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へこたれない2
しおりを挟む取り敢えずの処置ではありますが、国王陛下からの下知で学園側の了承をとり、最後のダンスパーティーの開催日を変更しました。
卒業式より2週間早いその日は丁度満月の夜で、聖女の清き力が最も高まる日なのだそうです。
逆に新月の夜は、魔女の力が最大限に引き出される夜。
こんな日に5人もの生命を吸収した魔女は、どんな大魔女になってしまうのでしょう? そして『火に呑まれる』という予言の意味する所は·····。これが成就したら、我が国は戦火にまみえるやもしれません。
なんて恐ろしい·····。これだけは必ず阻止しなければなりません。
中庭は学園内のどの校舎からも行き来できる場所に位置しています。
同時に、どの校舎からも中庭を見下ろす事が出来ます。
今、私が見下ろす中庭に、ひとつベンチがあります。そこには一人の女生徒――マーガレット・ブラウン嬢がいつものように数人の殿方に囲まれてご満悦のご様子です。
右手に王子殿下。左手には神官長子息。前には騎士団長子息と宰相子息。·····今日は一人足りませんね。授業の関係で遅れているのでしょうか。
先日、あの令嬢とお話する機会がありましたが·····。あの方は人の言葉が話せないのでしょうか? 廊下を走り抜ける姿にギョッとしました。殿下からもわざわざ彼女と仲良くするようにとご下命を受けたので、注意してみたのですが。
『どうしてそんな酷い事をいうのですか?』
酷い事、でしょうか? 廊下を走ってはいけませんよと、声を掛けただけなのですが。この方、見掛けは大人でも中身は3歳の幼児なのでしょうか?
カフェテリアで見かけた時にも、大声を上げて笑いながら食事をする姿が見苦しく·····思わず注意してしまったのですが、
『エリザベス様は意地悪ですね! わたしをイジメてそんなに楽しいのですか!』
食事のマナーを守りなさいと言っただけなのですが、『意地悪』になるとはこれ如何に。
しかも急に怒りだすなんて淑女の風上にも置けない·····いえ、はっきり言えば風下にもいて欲しくありません。
どうやら巷ではその態度は『逆ギレ』というのだそうです。しかもその時持っていたフォークを振り回して文句を言うものだから、続けて『まずはカトラリーを置きなさい。それは人に向ける物ではありません』と注意したら、更に大きな声で反論してきました。
『エリザベス様は私の生まれを蔑んでいるんですね!! ろくな教育も受けられなかった下人だと仰るのですね!! そんな事で人を差別するなんて! なんて酷い人間なんですか! 人は皆平等なんですよ!!』
あれは反論、なのでしょうか? カトラリーを置けと注意するのは差別する事になるのでしょうか?
こちらが一言も言ってない事を滔々と捲し立てられ、どう対応するのが正解なのか、まったく分からなくなりました。
論旨が掴めなくて首を傾げてしまったのですが、その態度が更に怒りを買ったようで、手が付けられなくなり·····。その時カフェテリアにいた全ての女子生徒が立ち上がり、「エリザベス様、こちらに·····」と私を避難させてくれました。
どうやら魔女の力は女性には効かないのだと、この時判ったのは僥倖でした。
この時同席していたヒューイ様とアンヘル様には親の仇のように睨まれましたわ···。あんな令嬢と一緒に居て恥ずかしくは無いのかしら……と疑問に思いましたが、魔女の力のせいなら仕方ないでしょう。腹立たしいのは間違いありませんが。
それにしても、あの不思議な会話は何だったのでしょう ?
あれは『魔女』の性格なのでしょうか? それとも『マーガレット嬢』本人の持つ資質なのでしょうか?
今、殿方に囲まれて楽しそうに会話してますが、話の内容はちゃんと筋道の通った会話になっているのでしょうか? 真剣に疑問に思います。
「エリーお姉さま·····、こちらにいらして下さいませ」
声を掛けてくれたのは深刻な顔をしたアリス様でした。
アリス様は私たちがいつも作戦会議に使っている特別教室に入ると、突然私に抱き着いてきました。どうしたのでしょう?
