31 / 45
第五章
29.辺境伯閣下、かく語りき(side:公爵令嬢)
しおりを挟む
※注※ 乳幼児突然死症候群を匂わせる表現があります。
トラウマをお持ちの方は覚悟するか避難してください。
自己責任でお願いします。
辺境伯閣下みずからが淹れてくれたお茶を手渡されたフォルトゥーナは、黙って彼のことばの続きを待った。
彼女の前にある椅子に座った辺境伯は自分の淹れた茶を一服し、さてと呟いた。
「私が若いころ、王都で騎士団にいたことはご存じかな? 先代の国王陛下からの依頼でね。戦争にも参加したし、当時王都を暗躍していたスパイやら人身売買のルートやらの捜査もしていて……」
◇ ◆ ◇
クエレブレ辺境伯サルヴァドール・フアンがまだ“辺境伯”ではなかった昔。若かりし頃。
当時の辺境伯と当時の国王陛下との密約で、サルヴァドールは王立騎士団に所属していた。隣国から攻め入られ、その撃退のため一時的に入団していたのだ。
本来ならばサルヴァドールはクエレブレ辺境伯軍として従軍すべきであった。
だが当時の国王はとっとと戦争を終わらせたかった。友軍と王立騎士団が指揮系統で揉めるよりも手っ取り早いだろうと、クエレブレ辺境伯に大将軍格を約束したうえで王立騎士団への入団を打診した。
クエレブレ辺境伯は息子を派遣した。
弱冠十九歳で大将軍に抜擢されてしまったサルヴァドールは、実力でアクエルド王立騎士団のお歴々を黙らせた。だれにもかれにも“こいつに任せた方が戦は早く集結する”と思わせるような武勇を見せつけた。
実際それは叶った。その勇猛果敢さに“戦場の白髪鬼”というあだ名までつけられた彼は戦争を早期に終わらせた英雄となった。
国王と辺境伯の間に友情がなければそのままクーデターに発展してもおかしくはない案件であったが、それはさておき。
戦争が終わると、サルヴァドールは国内にのさばる外国からの密偵や怪しげな人身売買ギルドなどを捜査・摘発するために王都守備隊へ転属した。
このアクエルド王国は周辺諸国の中で唯一、魔獣被害の少ない国である。それは初代の建国王が竜神であり、彼が遺体――アクエルド王国民は“聖体”と呼ぶ――になった現在もその竜の威によりこの国を守っているからである。
だがアクエルド王国以外は違う。
常に魔獣被害に頭を悩ませている。
国防のためにも正規兵の育成や冒険者ギルドの運営も盛んである。そんな周辺諸国にとってアクエルド王国は垂涎の的なのだ。なんとかして初代建国王の遺体の一部でもいいから欲しいのだ。
過去には何度か他国から攻め込まれそのたびに迎撃したが、サルヴァドールが参戦した戦いを最後に現在では平和協定が結ばれ戦はない。表向きは。
実際は国内にスパイが潜伏する状態になってしまった。
先日発覚した元第一王子の失脚に係わったブローサ男爵一家もこれに当たる。
◇ ◆ ◇
「え。ブローサ男爵令嬢は、スパイ、だったのですか」
初めて耳にする情報に、フォルトゥーナは驚きの声をあげた。
辺境伯は鷹揚に頷く。
「あぁ。祖父の代から我が国に潜り込んでいたスパイだった。私の捜査網からすり抜けていたというわけだな」
かのブローサ男爵はその当時まっとうな商いをする新興男爵だった。と、思われていた。
「エウティミオさまはとんでもない女性に篭絡されていたわけですね」
「二ヶ月……いや、もう三ヶ月ほどまえなるか。その元王子、現ブローサ男爵が君に謝罪したいと言って来訪した。私たちの判断で追い返したが」
現ブローサ男爵、と呟いた令嬢は少し考えを巡らせたあとでひとつ頷き、ありがとうございますご面倒をおかけしましたと頭を下げた。
その仕草にフォルトゥーナが粗方の事情を察したらしいことを辺境伯は理解した。
◇ ◆ ◇
三百年ほどまえに、このクエレブレの砂漠から発生した魔獣大暴走で王国の西側が半壊した記録がある。人口も三割方減るような大惨事であったのだが、そのときの対処方法が行き当たりばったりなやり方だった。
建国王の聖体の一部を分割し、王国の東西南北四方に分散させ祀ったことで対処したのだ。
この西の辺境地クエレブレと東の領にはそれぞれ神殿を建てた。
南北の領には当時の王子に爵位を与え新たな公爵を興した。
それぞれに聖体の一部を安置し祀ることで、魔獣被害をそれでも最小限になるよう収めたのだ。
