異母妹にすべてを奪われ追い出されるように嫁いだ相手は変人の王太子殿下でした。

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1.王太女は王太子と出会う

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 国境検問所の遥か手前の街メルカトゥス。
 馬車はその街に差しかかったところで静かに止まった。
 急に無理難題を突きつけてきた彼らとの対面がいよいよ始まるのねと、リラジェンマは気を引き締める。

 はたしてそこには隣国グランデヌエベの一軍が行く手を遮るように立ち塞がっていた。

(彼らが、急に我が国に宣戦布告をしなければ)

 この街メルカトゥスは、王都と比べれば規模こそ小さいが交通の要所であり、他国からの輸入物が一か所に集まる場所。ここを抑えられると食糧自給率の低い我がウナグロッサ王国は、早晩干上がってしまう。

(お父さまが焦るわけね)

「リラジェンマ殿下。姫殿下のご尊顔を拝見したいと、グランデヌエベあちらから申し込みが……」

 緊迫した顔と声で王太女親衛隊の隊長に話しかけられたリラジェンマは覚悟を決めて扉を開けた。

「……会いましょう」

 馬車から降り立ったのはリラジェンマ・ウーナ、19歳。
 ウナグロッサ王国の第一王女にして王太女。
 彼女の中で唯一うつくしいと自他ともに認める長いプラチナブロンドの髪と、翠の瞳。どちらも今は亡き母――先代女王――から受け継いだ。
 顔の造作は愛嬌があるといえばそれまでの平凡なものだと自覚している。父親似だと言われるその顔が彼女は大嫌いだ。嫌い過ぎてここ最近は鏡をちゃんと見ていない。

 今、リラジェンマは白い花嫁衣裳を着ている。
 国王代理の父――リラジェンマが即位するまでの繋ぎの王――から隣国グランデヌエベ王国へ嫁ぐように突然言い渡され着替えさせられた。
 簡単な説明と突然迫られた選択。
 いや、選択肢のない強要。
 それらが済むといつから用意していた? と疑問に思うような早さで馬車に乗せられた。

『我らを助けてくれ、リラジェンマ! お前がうなずいてくれれば民が助かるのだ!』

 悲壮な顔で国王代理である実父が語ったのは、グランデヌエベ王国から突然の宣戦布告を受けたという事実だった。その布告文書を読んで血の気が引いた。
 すでに交通・貿易の要の街メルカトゥスがグランデヌエベ王国軍に占拠されているという。
 ただし、注釈文付き。
 王太女であるリラジェンマ・ウーナを花嫁としてグランデヌエベ王国へ差し出すなら、ほこを収めようというものだった。

 グランデヌエベ王国は、彼女のいるウナグロッサに比べ国力が勝る。だがここ数百年、友好国として穏やかに暮らしていたはずだ。突然宣戦布告を受けるような動きはいっさい無かったはずだ。

 リラジェンマはいずれ女王となり、このウナグロッサ王国を守っていくはずだった。その能力も矜持もある。
 けれど実の父親に助けてくれと懇願され声もなく頷いたとたん、こうしてあっという間に連れ出された。
 彼は隣国の脅しに屈し、王太女である実の娘王女を売ったのだ。

というのもあるのでしょうね)

 実父が異母妹を溺愛し、贔屓ひいきにしているのは実感していた。異母妹ベリンダが起こしたスキャンダルを美談に変えるために、リラジェンマの嫁入り――実質的には人質だが、請われての嫁入りだといえなくもない――は外聞も都合も良かったのだろう。リラジェンマは邪魔なのだ。

 それがわかっていながら唯々諾々と従ったのは、少々疲れてしまったから。
 血が繋がっているくせにリラジェンマのことなど露ほども愛していない実父と、あの性悪な異母妹ベリンダにこれ以上関わりたくない。そう思ってしまったのだ。

わたしのために剣を取って戦おうなんて気骨は皆無の父親だもの。こっちから願い下げだわ)

 そして残ったのは王太女としての矜持。母国のため、母国の民を戦禍にまみえさせないための人質なら意味もあろう。

 それにしても。
 武力行使をちらつかせ、撤退条件に王太女の身柄を要求するなんてふざけている。
 名目は『花嫁として』だが、ていのいい人質ではないか。
 なんとまぁ上手うまい言い訳だろう!

(お父さまのあの様子では、わたくしにどこまで人質としての価値があるのか。はなはだ疑問ではあるけど)


 リラジェンマ・ウーナは、国境を越えれば恐らく、始祖霊の加護から外れるだろう。そして始祖霊たちから王太女としての資格なしだと見做される。
 そう考えるだけで、今まで彼女を支えてくれた臣下たちに申し訳なく。
 そして亡き実母にも……。

 悲壮な覚悟の末、馬車から降り立ったリラジェンマは周囲をざっと見渡した。目に見える範囲で戦禍はない。少しだけホッとした。

(占領されたと聞いたけど被害が少ないなら、いい)

 街の住民たちの姿が見えないのは、みな避難が完了しているからだろう。そうでなければ彼女が来た意味がなくなる。 
 リラジェンマは固い表情のまま、グランデヌエベの最高責任者がいるというテントに案内された。
 テントは街の中央にある噴水広場に設置され、大勢の兵士がその周辺を警護していた。

(よっぽど身分の高い人間が来ているのかしら)

 そこここに立てられた旗や、テントに記された家紋『九枚の翼の天使』はグランデヌエベ王家のものだったはず。記憶の中の貴族名鑑(外国部)を索引しながら進むと、そのテントの中から人が現れた。

「やあ! はじめまして。私が君の結婚相手、グランデヌエベの王太子ウィルフレードだ。ウィルフレード・ディオス・ヌエベ。仲良くやっていこうね」




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