「失礼は承知の上です! エリーお姉さま、泣いてもいいのですよ! そんな、·····そんな苦しそうなお顔で·····あの馬鹿どもを見てるなんて·····エリーお姉さまが、お辛い思いをなさっているのに、わたくし、·····なんの、お力にもなれない·····ごめんなさい·····」
あぁ、先程。
視線の先には殿下もいましたからねぇ·····。
私の為に怒って、嘆いてくれるなんて·····優しい子·····本当の妹みたいです。
私を『エリーお姉さま』と呼んで慕ってくれる。本当にいい娘。私はアリス様の艶やかな藍色の髪を撫でます。気持ちいいですね。
「だいじょうぶですよ、アリス」
私はこの時初めて彼女の名を呼び捨てにしました。
こんないい娘があのヒューイさまの婚約者なんて、勿体ないですねぇ。美人で頭が良くて性格もいい。我が弟の元に嫁いでくれないかしら。歳は弟の方がひとつ下になるけど、本人たちさえ良ければ·····。
「わたくし、ちゃんと存じております。お姉様はあの強欲の魔女を他の女生徒達から庇っている事を。他の方々が手を出さないよう皆に徹底させている事を·····万が一、強欲の魔女が現在の状況に不満を持ったら、今の身体を棄てるかもしれない、そんな事態にならないように·····
さぞ、お悔しいでしょうに·····」
腹が立つからと、やり返していては、同じ程度に堕ちて仕舞います。私たちは『人間』です。会話で意思の疎通を測る事が出来るのです。
·····かの方のように話の分からない愚か者にはならないで下さいまし。
そう女生徒の皆様にはお願い申し上げました。
お陰で憤っていた女生徒の皆さんは、ブラウン嬢に手出しはしていません。その存在を無視する事に決めたようです。
まぁ、あの話の通じなさを見た方は、ねぇ·····切実に関わりたくないと思うでしょう。
「あーーー、ふたりで抱き合って! どうしたんですか?!」
急にドアが開いて入って来たのはルイーズ様。いつも華やかで明るい彼女の登場に、泣いていたアリス様も笑いだしました。
「ふふふ。秘密です!」
「あーーん、私も仲間に入れて!」
ルイーズ様も抱き着いてきました。なんだか楽しくなって私も笑いだしてしまいます。3人で抱き合って笑いながら飛び跳ねて。淑女としては、はしたない行動かもしれませんが、他に人もいないのです。こんな時間があってもいいじゃないですか。ねぇ、ドアの前で見てるリリベット?
暗く考えこんでばかりではいけません。
黙って俯いてばかりでは、希望の光を見逃してしまいます。それは小さくても、必ず我らに指し示されるものだから。
ちょうどその頃です。私たちの元に朗報が届いたのは。
『正しき力』の事を詳しく書かれた古文書を入手出来たのです!
今まで『魔女の記述』ばかり追っていましたが、その古文書には『100年毎に現れる聖女について』書かれていたのです。朗報はそこに載っていました。
隣国の教会に眠っていた古文書にまで手を伸ばしたノーサンプトン家の力、恐るべし、です。そしてその古文書を読み解いたアリス様の頭脳も賞賛に値します。
私もお手伝い致しましたが、二人で読み解いたその内容が解らず首をひねっていました。アリー·····アレクサンドラ様がいないと正しい理解には及ばなかったと思います。
「大丈夫よ、わたくしには意味が解るから·····そう、だったのね·····。
聖なる光を宿し、聖なる意思を持ち、聖なる泉より生まれる遺物·····聖なる乙女の祈りにて意思が宿る·····
なんてこと、答えはとても身近な所にあったんだわ·····これで“拘束”の手段が手に入るわ!」
私たちにはとんと判りませんでしたが、アレクサンドラ様はとても納得したご様子で翻訳した文章を読み、目を爛々と輝かせながら急ぎ神殿へ帰りました。
目に見えない何か『善き力』が私たちを後押ししているのでは、と思いました。
2週間ほど経ってから、アレクサンドラ様が私たちの前に姿を現した時、とても驚きました。
彼女は今までに無い程、憔悴しきっていたのです。目の下にはくっきりと隈ができて、心なしかお髪もいつもの輝きがありません。私の大好きなアレクサンドラ様のキラキラのお髪なのに!
「ここ2週間ほど、集中して錫杖に力を貯めていたから、つい、身形に構う暇がなくて·····」
アレクサンドラ様はお疲れのようです。
なにか、私がお心を休ませる事が出来れば良いのですが·····。
ルイーズ様とアリス様がてきぱきとお茶の準備をしてくれます。学園内では侍女の帯同が許されておりません。ですから、自分たちの事は自分たちで為さねばならないのです。気遣いの出来る後輩は頼もしいですね。
ルイーズ様とアリス様が淹れてくれた温かいお茶で人心地ついた後、アレクサンドラ様が『正しき力』についてお話してくれました。
『正しき力』とは、神殿で保管されていた聖遺物のひとつ『聖女の錫杖』と呼ばれる物で相違ないだろうと。
これは神殿の『聖なる泉』の中に常に沈められ、聖女以外が触れないよう封印を施されているのだとか。場合によっては100年以上、泉に沈められた状態になる聖遺物は、決して錆びたり腐ったりしないのだそうです。不思議ですね。
聖女がいれば、一年に一度、太陽が一番長く地上を照らす日に聖女によって取り出され、祈りを捧げ『聖女の錫杖』に聖なる気を貯め込むのだそうです。聖女の儀式の一環として、余りにも当然のように傍にあった聖遺物が、魔女封印の一助として使われる『正しき力』で拘束する物に該当するとは思わなかったとアレクサンドラ様は苦笑いなさいます。
「迂闊だったわ·····考えてみれば当たり前の事なのにね。
だって聖女は魔女を封印する為に存在するのよ?
聖女の儀式がその為の準備であるなんて、気が付かない方がどうかしてるわ·····。っていうか、ちゃんと文書として残してくれればここまで紆余曲折しないで済んだのに!
前任者は百年前の人なのよ? 会ったこともないのよ? 引継ぎするには文書しかないじゃない!」
ぷりぷりと文句を言うアレクサンドラ様は大変お可愛らしかったです。
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