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3.始祖霊と佑霊。同じものを指すらしい
しおりを挟むウィルフレードは本当にリラジェンマだけを馬車に乗せた。
彼女が持ってきた荷物はもとより、彼女を慕い付き従った侍女2名もグランデヌエベ王国行きの一行に加えなかった。
確かに、侍女らはリラジェンマには忠実であるが、ウィルフレードたちグランデヌエベ王国側にとっては間諜になりうる人間だ。追い返すのも道理だとリラジェンマは溜息とともに納得した。
彼女たちとろくな挨拶もできなかったが、かえってその方が良かったかもしれない。
(別れの挨拶なんてしたら泣いてしまいそう。わたくしは開戦しないための人質とはいえ一国の王女。無様に泣いている姿など晒したくはないわ)
だが、なぜ今なのだろうと疑問にも思う。
ウナグロッサ王国とグランデヌエベ王国。
両国は建国もほぼ同時期で長い歴史を誇るが、いままで友好国としてともに手を携えてきたというのに。
「大丈夫。佑霊の怒りに触れたりはしないから」
馬車内の対面にはウィルフレード王太子が座っている。彼が優しい声でリラジェンマに話しかけた。
「ゆれい?」
「ウナグロッサではそう言わないのかな。うーん……人は死ぬと精霊になるだろ? その中で護国に寄与する存在?」
「あぁ……わたくしたちはそれを『始祖霊』と呼びます」
「なるほど。『ところ変われば、呼び名 替わる』だね」
(ところ変われば品変わる、ではないのかしら)
隣国に位置し使っている言語もほぼ同じとはいえ、やはり色々違うようだ。
「心配していただろう? 王族が国境を越えていいのかって」
確かに、それは危惧していた。もう始祖霊の加護は無くなるだろうと。だがリラジェンマのその不安は恐らく他国の人間には理解されないものだと思っていた。
「それが解っていながら、わたくしを人質として指名した真意をお聞きしても?」
「人質? いいや、私が望んだのは『花嫁』だよ。は・な・よ・め!」
「はぁ?」
怪訝な顔をするリラジェンマに、ウィルフレード王太子はにっこりと笑った。妙に温かく人懐っこい笑顔である。
「ま、いいや。その話はおいおいね」
そうニッコリ笑顔とともに言うと、クッションをポンポンと叩き形を整え、それを枕にゴロリと横になった。
「私は疲れちゃったから寝るねぇ。君も適当に休みなよぉ」
「は? てきとう?」
マントの襟につけられたふわふわのファーに、顔下半分を埋もれさせ早々に寝息をたてる姿に、リラジェンマは果てしなく当惑した。
(この人、我が国に宣戦布告しに来たのでは? 人質を前にして寝る? わたくしが女だからと侮っているの? 寝首を掻かれるとか考えないの?)
大器なのか大うつけなのか。
(どちらにしても『大物』だわ。わたくしのいままでの常識に居なかった人間なのは間違いない)
リラジェンマに彼を害する気も能力もないのは確かだが、ここまで無防備に初対面の人間の前で寝るなんて。
狐につままれたような気持ちとはこのことかと思ったあとで、そういえばグランデヌエベの人間の悪口をいうときは『あのキツネめ』という揶揄があったなと思い出した。
(彼は……金色キツネさんだわね)
ウィルフレード王太子の金髪がキツネのみごとな毛並みに見えて、ちょっとだけ笑ってしまったリラジェンマだった。
◇
国境を越えたとき、外の景色を見ずとも加護から外れたのを体感した。いままで当たり前のように感じていた『始祖霊』と呼ばれる精霊の存在。
その正体は、ウーナ王家の先祖の霊だと母から聞いた。ウーナ王家の人間は生きている間はウナグロッサ王国を統治し、亡くなったあとは精霊となって子孫を守る。
ウナグロッサ王都にある王宮には、建国当時の初代王によって厳重な守りの陣が敷かれたと歴史で習った。王国建国前の帝国時代に使われた魔法(今は廃れた)の名残りだというそれは、そこに居る限りウーナ王家の人間は病に罹ったりしないし、怪我も早期に治るのだとか。
そしてそこで働く人間は、主君に二心を抱かなくなるのだとか。
ウーナ王家の人間は例外なくなんらかの特殊能力持ちである。
リラジェンマの『相手の本質や悪意が視える瞳』がそれだ。実母である前女王から受け継いだ。もっとも、前女王の方がその力の範囲は強かったようだが。
これからはどうなるのだろう。
(正式にウーナの血を引く人間はわたくしだけだもの。そのわたくしを追い出してどうなるのか見物ではあるわね)
前女王であった母はリラジェンマしか産まなかった。
父はウーナ王家ゆかりの公爵家出身だったが、分家からの養子で血統的にいえば、王家の血はいっさい引いていない。その父と愛妾との間に生まれた異母妹。当然、彼女はウーナ王家の血を一滴も引いていない。
だがいままでの経緯を考えれば、父は異母妹を新たな王太女にし彼女に王位を継承させるはずだ。
代々ウーナ王家を守護してきた始祖霊。
彼らに守護されるウナグロッサの王宮に、ウーナ王家の血を引く人間がいなくなったらどうなるのだろう。
ウナグロッサ王国有史以来初めての状況に、どうなるのか皆目見当もつかなかった。
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