1 / 66
1.王太女は王太子と出会う
しおりを挟む国境検問所の遥か手前の街メルカトゥス。
馬車はその街に差しかかったところで静かに止まった。
急に無理難題を突きつけてきた彼らとの対面がいよいよ始まるのねと、リラジェンマは気を引き締める。
はたしてそこには隣国グランデヌエベの一軍が行く手を遮るように立ち塞がっていた。
(彼らが、急に我が国に宣戦布告をしなければ)
この街は、王都と比べれば規模こそ小さいが交通の要所であり、他国からの輸入物が一か所に集まる場所。ここを抑えられると食糧自給率の低い我がウナグロッサ王国は、早晩干上がってしまう。
(お父さまが焦るわけね)
「リラジェンマ殿下。姫殿下のご尊顔を拝見したいと、グランデヌエベから申し込みが……」
緊迫した顔と声で王太女親衛隊の隊長に話しかけられたリラジェンマは覚悟を決めて扉を開けた。
「……会いましょう」
馬車から降り立ったのはリラジェンマ・ウーナ、19歳。
ウナグロッサ王国の第一王女にして王太女。
彼女の中で唯一うつくしいと自他ともに認める長いプラチナブロンドの髪と、翠の瞳。どちらも今は亡き母――先代女王――から受け継いだ。
顔の造作は愛嬌があるといえばそれまでの平凡なものだと自覚している。父親似だと言われるその顔が彼女は大嫌いだ。嫌い過ぎてここ最近は鏡をちゃんと見ていない。
今、リラジェンマは白い花嫁衣裳を着ている。
国王代理の父――リラジェンマが即位するまでの繋ぎの王――から隣国グランデヌエベ王国へ嫁ぐように突然言い渡され着替えさせられた。
簡単な説明と突然迫られた選択。
いや、選択肢のない強要。
それらが済むといつから用意していた? と疑問に思うような早さで馬車に乗せられた。
『我らを助けてくれ、リラジェンマ! お前が頷いてくれれば民が助かるのだ!』
悲壮な顔で国王代理である実父が語ったのは、グランデヌエベ王国から突然の宣戦布告を受けたという事実だった。その布告文書を読んで血の気が引いた。
すでに交通・貿易の要の街メルカトゥスがグランデヌエベ王国軍に占拠されているという。
ただし、注釈文付き。
王太女であるリラジェンマ・ウーナを花嫁としてグランデヌエベ王国へ差し出すなら、矛を収めようというものだった。
グランデヌエベ王国は、彼女のいるウナグロッサに比べ国力が勝る。だがここ数百年、友好国として穏やかに暮らしていたはずだ。突然宣戦布告を受けるような動きはいっさい無かったはずだ。
リラジェンマはいずれ女王となり、このウナグロッサ王国を守っていくはずだった。その能力も矜持もある。
けれど実の父親に助けてくれと懇願され声もなく頷いたとたん、こうしてあっという間に連れ出された。
彼は隣国の脅しに屈し、王太女である実の娘を売ったのだ。
(ちょうど良かったというのもあるのでしょうね)
実父が異母妹を溺愛し、贔屓にしているのは実感していた。異母妹が起こしたスキャンダルを美談に変えるために、リラジェンマの嫁入り――実質的には人質だが、請われての嫁入りだといえなくもない――は外聞も都合も良かったのだろう。リラジェンマは彼らにとって邪魔なのだ。
それがわかっていながら唯々諾々と従ったのは、少々疲れてしまったから。
血が繋がっているくせにリラジェンマのことなど露ほども愛していない実父と、あの性悪な異母妹にこれ以上関わりたくない。そう思ってしまったのだ。
(娘のために剣を取って戦おうなんて気骨は皆無の父親だもの。こっちから願い下げだわ)
そして残ったのは王太女としての矜持。母国のため、母国の民を戦禍にまみえさせないための人質なら意味もあろう。
それにしても。
武力行使をちらつかせ、撤退条件に王太女の身柄を要求するなんてふざけている。
名目は『花嫁として』だが、体のいい人質ではないか。
なんとまぁ上手い言い訳だろう!
