13 / 66
13.「これ、魔法がかかっているんだ」……はい?
しおりを挟む「あったあった。これだ」
ウィルフレードはそう言いながら、リラジェンマの見ている前で、本棚を動かし壁紙の柄で巧妙に隠されていた隠し扉を開け、中から厚い書籍を持ち出してきた。
ウィルフレードが抱えなければ運べないような大きな書籍は、厚み、重量ともにかなりありそうで、革で装丁された表紙がすこし剥げ風合いも落ち歴史を感じさせる。
ウナグロッサの王宮にもこんな風に歴史を感じる書籍が何点か存在した。保管庫に保存されていたそれは、帝国時代の古代文字で書かれていて読めない代物が多かったのだが。
(なんだかこれも、もの凄く価値のありそうな重要書籍なのでは? わざわざ隠すように保管していたし。……帝国時代の歴史書か何かかしら)
「それは何? 歴史書?」
「国王宣誓書だよ」
「――は?」
それはまた、重要書類である。『書類』というより既に一冊の本の装丁になっている。
もしかしたら、グランデヌエベ王国歴代国王の宣誓書があるのかもしれない。全部で二十枚くらいはあるだろうか。
「戴冠式の時、精霊と民の前で“余は第十六代の王を拝命した”って宣誓して、あ、そう宣誓したのは僕の父上だけどね。それでこれに署名していた。父上に続いて母上も。今見ると、一枚の厚みがあるから全体的に厚い本みたいだよね」
「あぁ。はい」
リラジェンマもうっすらと覚えている。まだ幼い頃、母が女王戴冠式をした。それは国王だった祖父が亡くなりその喪が明けたあとのこと。王宮前の広場でそんなことがあった。始祖霊たちが精霊とともに顕現してとてもうつくしかった。
……ような気がする。いかんせん、リラジェンマはそのころ5歳かそこらだったから記憶が曖昧だ。
とはいえ。
その国王宣誓書をなぜ見させられているのだろうか。
「国王が宣誓すると同時に王太子も宣誓されて名前を書くでしょ。あぁ、ほらほら、ここ。僕が名前を書いたところ」
ページをめくっていたウィルフレードが指し示すところを見れば、確かに彼の名前が記されている。子どもがサインしたとは思えないほど丁寧でうつくしい筆跡であった。
彼の名前の上には、現国王とその王妃のサインも並んでいる。
サインは現代語で書かれているから読めるが、そのほかのところは古代文字で書かれていて読めない。恐らく、国王宣誓書という書式があり、該当者が記名する仕組みであろう。
(……わたくしもサインしたのかしら)
自分のときはどうだったのかよく覚えていない。
うつくしく着飾り王冠を頭に頂いた母の姿はよく覚えている。その隣で正装した父の姿も。国民が広場に集まり歓声をあげて祝福してくれた。精霊たちが舞い、花がまかれた。
(ん? 精霊たちが舞っていた? 変な記憶ね。わたくし、精霊なんて見たことないはず……よね?)
