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3.発覚した浮気
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「おぉ、白粉の香りを嗅ぎ取っただって? 旦那の服から? 安物かどうかなんて分かるものなのか? まじで? 犬かきみは」
「失礼ね。ちいさいころからのわたしの得意技よ。実家で化粧品も扱うから、高級品から安物まで特徴を覚えたのよ。紅茶の嗅ぎ分けだって可能よ。
そうでなくとも女の勘ってのもあるんですからね!」
「うおぉぉぉ、おっかねぇ……ってゆーか意味深だな。きみが恋愛はコリゴリになったきっかけか! さっき冒頭で言ってた愛人を連れ帰ることになる」
「いいえ。それは離婚を決意するに至った決定的な瞬間。白粉のは五年目の浮気の序章」
「へ? 浮気の、序章?」
「白粉の匂いがしたからって、それがイコール浮気の証拠……なんてことにはならないよ。お酒とたばこの匂いもキツかったし、その場にいた酌婦に無理やり抱きつかれた移り香……と言えば、そうなのかもしれないし」
「ジュディはそんなふうに……自分を納得させたのか」
「疑惑は抱いたけど……って、違うわよっ。わたしの話じゃなくて友だちの」
「あー、はいはい。で? 序章のあとはどうなった?」
◇
わたしが疑惑を持ちつつも、いいえまさかそんなはずはとウダウダしていた数日。
年末のある日、騎士団員たちの慰労ガーデンパーティーが行われた。その年は王女殿下の輿入れために護衛隊が結成されるなど、異例の事態が起こったし、隊員たちやその家族も労いましょう……という主旨だったと思う。
騎士たちは通常業務のない非番の人が出席し、主な参加者は団員の家族だった。
場所は騎士団長閣下のお屋敷。主催はもちろん騎士団長ご夫妻。
騎士団長閣下は伯爵位もお持ちの方で、そのお屋敷はとても広く豪勢。大人数が押しかけても少しも狭さを感じなかった。またお庭も広く居心地がよい。
女性や子どもたちを楽しませることをメインとしていたからか、楽団や芸人たちや商人たちも出入りするような、賑々しく派手なパーティーだった。
子どもたちは広いお庭に設えた屋台に群がり、そこここで音楽が聞こえ、各地から来た商人たちがさまざまな売り物を紹介し、とても盛りあがっていた。
わたしは、ちょうど非番の夫と出席していた。
夫とひととおりのご挨拶回りをしたあと別行動になり、ほかのご夫人と気の置けない世間話をしていたときに、騒ぎが起きたのだ。
「あらー! デリックさま。こんなところでお会いできるとは思いませんでした~」
夫も含む騎士たちの一団に、豪胆にもとてもよく通る高い声で話しかけた見慣れない女性。
情熱の赤髪を高く結い上げ、派手なドレスに身を包んでいた。
そして、わたしの夫の腕に馴れ馴れしく触れている。
あれはだれ? と、その場が騒然となった。
「わたしのことお忘れじゃないでしょう? イリスですわ。うふふっ。パラディ国の娼館の。あの夜は楽しかったですわねぇ。わたしはもうお店には出れないけど、後輩のポミエがお相手しますわよ~。またご贔屓にどうぞ~」
イリスと自分を名乗った女性の声がその場に響き渡った。
パラディ国とは隣国。王女殿下が輿入れをした国である。
その隣国の娼館の人……ということは、彼女は娼婦、ということ。
あの夜は楽しかった?
後輩のなんとかさんがお相手する?
それは、つまり……。
夫はあの女を抱いたの?
「ばか! こんなところで言う話じゃないだろ!」
顔色を変え、慌てたようすで彼女の話を止めようとする夫。なんとまぁ、滑稽な姿。
周囲にいた後輩の騎士たちも顔色を変えている。
「ここでお会いしたのもなにかの縁ですもの。金払いの良いお客さまはいつでも大歓迎ですからね。サービスしますわよ~」
彼女の顔を見れば、赤い口紅と泣きぼくろが印象的なとても色っぽい女性だった。
とっても蠱惑的な微笑みを浮かべている。
夫はあの唇に触れたの?
楽しかったの?
急に視界が狭くなって、夫と赤髪の女がじゃれついているような姿しか見えない。
イキガ、クルシイ……
にぎにぎしくも平和なパーティの最中に、彼女の存在が大問題になった。
◇ ◆ ◇
「大問題になった?」
ラウロの問いに頷きながら、ちょっとだけ安心した。
他人にあの事件を話しても、わたしの胸はもう痛まないことに。
「考えてもみて、ラウロ。ほんの数ヶ月まえは隣国にいたはずの娼婦が、国を越えて王立騎士団員たちのパーティーに紛れていたのよ? スパイ容疑よ」
「あぁ、なるほどねぇ。よりにもよって、騎士団員たちのなかでそんな身元不確かな人物が名乗りを上げたんじゃあ……。大騒ぎにもなるか。それで? 実際のところ彼女はスパイだった?」
「そのときは……スパイ容疑は晴れたわ。
彼女、商人に身請けされてもう娼婦は辞めていたらしいの。商人の妻として入国して、商売の一端として貴族のパーティーに乗り込んできた……というかんじかしらね。彼女の夫と一緒に。
とはいえ、その商人自身の身元を確認するために手荷物検査をしたら、違法薬物が発見されたとかで、また大騒ぎ。結局は夫婦そろって捕まってたわ。
彼女、ペラペラと思ったことをすぐ口にしてしまう人だったから、わたしの夫に会ったときも昔のオキャクサマとして挨拶したみたいだったし、彼は男同士で話をしていたから妻同伴だったとは思っていなかったみたいで」
「“わたしの夫”?」
「あら。言い間違えたわ。友人の、夫よ」
いちいち訂正するのもめんどくさくなってきたわ。
こんな設定無視しちゃおうかしら。
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