フォルトゥーナの生家ラミレス公爵家は、そのとき興った南の守護公爵である。
秘密裏に行われたことではあったが、その事実はまことしやかな噂として周辺諸国に渡り、今現在でもその聖体を盗もうとする輩があとを絶たない。
当時のサルヴァドールは戦後処理の一環として、王都でそういった輩を取り締まっていたのだが。
今から二十年ほどまえ。サルヴァドールの妻ガブリエラが精神的に参ってしまった。
サルヴァドール夫妻の生まれたばかりの乳児があっさりと儚くなったからである。
結婚からだいぶ経って生まれた赤子は夫妻にとって初めての子どもで、夫婦ふたりで彼の誕生をとても喜んでいた矢先の出来事であった。
生まれたばかりの我が子を亡くした妻ガブリエラは半狂乱になった。
それは誰のせいでもなかったのに、彼女は己のせいだと落ち込み心を病んでしまった。産後の肥立ちも悪く、花が日々萎れていくように生気がなくなっていった。
過去、戦争を終わらせた英雄と名を馳せたサルヴァドールの妻として、社交界でそれなりの地位を築いていたガブリエラであったが、人の多い王都ではその地位も彼女を苦しめた。
見舞いと称し人が訪れる。
彼女を慰めるためのことばでさえ、そのときのガブリエラには傷口に毒を塗られた刃を突き立てられたように感じたのだ。
彼女がぽつりと「クエレブレに帰りたい」と漏らした弱音に、サルヴァドールは決意した。
そのとき追い詰めていた怪しげな人身売買のシンジケートを摘発し、それを最後にクエレブレに帰郷しようと。
もともと、国王の依頼があったからこそ王都に来たのだ。
彼の気持ちひとつでいつでも辞めてよいというお墨付きも貰っている。サルヴァドールにはクエレブレを守護する義務があるのだから。
十九歳で王都に来て、このときはもう三十半ばになっていた。
長く居すぎたと思ったくらいである。
人身売買の違法オークション会場に乗り込んで摘発し、首謀者をあらかた捕縛したあと会場の事務所を差し押さえた。
オークションに関係がありそうなものを押収していたとき、サルヴァドールは布に包まれた怪しげな置き物の存在に気がついた。それを持ち上げ布を開くと、中から現れたのは生後間もなくとみられる赤ん坊だったから驚いた。
ほとんど白に近い淡い色の金髪を持つ赤子。
泣きわめくでもなく、その無垢な瞳をまっすぐにサルヴァドールへ向けた。
その瞳が妻と同じ紅玉だったのを認めたサルヴァドールは、彼を引き取り育てることを決意した。
(オークション会場で商品だった子どもも幾人か引き取っている。このとき保護し、親元を探せず行くあてのなかった一人が今現在辺境伯城の厨房で働くトーニョである)
赤子はルーカスと名付けられた。
ちいさなルーカスはガブリエラに生きる気力を与えた。彼女の心身は見違えるほど健康になった。
彼は文字どおり、サルヴァドール夫妻の希望の光となった。
この子は儚くならないよう、この世のなによりも強いドラゴという名をセカンドネームに与えた。
生まれ故郷のクエレブレに戻ってきて七年。
サルヴァドールが父から辺境伯位を譲り受けしばらくして、もともと身体の弱かったガブリエラはちいさな風邪がもとで儚くなった。
最愛の妻を失った嘆きのなか、サルヴァドールは気がついた。
今までなんの障害もなくすくすくと成長していたルーカスの背が、いっさい伸びていないことに。
一年経っても同じ身長。見かけは七歳児。一ミラたりとも背が伸びないのはなぜか、なにかの病気なのか。クエレブレの神殿にいる神官に息子を診察してもらった。(このとき診て貰った神官が、現在は王都の神殿で神官長をしているケルビム神官長である。彼はガブリエラの臨終にも立ち会っている)
神官は、自分には分からない大きな力がルーカスに関与しているという診断をし、自分の手には負えないと王都の神殿にいる大神官を招聘した。
大神官は呪いの解呪に長けた能力を持っていたからだが、結果としては大神官にもルーカスの身におきた現象を解消することはできなかった。
ただし大神官の診断は『これは強い竜の息吹を感じる。竜による強い封印が施されている。だから少年はおとなになれない』というものだった。
◇ ◆ ◇
「竜による、強い封印?」
フォルトゥーナの問いに辺境伯は頷いた。