(お父さまのあの様子では、わたくしにどこまで人質としての価値があるのか。甚だ疑問ではあるけど)
リラジェンマ・ウーナは、国境を越えれば恐らく、始祖霊の加護から外れるだろう。そして始祖霊たちから王太女としての資格なしだと見做される。
そう考えるだけで、今まで彼女を支えてくれた臣下たちに申し訳なく。
そして亡き実母にも……。
悲壮な覚悟の末、馬車から降り立ったリラジェンマは周囲をざっと見渡した。目に見える範囲で戦禍はない。少しだけホッとした。
(占領されたと聞いたけど被害が少ないなら、いい)
街の住民たちの姿が見えないのは、みな避難が完了しているからだろう。そうでなければ彼女が来た意味がなくなる。
リラジェンマは固い表情のまま、グランデヌエベの最高責任者がいるというテントに案内された。
テントは街の中央にある噴水広場に設置され、大勢の兵士がその周辺を警護していた。
(よっぽど身分の高い人間が来ているのかしら)
そこここに立てられた旗や、テントに記された家紋『九枚の翼の天使』はグランデヌエベ王家のものだったはず。記憶の中の貴族名鑑(外国部)を索引しながら進むと、そのテントの中から人が現れた。
「やあ! はじめまして。私が君の結婚相手、グランデヌエベの王太子ウィルフレードだ。ウィルフレード・ディオス・ヌエベ。仲良くやっていこうね」
20
お気に入りに追加
537
あなたにおすすめの小説
この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~
柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。
家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。
そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。
というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。
けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。
そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。
ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。
それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。
そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。
一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。
これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。
他サイトでも掲載中。
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜
光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。
それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。
自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。
隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。
それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。
私のことは私で何とかします。
ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。
魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。
もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ?
これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。
表紙はPhoto AC様よりお借りしております。
罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】
私には婚約中の王子がいた。
ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。
そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。
次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。
目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。
名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。
※他サイトでも投稿中
所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜
しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。
高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。
しかし父は知らないのだ。
ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。
そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。
それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。
けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。
その相手はなんと辺境伯様で——。
なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。
彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。
それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。
天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。
壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。
7回目の婚約破棄を成し遂げたい悪女殿下は、天才公爵令息に溺愛されるとは思わない
結田龍
恋愛
「君との婚約を破棄する!」と六人目の婚約者に言われた瞬間、クリスティーナは婚約破棄の成就に思わず笑みが零れそうになった。
ヴィクトール帝国の皇女クリスティーナは、皇太子派の大きな秘密である自身の記憶喪失を隠すために、これまで国外の王族と婚約してきたが、六回婚約して六回婚約破棄をしてきた。
悪女の評判が立っていたが、戦空艇団の第三師団師団長の肩書のある彼女は生涯結婚する気はない。
それなのに兄であり皇太子のレオンハルトによって、七回目の婚約を帝国の公爵令息と結ばされてしまう。
公爵令息は世界で初めて戦空艇を開発した天才機械士シキ・ザートツェントル。けれど彼は腹黒で厄介で、さらには第三師団の副官に着任してきた。
結婚する気がないクリスティーナは七回目の婚約破棄を目指すのだが、なぜか甘い態度で接してくる上、どうやら過去の記憶にも関わっているようで……。
毎日更新、ハッピーエンドです。完結まで執筆済み。
恋愛小説大賞にエントリーしました。
【完結】「君を愛することはない」と言われた公爵令嬢は思い出の夜を繰り返す
おのまとぺ
恋愛
「君を愛することはない!」
鳴り響く鐘の音の中で、三年の婚約期間の末に結ばれるはずだったマルクス様は高らかに宣言しました。隣には彼の義理の妹シシーがピッタリとくっついています。私は笑顔で「承知いたしました」と答え、ガラスの靴を脱ぎ捨てて、一目散に式場の扉へと走り出しました。
え?悲しくないのかですって?
そんなこと思うわけないじゃないですか。だって、私はこの三年間、一度たりとも彼を愛したことなどなかったのですから。私が本当に愛していたのはーーー
◇よくある婚約破棄
◇元サヤはないです
◇タグは増えたりします
◇薬物などの危険物が少し登場します
実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います
榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。
なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね?
【ご報告】
書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m
発売日等は現在調整中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる