード・ディオス・ヌエベ。彼の意図がわからない。
「ウィル。あなたいろいろまずいと思う方向性が間違っているわ。そもそも公式文書にイタズラ書きをしようとするところから間違っているのよ?」
子どものころだったとはいえ、いや、子どもだからこそ看過できない。リラジェンマが常識的な意見を言えば、ウィルフレードは満足げに頷く。
「リラはまじめだな」
「ウィルがふざけすぎているのよ」
「リラは清浄だ。そこがいい。君の傍は心地良い」
「……は?」
妙にウィルフレードの瞳が熱っぽいように感じ、リラジェンマはその空気に戸惑った。
戸惑うリラジェンマに優しく微笑むと、ウィルフレードは国王宣誓書を閉じた。隠し扉の中に戻し、本棚をもとあった位置に移動させた。
(わたくしが正常? どういうこと? わたくし、いまさりげなく馬鹿にされたってこと?)
彼らの間に小さな誤解が生じていたが、それが解消されるのはまだずっとあとのことである。
この時のリラジェンマはまだ知らない。
母国ウナグロッサの天候不順も。
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