五年目の浮気、七年目の破局。その後のわたし。

あとさん♪

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7.離婚してください

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 なにがなんだか分からない。
 そんな顔をしながら目玉だけをキョロキョロさせる夫。
 団長閣下は、わたしへ視線を移すとやさしいお声で話しかける。

「夫人……いや、ジュディさんと呼ぼうか。後押しとは……書類に証人のサインすれば良いかな」

「はい。よろしくお願いします」

 内心では「よっしゃー!」と拳を突き上げていたけれど、それは顔に出さず微笑んで頷いたわたしに副団長閣下までお声をかけてくださった。

「サインが必要なら自分も書きましょう」

「副団長閣下。恐れ入ります、嬉しいです」

 わたしは書類ケースから離婚届を取り出し、ローテーブルの上に広げた。
 夫の立ち位置からも分かるように向きを変えて。
 彼の顔を真っ直ぐに見上げた。

「離婚してください。サインをお願いします」

 夫は目も口もぱっかりと開けてわたしを見た。
 なぜ急にわたしが離婚を言い出したのかわからない皆目見当もつかない。そんなことを言いたげに。
 
 わたしのほうこそ、なぜ彼がこんなに驚いた顔をしているのかまったく理解できない。
 あれだけのことをしておいて、わたしが離婚を言い出さないわけがないのに。
 それすらも思いつかなかったというか……わたしという人間を理解していなかったという証明なのよね。

 昨夜わたしがなんの文句も言わなかったから、許されたと思った?
 わたしも合意の上で、愛人と仲良く暮らしていけると思っていた?

 やっぱりわたしたちは価値観が違いすぎるのよ。
 この結婚生活は破綻が確定ね。


「な、なぜいきなり離婚なんて……」

「あなたとの価値観の違いにもう付き合いきれないと。ぶっちゃけ、好き嫌いを通り越した先の次元に行き着きました」

「なにを言ってる?」

 夫がイライラしているのが分かる。
 でも団長たちの目の前で声を荒らげないだけ、理性は保っているようで。

「ほら。わたしが言っている意味、分からないのでしょう? もう生活を共にするのは無理です。今別れなければわたしは近日中に精神も体調も壊します。離婚してください」

「エイダか? エイダを家に連れて帰ったから……」

 それはきっかけ。
 それ以上に、あなたの行動が理解できなくなったから、よ。

「エイダ嬢を連れ帰った日が結婚記念日だったから……が理由かしらね。
 あなたはその日を忘れ、悪気すらない。
 その事実に付き合いきれないと感じました。あなたと生活を続けても、悪気がいっさいないあなたは、無意識にわたしを痛めつける。そんな未来、勘弁してほしいの」

 わたしはわざと笑顔を見せて交渉する。

「離婚はわたしの方から申し上げたのですから、わたしからの慰謝料が必要ですけど……。
 残念ながらわたしにはたいした財産がありません。あの家はローン返済が済んであなた名義になっています。わたしはローン返済のために生活費を切り詰めて尽力しましたが……権利など主張しません。
 そうですねぇ……。
 あの家を購入後に揃えた家具や最新式の家庭用魔導具、あなたのお給料で購入したものすべての権利を手放すことで納得してくれません?
 エイダ嬢との生活には必要でしょう?」

 これだけでは弱いかしら。夫は困惑した顔のまま。変ねぇ。若い新妻との新婚生活が約束されて、なにが不満なのかしら。

「あぁ! 義実家の男爵家への貸し付け、返済免除にいたしましょう。キャンベル家との関わりをきれいサッパリなかったことにしたいし」

「貸し付け?」

「ジュディさん。男爵家への貸し付けとは?」

 やっぱりね。
 閣下はともかく、夫も貸し付けの事実を知らなかったのね。
 
「結婚したとき、わたしが実家から生前贈与された資産を、新しい事業とやらに頓挫し困窮した男爵家のお義兄さまにお貸ししたものです。ほぼ金利なしで」


 結婚してから三年目のある日。彼の実家であるキャンベル男爵家のご当主さまが我が家に(そのときはまだ宿舎住まいだったけど)来たことがある。
 金の無心のためだ。

 夫の兄にあたる男爵さまご本人がわざわざわたしに懇願したのだ。
 “きみの夫の実家のため、なんとか助けてくれないか。援助してくれないだろうか。このとおりだ、頼む”と頭を下げて。

 わたしの実家がローズロイズ商会で、わたしは両親や兄たちから溺愛された娘だから。
 ローズロイズ商会の商会長はわたしの父で平民だけど、今や王都一の繁栄を誇る大金持ち。なんなら近隣諸国にまで支店を持つ大商会と言ってもいい。商いだけではなく金融業にも手を出している。

 その金融部門へ融資相談することを勧めたけど、審査基準が厳しいし時間もかかる。今すぐまとまったお金が必要だと泣きつかれてしまった。
 もう家を出たわたしに実家のお金を使う権利はない。
 仕方がないので、わたしの持参金を男爵さまにお渡しした。男爵さまには感謝をされた。ただ、それだけ。

 本当は義実家を含めた家族円満の一助になれば、と思っての行動だった。







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