異母妹にすべてを奪われ追い出されるように嫁いだ相手は変人の王太子殿下でした。

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10.ウナグロッサ王国でのリラジェンマ

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 転機になったのはやはり母である女王の死からであろう。
 リラジェンマは母の突然の事故死に悲しむ間もなく次の女王になるべく準備をしている最中、実父のことばに不安を覚えた。

「リラジェンマはまだ幼い。彼女が成人するまで私が国王代理となろう」

 その時リラジェンマは11歳。成人として認められるのは16歳。確かに即位するには幼過ぎた。王配であった父が繋ぎとして国王代理を名乗るのも当然だと思った。
 だが、葬儀を済ませた父が国王代理となったわずか一ヵ月後、とある母娘を王宮に招いたのには愕然とした。
 父がにした女性とその娘。
 レベッカ・アマディと名乗った女性はその娘とともにみごとな金髪と美貌の持ち主であった。

 父はリラジェンマと一つしか違わない10歳の少女を、リラジェンマの異母妹だと紹介した。ベリンダと名乗った少女はその母に面差しがよく似通った美少女で、ただし目の色だけが唯一の違いだった。空色の瞳はリラジェンマの父と同じ色。

 その当時、リラジェンマは11歳の少女であったが、父が不貞を働いていたことは即座に理解した。
 そしてその時から父親似の自分の顔が大嫌いになった。

 父はその金髪女性を王妃に就けたかったようだが、元老院議会で却下され愛妾という身分になった。

(お母さまの喪も明けない内に愛人を連れてきて王妃にしようだなんて、いっそ感心するわ。ツラの皮が厚いとしか言いようがない……)

 愛妾として認められたアマディ夫人は常に控えめで大人しく、異母妹のベリンダも初めはただの美少女としか認識していなかった。
 だがある日、ベリンダの背後に視えたモノに遠い記憶が呼び起こされた。


 ◇


 この国、ウナグロッサ王家の直系は特殊能力を持つ。
 それはこの大陸がはるか昔、千年前にひとつの帝国によって繁栄していた時代から引き継いだ能力だという。
 リラジェンマは幼い頃その能力が開花し、その力に怯え、泣きながら母である女王陛下に訴えたことがある。

『こわいの、おかあさま。周りの人が、ときどきちがう姿に視えます』

 リラジェンマの母は悲しそうな顔をしたが、そっと娘に言い聞かせた。自分と同じ色の娘の髪を撫でながら。

『それは貴女がわたくしの娘の証。我がウナグロッサの正統な後継者の証。真実を見抜く瞳よ』

 リラジェンマは母から教えられた。
 彼女に視えるその異形の姿は悪意を持つ人間の心の内の姿だと。他のだれにも見えないそれを見極める能力が遺伝によってもたらされること。
 この能力を誰にも話してはいけないということ。
 たとえそれが夫になる男であろうと、秘匿すること。
 実際、母もこの能力を父に明かしていないということ。
 王位を継ぐ人間にのみ現れる能力であり、真実は親から子へ、子から孫へと細々と語り継がれていったこと。


 ◇


 異母妹ベリンダの背後に視えたのは『餓鬼』。
 飢えて痩せっぽっちな手足に腹だけぽっこりと膨れた異形。ぎょろぎょろとした目が素早く標的を捕えると、それを自分の物にしなければ気が済まず、手に入れるためならどんなこともするバケモノ。捕えた獲物は大きな口でバリバリと頭から喰らい、また次の獲物を求めそのぎょろぎょろとした目をあちこちに向けるのだ。

 けれど、ベリンダはそんな『餓鬼』の影をまといながら表向きは柔らかそうな金髪に空色の瞳を持つ美少女だ。
 このギャップがリラジェンマには恐ろしくて堪らなかった。


 第二王女として認められたベリンダは、その可憐な美貌で少しずつ周りに味方を増やしていった。
 用もないのにリラジェンマの住まう王女宮へ突撃して来ては、異母姉に話しかけようとした。
 そしてよくこう言った。『お姉さまはズルい』と。
 生まれたときから王宮で暮らしていてズルい。
 多くの使用人にかしずかれてズルい。
 キレイなドレスばかり着ていてズルい。
 ステキなアクセサリーを持っていてズルい。