「大神官さまはそうおっしゃった。神殿で聖体の安置された霊廟の波動を受けている自分には分かる。同じ波動だとおっしゃっていた」
大神官はルーカスに科せられた封印を解呪しようと試みてくれたが、竜の力を人間の身でなんとかしようなど、無謀なことだった。
大神官は力尽き、現在意識不明のまま王都の神殿の地下で昏睡状態になっている。
ケルビム神官長は大神官の看護をしながら、彼の目覚める日を待っている。
いったい、いつどこでルーカスが竜の封印を受けたのかは分からない。
だが実際問題として、彼が成長を止めたのとほぼ同時期にクエレブレは劇的に変化していった。
砂漠は肥沃な大地に。
草木も生えなかった死の山が、緑あふれる山に。
まるで、“竜の霊廟に守護される王都”のように。
竜の封印を受けたルーカスがこの場にいるだけで、この地は王都のような恵まれた地に変化したのである。
「ルーカスが竜の封印を受けたことで、この地が豊かになった。魔獣も山を越えてまで侵攻してこない。まるで竜神がここにいるかのごとく。
だがそれは呪いとなんら変わらないと私は思っている。
あの子は成長できない。
何年経っても少年のままだ。
あの子が複数属性の精霊と契約できるのも。超人的な力を有するのも。
すべて気まぐれな竜の封印のせいだというのだから……皮肉なものだ」
視線を合わせないまま。
ことばを選びながらゆっくりと語る辺境伯に、フォルトゥーナはなにも言えなかった。
辺境伯の苦悩をそこに見た気がしたので。
彼女の目の前にいる初老の男は、自分の治める土地が裕福になったことに喜びを感じているが、それ以上に一人息子が成長を止めたことをなによりも憂い嘆いているのだ。
※作者の内緒のひとりごと※
辺境伯閣下は四捨五入すると六十歳。切り捨てなら五十。
なので“初老”という単語をチョイスしました。
“壮年”だと三十~五十代を指すことばなので。
ちなみに、ラミレス公爵(フォルトゥーナのパッパ)は四捨五入でも切り捨てでも五十。
王立の騎士団長カブレラも同じ方式の五十。
国王陛下も五十だけど、切り捨てをすると四十。
どーでもいい、おじさんズの年齢解説でした☆彡
トラウマをお持ちの方は覚悟するか避難してください。
自己責任でお願いします。
辺境伯閣下みずからが淹れてくれたお茶を手渡されたフォルトゥーナは、黙って彼のことばの続きを待った。
彼女の前にある椅子に座った辺境伯は自分の淹れた茶を一服し、さてと呟いた。
「私が若いころ、王都で騎士団にいたことはご存じかな? 先代の国王陛下からの依頼でね。戦争にも参加したし、当時王都を暗躍していたスパイやら人身売買のルートやらの捜査もしていて……」
◇ ◆ ◇
クエレブレ辺境伯サルヴァドール・フアンがまだ“辺境伯”ではなかった昔。若かりし頃。
当時の辺境伯と当時の国王陛下との密約で、サルヴァドールは王立騎士団に所属していた。隣国から攻め入られ、その撃退のため一時的に入団していたのだ。
本来ならばサルヴァドールはクエレブレ辺境伯軍として従軍すべきであった。
だが当時の国王はとっとと戦争を終わらせたかった。友軍と王立騎士団が指揮系統で揉めるよりも手っ取り早いだろうと、クエレブレ辺境伯に大将軍格を約束したうえで王立騎士団への入団を打診した。
クエレブレ辺境伯は息子を派遣した。
弱冠十九歳で大将軍に抜擢されてしまったサルヴァドールは、実力でアクエルド王立騎士団のお歴々を黙らせた。だれにもかれにも“こいつに任せた方が戦は早く集結する”と思わせるような武勇を見せつけた。
実際それは叶った。その勇猛果敢さに“戦場の白髪鬼”というあだ名までつけられた彼は戦争を早期に終わらせた英雄となった。
国王と辺境伯の間に友情がなければそのままクーデターに発展してもおかしくはない案件であったが、それはさておき。
戦争が終わると、サルヴァドールは国内にのさばる外国からの密偵や怪しげな人身売買ギルドなどを捜査・摘発するために王都守備隊へ転属した。
このアクエルド王国は周辺諸国の中で唯一、魔獣被害の少ない国である。それは初代の建国王が竜神であり、彼が遺体――アクエルド王国民は“聖体”と呼ぶ――になった現在もその竜の威によりこの国を守っているからである。
だがアクエルド王国以外は違う。
常に魔獣被害に頭を悩ませている。
