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8.同じもの。似ているようで違うもの。
しおりを挟むグランデヌエベ王国の第一神殿。
リラジェンマの知っている神殿と一見して変わらないように見えたそこは、天に向かいそびえる石柱が等間隔に立ち並ぶ。柱だけで天井はない。床は緑の芝生。その芝生の中央にすっくと立つ高い鉄柱。
実はこの鉄柱、どうやって立っているのか学者の間でも疑問視されている謎の物体でもある。
いつからあるのかはっきりしていないそれは、王国建国以前にこの大陸で君臨していた帝国時代のものらしい。
約千年前の遺跡に近い代物で、風雨に晒されているのにも関わらず錆びることのない謎だらけの鉄柱。
この鉄柱に精霊たちが集まるのだとリラジェンマは母から聞いた。精霊のための施設なので、彼らが集まりやすいよう天井がないのだとも。
(こういう施設そのものはグランデヌエベもうちも同じなのね)
『神殿』と称されるがその実、中央に鉄柱があるだけの芝生広場だ。
芝生の外周を石柱が等間隔に並ぶが、おいそれと一般人が出入りするような場所でもない。
(設置場所は違うけれど。ウナグロッサは山の上に。グランデヌエベでは宮殿の中央にあるのね……あら?)
「ウィル。近くで鉄柱を見ても?」
「……あ」
「なに?」
返事を聞く前に芝生に足を踏み入れた状態で立ち止まり振り返ると、ウィルフレードが引き攣った笑みを浮かべていた。
「? 入ってはいけなかったかしら」
リラジェンマが首を傾げると、彼は彼女の頭のてっぺんから足の爪先までジロジロと眺めまわした。
「あー、……いや。構わない。自由にふるまってくれ」
ウィルフレードの煮え切らない態度に疑問を抱いたが、とりあえずそれは見て見ぬふりをした。それよりも疑問に思ったことがあったのだ。
中央に聳え立つ鉄柱に違和感を覚えた。
近くに寄ってよくよく見れば。
「……八角形の鉄柱?」
それぞれの面にうつくしい彫刻が施されている。この形は初めて見た。
「何か気になる点でも?」
リラジェンマの後ろからウィルフレードが覗き込む。
「八角柱なのねって思って……ウナグロッサにある鉄柱は円柱なのよ。こんなにうつくしい彫刻もない、のっぺりしたものよ」
「円柱? 本当に?」
「うちの大神殿は山の上にあるって言ったでしょ? ここと似たような雰囲気よ。芝生があって、中央に鉄柱が立って……。周りに石柱がぐるっとあるのも同じね。でもうちのは円柱なの。よく雷が落ちるわ」
「確かに。雷はこれに向かって落ちる……だが、円柱……ウーナは円……ヌエベは八角……」
「ウィル?」
「興味深い……実に興味深いな。ウナグロッサでは円柱だって? それもなんの彫刻も施していない単純な形なのか? ウナグロッサは“始まりの国”とも称される歴史ある国なのに、神殿の鉄柱になにも飾りがないと? しかも山の上にあるというのもなかなか……」
なにやら急にブツブツと呟き自分の思考の海に没入したようなウィルフレード。
リラジェンマは呆気に取られて彼を見つめた。
(なんだかすっごく楽しそう)
「そうか、鉄柱にそんな違いがあるなんて思いつかなかったな。これは他国の神殿も調べてみる価値がある……」
ブツブツと呟いていたウィルフレードは、自分を見あげるリラジェンマの存在をやっと思い出したようだ。
「あぁ、すまない。つい……」
「わたくしのことなど気にしないで。それより、ウィルが楽しそうで良かった。なんだか学者みたいね」
「――そう、見えた?」
「見えたわ。何より楽しそうだったし」
「え?」
「歴史とか考古学が好きなのでは? 瞳の輝き方が違ったもの」
「――うん。本当はね。そっち方面に進みたかった。でも」
ウィルフレードは言葉を続けなかった。黙って八角形の鉄柱を見あげた。精霊が集まると言われる鉄柱は陽を浴びて黒く光る。
(王族に生まれていなければ、学者になっていたかもしれないってことなのかしら)
生まれた時から職業選択の自由がない王族。
特に第一子として生を受ければ王位継承者と目されるのはウナグロッサでも同じだ。男女の性差はあれ、リラジェンマも同じ立場だった。だからこそ、なにも考えずに尋ねてしまった。
「ウィル……さっき言っていた弟殿下に王位を譲って、自分は好きなことをするって手もあるのではなくて?」
そう尋ねれば、ウィルフレードは一瞬目を見張ってリラジェンマを振り返った。思いがけない事を聞いたといった表情だった。
「王太子を弟に譲って自分は好きなことを、か……」
そう言ったウィルフレードの顔を、たぶんリラジェンマは一生忘れないと断言できる。
リラジェンマの瞳は相手が悪意を持っていれば見極めることができる。だが、細かな心の機微までは分からない。
それでも理解できた。ウィルフレードが考えて考えて考えて、その末に断腸の思いで自分のしたいことを諦めた過去を。
切なくて悔しくて。けれど自分の立場を捨てるメリットもデメリットもすべて天秤にかけたことも。
それらを年下の女の子に悟られて恥ずかしいと思っている現在の心境も。
「ごめんなさい、ウィル。余計なこと、言ったわ」
無神経にも人の心に土足で踏み入るような一言を投げてしまった。
なんという無礼を働いたのだろう。
第一王女として、王太女として育てられたリラジェンマは他者を慮ることが苦手だ。国益のための政策などはいくらでも考えられるのだが、個々人の考えに思い至れない。
(だからこそ、フィガロもベリンダの甘言に絡めとられたのだわ)
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