彼女は父の後妻、

あとさん♪

文字の大きさ
上 下
37 / 45
第六章

35.樹海でのぼくと精霊たちと

しおりを挟む
 

 衝動的になにも考えず城を飛び出し、走って転んで嘆いて眠りこけて目が覚めて。
 風の精霊ゼフィーが勝手に養父への『風の便り』を届けに行ったのを見送ったあと。
 真っ青な空を見ながらルーカスは思った。

「腹が……減った……」

 記憶にある限りクエレブレの城以外で寝泊りしたことなどなかった。辺境騎士団たちの魔獣討伐遠征にも同行したことがない。
 本で読んでいるから野営の知識はある。だが実践したことはない。
 そんなルーカスは、箱入りの温室育ちといっても過言ではないだろう。
 しかもなんの準備もせず丸腰で飛び出してきたから、この樹海でこれからどうすべきかと途方に暮れかけたのはちょっとのあいだ。

 ルーカスが空腹だと呟いたから気を利かせたのか、ちいさな風の精霊たちが食べられそうな木の実を持ってきた。気がつけば両手いっぱいに小さな赤い実が。
 彼らに礼を言い食べてみる。食べられなくもなかったが、それよりも肉が喰いたいとルーカスの本能が告げる。

 まずは獲物を探すことから始めた。
 できるだけ自分の気配を消し、周囲に魔獣でもいいから生き物がいないか『探索』をかければ、それなりの距離に魔獣、ビッグフットベアがいた。

 ルーカスの存在に気がつかれると魔獣は逃げてしまう。だから自分自身に『陽炎』をかけ木の上を移動。音もなく忍び寄り獲物の真上から狙いを定め『風のやいば』で首を切れば一発だった。

 ビッグフットベアは熊が魔獣化したものだと言われている。
 もとが熊ならまぁ食えないこともないだろうと木に吊るして捌いてみる。
 刃物は携帯していないが、『風の刃』で充分だ。

 水の精霊ディーネを召喚しビッグフットベアを捌いた後始末をする。ついでに手や顔も洗った。
 風の精霊たちに捌いた肉の血抜きを命じ。
 火の精霊レイヤを呼び出して焚火を用意した。
 土の精霊ガイを呼び出し、地面を変形させ椅子やら机やら用意させたり、ついでに血抜きした肉の熟成も命じ。

 毛皮の部分はなめして使えるかなぁどうしよう、と精霊たちに相談したらみんなで寄ってたかってなんとかするーと言っていたので任せた。
 ビックフットベアの肉の部分も、ルーカスひとりでは半分しか食べられないのでどうしよう、と相談したら亜空間という精霊界と人間界の狭間に一時保管するなどと言うから任せた。

 もしかして、全属性の精霊がそばにいるというのは無敵に近いのでは、と認識を新たにした。
 城にいたころはそんなこと考えたこともなかったのだが。




 肉を焼いているとゼフィーが戻った。ちゃんと『風の便り』も辺境伯に届けたし、『風の結界』もちゃんと機能しているのを確認したと聞き安堵する。

「余計なことは言ってないだろうな!」

『我を信じろ。辺境伯には主の『風の便り』を届けただけで、一言も口をきいておらん』

 ゼフィーはそれだけ言うとふいっと離れ、高い木の上へ行ってしまう。どうやら周囲のようすを窺っているらしい。


『あるじ。これいじょうやくとこげるぞ』

 火の精霊レイヤに言われ、慌てて肉を火からおろす。食べてみれば、ただ焼いただけの肉はなにか物足りない。

「せめて塩が欲しい」

 塩があればもう少し……と思い口にすると、気を利かせてくれたのか土の精霊ガイが岩塩をくれた。

「なるほど。先に口にだして言うべき案件だったね」

 岩塩を振りかければそれほど不味くなかった。とはいえ、城の料理人トーニョが提供してくれるものには敵わない。トーニョがここにいればなぁと思ってから、バカなことをと打ち消した。

 そういえば風のちびたちもルーカスが“腹が減った”と呟いたから、彼のために木の実を持ってきてくれたことを思い出す。

「そうか。ことばにして伝えるというのは必要なことなんだね」

 いつも『念話』で済ませてしまうのも考えものだなと思い直した。
 風の精霊たちには『念話』での会話は定番になってしまっているが、それ以外の精霊たちとはそこまで同調シンクロしていない。自分の思いを他者に解って貰うにはことばは有用である。

 精霊たちがニコニコの笑顔でルーカスの周りにいる。風以外の精霊たちはいつも用事が済むとすぐに精霊界へ戻ってしまうが、今はルーカスのそばでゆったりくつろいでいるように見えた。




 夜になると急激に気温が下がった。
 でも焚火があるから寒いとは思わない。
 パチパチと弾けた音を立てながら揺れている火はいつまでも見ていられるなぁと思いながら、もうこのままでいいのかもしれないと感じた。

 ルーカスが造りだしてしまった樹海で、こうやって生きていくのも悪くない。
 どうやら地面の上でも問題なく眠れたし、精霊たちがいれば寂しくもないし、こだわる物なんてない……。

 そこまで考えて、心にひっかかる“者”がいたことに気がついた。
 こだわる“者”なら、いるのだ。
 あの長く赤い髪が陽に透けキラキラと光るさまを思い出す。

 彼女のことを思い出すと、まだちょっと胸が痛む。ルーカスは頭を振ると、脳裏によぎった幻影を打ち消した。

 そういえばと思い出したのは、朝言われたゼフィーのことば。
 “あの地に縛られる必要はない”と。

「ぼくは……クエレブレに縛られていた、のかな」

 ルーカスがぽつりと溢したひとりごとに、水の精霊と土の精霊が顔を見合わせた。ルーカスがディーネと名付けた水の精霊が言う。

『あるじ。あるじをしばるものなど、このよにはない』

 ガイと名付けた土の精霊も続く。

『あるじ。あるじはしばられてなどいない』

 風のちび精霊たちはきゃらきゃらと笑いながら踊る。

『るー』『るー』『るー♪』

 ルーカスの名を呼びながら踊るのは、いつのまにか定番化している。

(おまえら……能天気というか、楽観的というか……)

 風の精霊が能天気で楽観的なのは、風のさがでもある。彼らの親分格であるところのゼフィーは今も高い木の上にいて、我関せずを貫いている。

(もしかしたらゼフィーも一緒に踊りたいと思っていたりして?)

『思ってないぞー!』

『念話』で語りかければすぐに返答がある。

「老成したふりなんて、ゼフィーには似合わないぞー!」

 ゼフィーは冷めた目でルーカスを見下ろしたかと思えば、ふん! と鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。
 あいつはしょうがないなぁと思ったそのとき。

 ドォォン……

 遠くでなにかが爆発する音が微かに聞こえた。
 精霊たちが一斉に空へ飛ぶ。皆が同じ方向へ顔を向けている。

 ルーカスも彼らを追うように高い木のてっぺんへ上った。高い木の上から見渡す樹海は、すべて暗闇に覆われ僅かに木々のシルエットが分かるのみ。そしてあれ以来なんの音もしない。

 辺りは静けさに包まれている。聞こえるのはルーカスが熾した焚火のはぜる音のみ。

「ゼフィー。みんなも。爆発音があったのは気のせいじゃないよな」

『風に乗った衝撃が微かに届いた。なにかがあったのは確かだ』

『あるじ。火の魔法がつかわれた』

 ゼフィーのことばに応じるように火のレイヤも報告するが、火の魔法が使われたということは、ルーカスではないほかの人間がこの樹海にいるという意味になる。

「だれか人間がいるってことか?」

『いる。クエレブレのほうがくに』

 レイヤの応えにルーカスは考え込む。
 この樹海はルーカスの嘆きが作り上げたものだとゼフィーは言った。つまり、できたての樹海。そんな場所に人間がいるということは……。

「ぼくを探しに父上が来たってことかな」

『あるじ。ようふどのは魔法をつかえない』

 ルーカスの呟きに水のディーネが冷静な声で応えた。
 言われてみればそのとおりだし、もしや捜索隊を組んで大人数が樹海に入ったということなのだろうか、だが捜索隊があの爆発音を生むような火魔法を使ったわけはなんだろうと疑問がつぎつぎに湧く。

『あるじ。あるじの魔力をかんじる。あちらのほうこうに、あるじの魔力をつかうやつがいる』
『いるな』『たしかに』

 精霊たちが口々に言う。自分の魔力を使う奴とはなんだと思った瞬間、思い出したのはフォルトゥーナへ贈ったネックレスの金剛石ダイヤモンドだった。

 魔力を保持しておく器としていろいろ試したあげく辿り着いた金剛石ダイヤモンド。ゆっくりゆっくりルーカスの魔力を滲ませ、沁み込ませ、その過程で原石だったものが研磨され、指の先ほどの大きさにまで濃縮されたときには、無色透明だったはずの金剛石ダイヤモンドに真っ赤な色がついていた。ルーカスの魔力に染まった宝石は、いまもフォルトゥーナの胸元を飾っているのだろうか。

「まさか! フォルトゥーナさまがこの樹海にいるのか⁈」

 ルーカスが声を上げた瞬間。
 遠目にも鮮やかに朱色の火柱が高く高く燃え上がった。
 遅れて、ドォォォンという爆音が聞こえ。

「フォルトゥーナ!」

 ルーカスは火柱へ向け飛び出した。











※作者の内緒のひとりごと※
冒頭ルーカスの「腹が……減った……」は、某TVドラマ『孤独のグルメ』の井〇頭氏のあれを想定していただければ幸い。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

届かなかったので記憶を失くしてみました(完)

みかん畑
恋愛
婚約者に大事にされていなかったので記憶喪失のフリをしたら、婚約者がヘタレて溺愛され始めた話です。 2/27 完結

最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。

ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。 ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も…… ※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。 また、一応転生者も出ます。

人質生活を謳歌していた虐げられ王女は、美貌の公爵に愛を捧げられる

美並ナナ
恋愛
リズベルト王国の王女アリシアは、 敗戦に伴い長年の敵対国である隣国との同盟のため ユルラシア王国の王太子のもとへ嫁ぐことになる。 正式な婚姻は1年後。 本来なら隣国へ行くのもその時で良いのだが、 アリシアには今すぐに行けという命令が言い渡された。 つまりは正式な婚姻までの人質だ。 しかも王太子には寵愛を与える側妃がすでにいて 愛される見込みもないという。 しかし自国で冷遇されていたアリシアは、 むしろ今よりマシになるくらいだと思い、 なんの感慨もなく隣国へ人質として旅立った。 そして隣国で、 王太子の側近である美貌の公爵ロイドと出会う。 ロイドはアリシアの監視役のようでーー? これは前世持ちでちょっぴりチートぎみなヒロインが、 前向きに人質生活を楽しんでいたら いつの間にか愛されて幸せになっていくお話。 ※設定がゆるい部分もあると思いますので、気楽にお読み頂ければ幸いです。 ※前半〜中盤頃まで恋愛要素低めです。どちらかというとヒロインの活躍がメインに進みます。 ■この作品は、エブリスタ様・小説家になろう様でも掲載しています。

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜

清川和泉
恋愛
幼い頃に半ば騙し討ちの形で人質としてブラウ帝国に連れて来られた、隣国ユーリ王国の王女クレア。 クレアは皇女宮で毎日皇女らに下女として過ごすように強要されていたが、ある日属国で暮らしていた皇太子であるアーサーから「彼から愛されないこと」を条件に婚約を申し込まれる。 (過去に、婚約するはずの女性がいたと聞いたことはあるけれど…) そう考えたクレアは、彼らの仲が公になるまでの繋ぎの婚約者を演じることにした。 移住先では夢のような好待遇、自由な時間をもつことができ、仮初めの婚約者生活を満喫する。 また、ある出来事がきっかけでクレア自身に秘められた力が解放され、それはアーサーとクレアの二人だけの秘密に。行動を共にすることも増え徐々にアーサーとの距離も縮まっていく。 「俺は君を愛する資格を得たい」 (皇太子殿下には想い人がいたのでは。もしかして、私を愛せないのは別のことが理由だった…?) これは、不遇な人質王女のクレアが不思議な力で周囲の人々を幸せにし、クレア自身も幸せになっていく物語。

変装して本を読んでいたら、婚約者さまにナンパされました。髪を染めただけなのに気がつかない浮気男からは、がっつり慰謝料をせしめてやりますわ!

石河 翠
恋愛
完璧な婚約者となかなか仲良くなれないパメラ。機嫌が悪い、怒っていると誤解されがちだが、それもすべて慣れない淑女教育のせい。 ストレス解消のために下町に出かけた彼女は、そこでなぜかいないはずの婚約者に出会い、あまつさえナンパされてしまう。まさか、相手が自分の婚約者だと気づいていない? それならばと、パメラは定期的に婚約者と下町でデートをしてやろうと企む。相手の浮気による有責で婚約を破棄し、がっぽり違約金をもらって独身生活を謳歌するために。 パメラの婚約者はパメラのことを疑うどころか、会うたびに愛をささやいてきて……。 堅苦しいことは苦手な元気いっぱいのヒロインと、ヒロインのことが大好きなちょっと腹黒なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(作品ID261939)をお借りしています。

このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。

若松だんご
恋愛
 「リリー。アナタ、結婚なさい」  それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。  まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。  お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。  わたしのあこがれの騎士さま。  だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!  「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」  そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。  「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」  なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。  あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!  わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!

処理中です...