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14.毎日がむなしい(デリック視点①)
しおりを挟むまえの妻ジュディと離婚してから二十年が経過した。
最近僕はよく考える。
僕の人生は、いったいどこでおかしくなってしまったのだろう、と。
生家の世話にはならないと田舎を飛び出し、王都で騎士として生活の糧を得た。
恋愛もし、結婚もした。
手柄をたて昇進し騎士爵を賜った。
いずれは王族の護りをする近衛隊(家柄と外見重視。それでも抜擢されるのは優秀な人間のみ)にまで抜擢されるかと野望を抱いていたし、周囲も期待していたのに。
五年ほどまえ、十五歳になった娘が自立した。捨て台詞を残して家を出ていった。
『あんたの老後の面倒はみないよ。あたしを育ててくれたのはバトラーとマリーのふたりだからね。あのふたりがいない今、あたしがここにいる意味なんてないから』
はすっぱな物言いは生みの母親そっくりだ。
バトラーとマリーは娘が家を出るまえに相次いで亡くなっている。彼らは僕の育ての親と言っても過言ではない存在。亡くなる最期まで、僕と娘の心配をしていた。
『ジュディ奥さまがいてくださったなら……』
そんなどうしようもないことばを遺して逝った。
僕の最初の妻ジュディ。
僕の意に逆らったことのなかった女の最初で最後の反逆が、離婚だった。
なんだよあれ。
兄貴にあんな巨額の融資って。
あんな大金持っていたなんて、僕は知らなかったのに。
騎士団長たちの前で離婚を迫られ、なにがなんだか分からなくなった。団長と副団長ふたりが醸し出す殺気まで混じった気迫に気圧された。
その圧に押されたまま離婚届にサインをしてしまったのが、まちがいの始まりだったんだ。
実家の男爵家が潰されると脅されたようなものだったが、一晩考えて冷静になった。
僕はそもそも実家の男爵家との縁を切って王都に来たんだ。あいつらがどうなろうと関係ない。
ジュディが実家に渡してしまった金は、ほんとうなら僕が手にするはずのものだったんだ!
しくじった。別れなければよかった。
僕は翌日の早朝からジュディの実家であるローズロイズ商会へ押しかけた。
よりを戻してくれと頼むつもりで。
なんなら土下座して謝るから許してほしい。戻って来てくれ、エイダには別の住居を与えるからと説得するつもりだった。
ジュディはすでに居なかった。
前日のうちに出国したと、彼女の兄から聞いた。
彼女の父には恨み言を聞かされた。
『きみと結婚するなら国内に……目の届くところに居てくれると思っていたのに』
言外に、おまえのせいで愛娘が出奔したじゃないかと責められた。
どこに行ったのか尋ねても『離婚したきみとは赤の他人。教える義理はないね』とけんもほろろに追い出された。
ジュディから大金を受け取り一時は盛り返したらしい僕の実家だが……新しい事業とやらの経営は結局のところ破綻したらしい。
どうやらローズロイズ商会から発信された、あの男爵家は借金を踏み倒すという噂話に尾ひれがついて、他の商会や貴族たちから手を引かれたのが原因だとか。取引先がいなくなればどんな商売もできやしない。
兄貴にはジュディの居場所を尋ねられたが、僕のほうこそ知りたい情報だと言って追い返した。
その後の実家のようすは噂話にも上っていない。ひっそりと没落した。
あぁジュディ。
きみはどこへ消えたのか。
ジュディとの結婚生活は、今思うと快適だった。なんの不満もなかったし、そんな毎日に疑問を持ったこともなかった。新婚のころの狭い宿舎でも、その後に引っ越した一軒家でも。
離婚後、そんな生活が一変した。
家は汚い。庭は荒れ放題。火と水の魔石の節約のためとかで満足に風呂にも入れない。
食事は明らかにグレードが落ちた。
寝具が固く寝心地が悪くなった。
服の畳み方が変わったせいか、なんだか変な皺がたくさんある。
制服の手入れも悪く、同僚から臭うと揶揄われた。
王城で働く女性職員から遠巻きにされているような気がした。
ナンパが成功しない。
それもこれも、エイダが無能だからだ。
満足な睡眠が取れないせいで注意力が散漫になり、練習中に怪我をした。
その怪我がもとで、もう剣を握れなくなった。
騎士としての僕は終わった。
騎士団の中で異動になり、事務職に回された。
こまごまとした書類仕事は苦手だ。それでも一生懸命働いたが、騎士として第一線に出てたころとの給料の違いにがっかりした。
もう僕に自由に使える金はない。
僕には家族を養う義務がある。
妻子だけでなく、バトラーとマリーも僕の家族だ。彼らは僕の身を案じて来てくれた。少しでも楽をさせたかったのに。
赤ん坊が泣きわめく家の中は、ゆっくり休む場所ではなくなった。
僕に安らぎはない。
ジュディの代わりに妻になったエイダは無能のうえ、浮気性な女だった。
かろうじて娘は僕の血を引いていると立証されたが、エイダは遊び歩き浮気を繰り返すようになった。
ある日ヒステリーを起こし、もうこんな家出ていくと捨て台詞を残して消えた。娘はまだ三歳にもなっていなかった。
数年後、エイダは絞殺死体となって発見された。
男女の痴情のもつれだとか。どうしようもない女の、どうしようもない末路だ。
高価な親子鑑定までして判明した幼い娘とバトラーたちのために働いた。働いた金は親子鑑定のためにした借金の返済へと消えていった。
いつもカツカツの生活になった。
一生懸命に働いているつもりだったけれど、やはり苦手なことには慣れない。異動につぐ異動。部署がころころ変わった。給料もどんどん減っていった。
そしていつの間にか、王城から遠い場所に勤務地が変わった。
今や王都外周壁の大門で、出入国書類の審査管理をしている。審査管理といっても、パスポートや申請書類の文字が読めるから務まる……といった程度のものだ。
すごろくの「ふりだしにもどる」になった心地だ。
僕の出発点はここだったから。
二十歳の頃、王都外周壁大門で門番として働いていた。
あのときは若く体力もあり剣の腕も自信があったから、門の側で数時間立ち続けて警邏任務についても平気だった。
いまの僕にはとてもそんなマネできない。体力も落ちたし腹も出た。なにより第一線を離れて二十年近く。剣を持ち上げることすらできなくなった。
二十一歳のとき十六歳のジュディと出会った。
有名な商会のお嬢さまで、珍しい荷物が届くのが楽しみで待っているの、と碧の瞳を輝かせた。そのさまが愛らしくて声をかけた。僕たちは恋仲になった……。
そのジュディと離婚して二十年。
今の僕は四十九歳だ。
家族だったバトラーとマリーは亡くなり、娘は五年まえに出ていった。
正直に言うと、あのときの僕はお荷物がなくなったと少しだけホッとした。
だが……。
そのあと僕を襲ったのは寂しさだった。
養う必要のある人間はいなくなった。僕ひとりきり。そのひとりの家がとてつもなく寂しい。
ひとりぼっちであの一軒家は広すぎる。
帰ればいつもバトラーかジュディが迎えてくれたのに。
マリーが温かい食事を用意してくれたのに。
いつのまにか中はゴミだらけになった。近所ではゴミ屋敷と陰口を叩かれているのは知っている。だが片付けられないのだから仕方がない。
こんな生活を送る羽目になったのも全部ジュディのせいだと、彼女を恨んだし憎んだ。
でも二十年の歳月の中、恨みつらみは静かに消えていった。
残ったのは愛し合ったという記憶だけ。
※こいつ、キモ……(あ、本音が)
※次話ラスト!
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