 可憐な美少女がしくしくと泣きながら訴えるのだ。
 古参の使用人は眉をひそめつつ『一の姫さまは世継ぎの姫さまですから当然です』とベリンダの訴えを退けた。
 だが国王代理である父へ直接した訴えは成功し、リラジェンマは彼女の持ち物をベリンダへ譲るように父から命令された。
 曰く『お前はたくさん持っているのだから、妹に譲りなさい』

(なぜ、わたくしがわたくしの持ち物を譲らなければならないのかしら)

 新しい物を揃えてあげればいいのに。

 本人やアマディ夫人にそう提案したのだが、贅沢は出来ないとか憧れのお姉さまが持っているのと同じものが欲しいからとか、不思議な理由をつけて断られた。

 王女宮の警備を強化し彼女と会う機会を極力少なくすれば、それほど被害はなかった。
 そもそも物欲の少ないリラジェンマは物に執着しなかったので異母妹ベリンダ強請ねだられたらその場でそれを下げ渡した。
 異母妹に目をつけられただけで穢れた物になったようで、むしろ下げ渡すのはちょうど良かった。
 彼女はなによりも『餓鬼』と関わりたくなかったのだ。

 ベリンダは異母姉から与えられた物を二、三日は皆に見せびらかしたがすぐに飽きて捨てていた。たとえそれが国宝クラスの宝石であろうとも。

 リラジェンマが16歳で成人と認められた時、女王就任するかと思えば、いつの間にか議会の半数を味方につけた父に反対された。
 曰く、18歳で婚姻すると同時の戴冠の方がいいだろう。前女王も戴冠したのは婚姻後でリラジェンマが生まれた後だった、と。
 もともと婚約者であるフィガロ・ヴィスカルディとは18歳になったら結婚する予定であった。父の提案に強固に反対する理由もなく、そのままズルズルと過ごした。
 その頃、王太女という身分ではあったが、母である女王が担っていた公務はほぼすべてリラジェンマが代行していた。

 彼女が忙しく公務をこなす一方、少しずつ周りの忠臣たちが姿を消していった。
 祖父母の時代から仕えていた者や有能な者たちが、いつの間にかいなくなる。人員は足りなくなり、リラジェンマの多忙は極めた。
 そのせいで、うっかり自分の挙式の準備を失念していた。
 気がついたとき、もう19歳になっていた。

 ふと思い立ち母の遺品の目録に目を通し、彼女が愛していた髪飾りを持って来させようと指示を出せば、それが無いという事実が発覚した。
 先代女王であった母の遺品は国家の財産として、次の女王であるリラジェンマが引き継ぐ日まで保管されているはずだった。いつの間にか国王代理の指示の元、あの愛妾の持ち物にされていたのだ。
 公務に追われ、宮殿内部でひっそりと行われた窃盗に気がつかなかった。

 腹は立ったが、リラジェンマはため息を溢すだけで一旦保留とした。
 人と争うには気力が必要だ。そして関わりたくない相手は極力避けたかった。
 何よりも問題なのは、窃盗の事実が彼女の耳に入らなかったことだ。宮廷仕えの人間の半数が国王代理の言いなりになっている。自分が王位を継いだとき、一悶着あるだろうなと覚悟した。
 今回のことも問題提起するならば、リラジェンマが王位を継いだ後にまとめて行うと決めた。血を分けた実の父親と全面対決になるだろう。気力はそのときまで温存しようと思った。

 そんなある日、婚約者の生家であるヴィスカルディ侯爵家のお茶会に招待された。
 婚約者に会うのも何か月ぶりであろうか。忙しさにかまけて婚約者を放置していたことに反省しつつ訪れたそこで、リラジェンマは茶番に付き合わされた。

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