国防のためにも正規兵の育成や冒険者ギルドの運営も盛んである。そんな周辺諸国にとってアクエルド王国は垂涎の的なのだ。なんとかして初代建国王の遺体の一部でもいいから欲しいのだ。
過去には何度か他国から攻め込まれそのたびに迎撃したが、サルヴァドールが参戦した戦いを最後に現在では平和協定が結ばれ戦はない。表向きは。
実際は国内にスパイが潜伏する状態になってしまった。
先日発覚した元第一王子の失脚に係わったブローサ男爵一家もこれに当たる。
◇ ◆ ◇
「え。ブローサ男爵令嬢は、スパイ、だったのですか」
初めて耳にする情報に、フォルトゥーナは驚きの声をあげた。
辺境伯は鷹揚に頷く。
「あぁ。祖父の代から我が国に潜り込んでいたスパイだった。私の捜査網からすり抜けていたというわけだな」
かのブローサ男爵はその当時まっとうな商いをする新興男爵だった。と、思われていた。
「エウティミオさまはとんでもない女性に篭絡されていたわけですね」
「二ヶ月……いや、もう三ヶ月ほどまえなるか。その元王子、現ブローサ男爵が君に謝罪したいと言って来訪した。私たちの判断で追い返したが」
現ブローサ男爵、と呟いた令嬢は少し考えを巡らせたあとでひとつ頷き、ありがとうございますご面倒をおかけしましたと頭を下げた。
その仕草にフォルトゥーナが粗方の事情を察したらしいことを辺境伯は理解した。
◇ ◆ ◇
三百年ほどまえに、このクエレブレの砂漠から発生した魔獣大暴走で王国の西側が半壊した記録がある。人口も三割方減るような大惨事であったのだが、そのときの対処方法が行き当たりばったりなやり方だった。
建国王の聖体の一部を分割し、王国の東西南北四方に分散させ祀ったことで対処したのだ。
この西の辺境地クエレブレと東の領にはそれぞれ神殿を建てた。
南北の領には当時の王子に爵位を与え新たな公爵を興した。
それぞれに聖体の一部を安置し祀ることで、魔獣被害をそれでも最小限になるよう収めたのだ。
フォルトゥーナの生家ラミレス公爵家は、そのとき興った南の守護公爵である。
秘密裏に行われたことではあったが、その事実はまことしやかな噂として周辺諸国に渡り、今現在でもその聖体を盗もうとする輩があとを絶たない。
当時のサルヴァドールは戦後処理の一環として、王都でそういった輩を取り締まっていたのだが。
今から二十年ほどまえ。サルヴァドールの妻ガブリエラが精神的に参ってしまった。
サルヴァドール夫妻の生まれたばかりの乳児があっさりと儚くなったからである。
結婚からだいぶ経って生まれた赤子は夫妻にとって初めての子どもで、夫婦ふたりで彼の誕生をとても喜んでいた矢先の出来事であった。
生まれたばかりの我が子を亡くした妻ガブリエラは半狂乱になった。
それは誰のせいでもなかったのに、彼女は己のせいだと落ち込み心を病んでしまった。産後の肥立ちも悪く、花が日々萎れていくように生気がなくなっていった。
過去、戦争を終わらせた英雄と名を馳せたサルヴァドールの妻として、社交界でそれなりの地位を築いていたガブリエラであったが、人の多い王都ではその地位も彼女を苦しめた。
見舞いと称し人が訪れる。
彼女を慰めるためのことばでさえ、そのときのガブリエラには傷口に毒を塗られた刃を突き立てられたように感じたのだ。
彼女がぽつりと「クエレブレに帰りたい」と漏らした弱音に、サルヴァドールは決意した。
そのとき追い詰めていた怪しげな人身売買のシンジケートを摘発し、それを最後にクエレブレに帰郷しようと。
もともと、国王の依頼があったからこそ王都に来たのだ。
彼の気持ちひとつでいつでも辞めてよいというお墨付きも貰っている。サルヴァドールにはクエレブレを守護する義務があるのだから。
十九歳で王都に来て、このときはもう三十半ばになっていた。
長く居すぎたと思ったくらいである。
人身売買の違法オークション会場に乗り込んで摘発し、首謀者をあらかた捕縛したあと会場の事務所を差し押さえた。
オークションに関係がありそうなものを押収していたとき、サルヴァドールは布に包まれた怪しげな置き物の存在に気がついた。それを持ち上げ布を開くと、中から現れたのは生後間もなくとみられる赤ん坊だったから驚いた。
ほとんど白に近い淡い色の金髪を持つ赤子。
泣きわめくでもなく、その無垢な瞳をまっすぐにサルヴァドールへ向けた。