あいにくと記憶は断片的で、自分が王太女としてサインをしたのかよく覚えていない。当時の記憶も曖昧である。
そもそもウナグロッサ王国で同じ書式が活用されているとも限らない。
「これ、魔法がかかっているんだ。知っていたかい?」
「魔法?」
ウィルフレードは、とっておきの秘密を教える子どものような無邪気な瞳でリラジェンマの顔を覗き込む。
「うん。帝国時代の失われた魔法のひとつだから、どういう理屈なのか未だ解明されていないけれどね。戴冠式で国王と同時に王太子も次期王としてサインすると、次のページが生まれる不思議な書物なんだ。実際、僕もサインしたあとページが増えるところをこの目で見たしね」
そう言われ現国王の宣誓書の次のページを捲ってみれば。
同じような書面があり、古代語で何か書かれていて国王と王太子がサインすべき個所は空欄になっている。
ひとつ前のページを捲ってみれば、現国王の名前が同じ筆跡で王太子の欄に記されている。
王朝が続く限り、ページが無限に増える魔法の書らしい。
「しかもね、一度記名されるとあとから違う人物が名前を書いてもダメなんだ」
「……どういうこと?」
「小さい頃にね、こっそり弟とこれを見つけてイタズラしたことがあったんだ。王太子の欄にね、弟に自分の名前を書かせてみた」
「は?」
「あの頃の弟は、まだ僕の言うことを素直に信じる可愛い奴でねぇ。僕の名前と並べて書いてみてって言ったら素直に書いてくれたんだ。そうしたらどうだ! 書いたそばから消えていったんだよ? 驚くべきことだと思わないかい?」
(また随分とツッコミどころの多い話題だわ)
「ウィルが幾つのときのお話? 公文書にイタズラ書きするなんてとんでもないことだわ。それに魔法? これに魔法がかかっているの?」
「うん。ほら、リラも名前を書いてみて! 僕の名前の下に書いてごらん」
そう言って羽ペンを手渡され、インクも用意される。
ニコニコと機嫌のよさそうなウィルフレードと、国王宣誓書の書面を何度も見比べる。
(言われたとおり一度名前を書いて、魔法がちゃんと作動するのか確かめるべきなのかしら)
「これ、魔法がちゃんと効かなかったらどうなるの?」
「そりゃあもちろん、君がこの国の次代を担う人になるね」
「は?」
14
お気に入りに追加
537
あなたにおすすめの小説
この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~
柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。
家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。
そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。
というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。
けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。
そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。
ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。
それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。
そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。
一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。
これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。
他サイトでも掲載中。
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜
光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。
それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。
自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。
隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。
それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。
私のことは私で何とかします。
ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。
魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。
もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ?
これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。
表紙はPhoto AC様よりお借りしております。
罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】
私には婚約中の王子がいた。
ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。
そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。
次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。
目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。
名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。
※他サイトでも投稿中
所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜
しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。
高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。
しかし父は知らないのだ。
ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。
そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。
それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。
けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。
その相手はなんと辺境伯様で——。
なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。
彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。
それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。
天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。
壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。
7回目の婚約破棄を成し遂げたい悪女殿下は、天才公爵令息に溺愛されるとは思わない
結田龍
恋愛
「君との婚約を破棄する!」と六人目の婚約者に言われた瞬間、クリスティーナは婚約破棄の成就に思わず笑みが零れそうになった。
ヴィクトール帝国の皇女クリスティーナは、皇太子派の大きな秘密である自身の記憶喪失を隠すために、これまで国外の王族と婚約してきたが、六回婚約して六回婚約破棄をしてきた。
悪女の評判が立っていたが、戦空艇団の第三師団師団長の肩書のある彼女は生涯結婚する気はない。
それなのに兄であり皇太子のレオンハルトによって、七回目の婚約を帝国の公爵令息と結ばされてしまう。
公爵令息は世界で初めて戦空艇を開発した天才機械士シキ・ザートツェントル。けれど彼は腹黒で厄介で、さらには第三師団の副官に着任してきた。
結婚する気がないクリスティーナは七回目の婚約破棄を目指すのだが、なぜか甘い態度で接してくる上、どうやら過去の記憶にも関わっているようで……。
毎日更新、ハッピーエンドです。完結まで執筆済み。
恋愛小説大賞にエントリーしました。
【完結】「君を愛することはない」と言われた公爵令嬢は思い出の夜を繰り返す
おのまとぺ
恋愛
「君を愛することはない!」
鳴り響く鐘の音の中で、三年の婚約期間の末に結ばれるはずだったマルクス様は高らかに宣言しました。隣には彼の義理の妹シシーがピッタリとくっついています。私は笑顔で「承知いたしました」と答え、ガラスの靴を脱ぎ捨てて、一目散に式場の扉へと走り出しました。
え?悲しくないのかですって?
そんなこと思うわけないじゃないですか。だって、私はこの三年間、一度たりとも彼を愛したことなどなかったのですから。私が本当に愛していたのはーーー
◇よくある婚約破棄
◇元サヤはないです
◇タグは増えたりします
◇薬物などの危険物が少し登場します
実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います
榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。
なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね?
【ご報告】
書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m
発売日等は現在調整中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる