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2.「良かった、間に合ったね」と金髪の王太子は言った

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 テントから飛び出してくる勢いで対面したのは、まさかの王太子本人だった。しかも、緊迫した局面だというのにやけに明るく馴れ馴れしい。

(王太子みずから軍を率いてきたの?)

 王族は確かに最高責任者に違いないが、こんな前線にいるとは思わなかった。一市街を占拠したとはいえ、一応正式には開戦前だからだろうか。実際問題として本格的に戦いの火蓋が切られれば、王族なんて最後尾の安全圏に移動するものだ。
 あるいは、あくまでも『花嫁を迎えにきた花婿』を演出するためにいるのだろう。

 それにしても。
 対面したウィルフレード王太子を見たリラジェンマは

(なんというか……派手で綺羅綺羅きらきらしい人ね)

 という第一印象を抱いた。

 まばゆい金の髪に黄水晶シトリンの瞳。
 切れ長のキリっとした一重ひとえの目が際立つ白皙の美貌。
 白い軍服(正装?)は派手派手しい金糸で刺繍が施され、金のモールが肩にかかり赤いマントを留める。
 そんな彼は緊張するリラジェンマに近寄り、小さな声で言った。

「良かった、間に合ったね」

 いかにもホッとした、という風情で零れた独り言のようであったが、いったい何に対して間に合ったというのだろうか。
 リラジェンマがなかば呆然としているうちに、彼は彼女の手を取り優雅に挨拶のくちづけをした。
 近くで見上げれば華やかな顔立ちの王子はにこりと微笑んだ。

(相手のペースに乗せられる前に、きちんとこちらの要望を伝えなければ!)

「ウナグロッサ王国の第一王女リラジェンマ・ウーナです。はじめまして。早速さっそくですが、わたくしが来たことにより、貴国軍の撤退は確約されたと思ってよろしいでしょうか」

 ウィルフレード王太子はリラジェンマの手を離さないまま、いかにも満足そうに微笑んだ。

「勿論。確約するよ」

「このメルカトゥスの街も解放すると?」

「当然。――さぁ、我が花嫁殿。ともに参ろうか」

 どことなく芝居がかった仕草と物言いでリラジェンマの手が引かれた。
 彼らの背後で『撤収!』という声がかかり、王太子のいたテントが片付けられ始める。

 リラジェンマは隣国の王太子の凝視した。
 だが、どんなに目を凝らして彼を視ても、悪意の欠片かけらことに驚いた。

(悪意のない人間? そんな人間が宣戦布告しに来たの?)

「で、殿下っ! リラジェンマ王太女殿下っ!」

 背後から悲鳴のような声に呼ばれ足を止めた。彼女を呼んだのは護衛として付き添ってくれた親衛隊のメッセ隊長だ。
 振り返り、彼を見遣れば泣きそうな顔になっている。リラジェンマが幼いころからの専属護衛でもあった彼とは親交も深い。

「メッセ隊長。わたくしの身柄は無事グランデヌエベに引き渡された。帰って国王代理にそう伝えなさい。――ここまでありがとう」

「殿下……っ」

 メッセ隊長はその場でひざまずくと、親衛隊の皆も倣うように一斉に跪いた。

「御身を、お守りしきれず……まことに、申し訳ありません……」

 ウィルフレード王太子はリラジェンマに手を貸しながら彼女と一緒に振り返り、ウナグロッサの親衛隊を眺めていた。

「微妙……混じってんなぁ……」

 と、ぽつりと呟いた。
 独り言だったが、当然、傍に居るリラジェンマの耳には届く。
 リラジェンマは首を捻った。

(びみょう? まじってんなぁ? とは?)

 ……まるっきり、意味が分からない。
 微妙、とは親衛隊の質のことだろうか。みな一騎当千とまではいかないが、それなりに鍛え抜かれた騎士たちなのだが。それを一目見ただけで質まで解るものなのだろうか。ウィルフレード王太子はそこまで慧眼なのだろうか。
 そして『まじってんなぁ』とは?
 リラジェンマの理解力ではなにかが混ざっている状態を指すと思うのだが、いったい彼らの何が混ざっているというのだろう。
 それとも捉えた意味が違うのか?
 隣国とはいえ、そこまで言葉の違いはなかったはずだ。だが、彼の言っている言葉の意味が解るようで解らない。

「さぁ、リラジェンマ殿下、こちらへ。御身おんみ一つで是非、我が国グランデヌエベへ」

 殊更ことさら明るい声でウィルフレードは話しかけるが、名目上とはいえ一応、嫁入りである。ささやかではあるがそれなりの荷物とともに来たのだが、彼は隊列の荷車を見ると追い返せと言った。

「要らない。必要な物はすべて我が国にある。親衛隊かれらに持ち帰って貰うか捨てておけ……あぁ、いや、浅慮だったな……リラジェンマ殿下。どうしてもこれだけは手放せない、という物はおありですか? 例えば、……ご母堂の形見の品ですとか」

 そう問いかける黄水晶シトリンの瞳がとても温かく感じて、ドキリとした。

 特に形見の品などない。
 いて形見と言うのなら、自身の瞳と長いプラチナブロンドだ。これだけは異母妹に奪われることのない、母から受け継いだものである。

「いいえ。ありません」

 そう答えたリラジェンマの手を優しくエスコートして、ウィルフレード王太子は自分の馬車に彼女を乗せた。


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