その瞳が妻と同じ紅玉だったのを認めたサルヴァドールは、彼を引き取り育てることを決意した。
(オークション会場で商品だった子どもも幾人か引き取っている。このとき保護し、親元を探せず行くあてのなかった一人が今現在辺境伯城の厨房で働くトーニョである)
赤子はルーカスと名付けられた。
ちいさなルーカスはガブリエラに生きる気力を与えた。彼女の心身は見違えるほど健康になった。
彼は文字どおり、サルヴァドール夫妻の希望の光となった。
この子は儚くならないよう、この世のなによりも強いドラゴという名をセカンドネームに与えた。
生まれ故郷のクエレブレに戻ってきて七年。
サルヴァドールが父から辺境伯位を譲り受けしばらくして、もともと身体の弱かったガブリエラはちいさな風邪がもとで儚くなった。
最愛の妻を失った嘆きのなか、サルヴァドールは気がついた。
今までなんの障害もなくすくすくと成長していたルーカスの背が、いっさい伸びていないことに。
一年経っても同じ身長。見かけは七歳児。一ミラたりとも背が伸びないのはなぜか、なにかの病気なのか。クエレブレの神殿にいる神官に息子を診察してもらった。(このとき診て貰った神官が、現在は王都の神殿で神官長をしているケルビム神官長である。彼はガブリエラの臨終にも立ち会っている)
神官は、自分には分からない大きな力がルーカスに関与しているという診断をし、自分の手には負えないと王都の神殿にいる大神官を招聘した。
大神官は呪いの解呪に長けた能力を持っていたからだが、結果としては大神官にもルーカスの身におきた現象を解消することはできなかった。
ただし大神官の診断は『これは強い竜の息吹を感じる。竜による強い封印が施されている。だから少年はおとなになれない』というものだった。
◇ ◆ ◇
「竜による、強い封印?」
フォルトゥーナの問いに辺境伯は頷いた。
「大神官さまはそうおっしゃった。神殿で聖体の安置された霊廟の波動を受けている自分には分かる。同じ波動だとおっしゃっていた」
大神官はルーカスに科せられた封印を解呪しようと試みてくれたが、竜の力を人間の身でなんとかしようなど、無謀なことだった。
大神官は力尽き、現在意識不明のまま王都の神殿の地下で昏睡状態になっている。
ケルビム神官長は大神官の看護をしながら、彼の目覚める日を待っている。
いったい、いつどこでルーカスが竜の封印を受けたのかは分からない。
だが実際問題として、彼が成長を止めたのとほぼ同時期にクエレブレは劇的に変化していった。
砂漠は肥沃な大地に。
草木も生えなかった死の山が、緑あふれる山に。
まるで、“竜の霊廟に守護される王都”のように。
竜の封印を受けたルーカスがこの場にいるだけで、この地は王都のような恵まれた地に変化したのである。
「ルーカスが竜の封印を受けたことで、この地が豊かになった。魔獣も山を越えてまで侵攻してこない。まるで竜神がここにいるかのごとく。
だがそれは呪いとなんら変わらないと私は思っている。
あの子は成長できない。
何年経っても少年のままだ。
あの子が複数属性の精霊と契約できるのも。超人的な力を有するのも。
すべて気まぐれな竜の封印のせいだというのだから……皮肉なものだ」
視線を合わせないまま。
ことばを選びながらゆっくりと語る辺境伯に、フォルトゥーナはなにも言えなかった。
辺境伯の苦悩をそこに見た気がしたので。
彼女の目の前にいる初老の男は、自分の治める土地が裕福になったことに喜びを感じているが、それ以上に一人息子が成長を止めたことをなによりも憂い嘆いているのだ。
※作者の内緒のひとりごと※
辺境伯閣下は四捨五入すると六十歳。切り捨てなら五十。
なので“初老”という単語をチョイスしました。
“壮年”だと三十~五十代を指すことばなので。
ちなみに、ラミレス公爵(フォルトゥーナのパッパ)は四捨五入でも切り捨てでも五十。
王立の騎士団長カブレラも同じ方式の五十。
国王陛下も五十だけど、切り捨てをすると四十。
どーでもいい、おじさんズの年齢解説でした☆彡
10
お気に入りに追加
909
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
自称地味っ子公爵令嬢は婚約を破棄して欲しい?
バナナマヨネーズ
恋愛
アメジシスト王国の王太子であるカウレスの婚約者の座は長い間空席だった。
カウレスは、それはそれは麗しい美青年で婚約者が決まらないことが不思議でならないほどだ。
そんな、麗しの王太子の婚約者に、何故か自称地味でメガネなソフィエラが選ばれてしまった。
ソフィエラは、麗しの王太子の側に居るのは相応しくないと我慢していたが、とうとう我慢の限界に達していた。
意を決して、ソフィエラはカウレスに言った。
「お願いですから、わたしとの婚約を破棄して下さい!!」
意外にもカウレスはあっさりそれを受け入れた。しかし、これがソフィエラにとっての甘く苦しい地獄の始まりだったのだ。
そして、カウレスはある驚くべき条件を出したのだ。
これは、自称地味っ子な公爵令嬢が二度の恋に落ちるまでの物語。
全10話
※世界観ですが、「妹に全てを奪われた令嬢は第二の人生を満喫することにしました。」「元の世界に戻るなんて聞いてない!」「貧乏男爵令息(仮)は、お金のために自身を売ることにしました。」と同じ国が舞台です。
※時間軸は、元の世界に~より5年ほど前となっております。
※小説家になろう様にも掲載しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて
ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」
お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。
綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。
今はもう、私に微笑みかける事はありません。
貴方の笑顔は別の方のもの。
私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。
私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。
ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか?
―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。
※ゆるゆる設定です。
※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」
※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
果たされなかった約束
家紋武範
恋愛
子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。
しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。
このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。
怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。
※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
あなたのためなら
天海月
恋愛
エルランド国の王であるセルヴィスは、禁忌魔術を使って偽の番を騙った女レクシアと婚約したが、嘘は露見し婚約破棄後に彼女は処刑となった。
その後、セルヴィスの真の番だという侯爵令嬢アメリアが現れ、二人は婚姻を結んだ。
アメリアは心からセルヴィスを愛し、彼からの愛を求めた。
しかし、今のセルヴィスは彼女に愛を返すことが出来なくなっていた。
理由も分からないアメリアは、セルヴィスが愛してくれないのは自分の行いが悪いからに違いないと自らを責めはじめ、次第に歯車が狂っていく。
全ては偽の番に過度のショックを受けたセルヴィスが、衝動的に行ってしまった或ることが原因だった・・・。
誰にも言えないあなたへ
天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。
マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。
年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。
根暗令嬢の華麗なる転身
しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」
ミューズは茶会が嫌いだった。
茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。
公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。
何不自由なく、暮らしていた。
家族からも愛されて育った。
それを壊したのは悪意ある言葉。
「あんな不細工な令嬢見たことない」
それなのに今回の茶会だけは断れなかった。
父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。
婚約者選びのものとして。
国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず…
応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*)
ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。
同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。
立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。
一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。
描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。
ゆるりとお楽しみください。
こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
第一王子は私(醜女姫)と婚姻解消したいらしい
麻竹
恋愛
第一王子は病に倒れた父王の命令で、隣国の第一王女と結婚させられることになっていた。
しかし第一王子には、幼馴染で将来を誓い合った恋人である侯爵令嬢がいた。
しかし父親である国王は、王子に「侯爵令嬢と、どうしても結婚したければ側妃にしろ」と突っぱねられてしまう。
第一王子は渋々この婚姻を承諾するのだが……しかし隣国から来た王女は、そんな王子の決断を後悔させるほどの人物だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる