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第一章
5.父が遭遇した夜会の顛末②
しおりを挟むまるでサルヴァドールを盾にするような状態のまま、ラミレス公爵令嬢フォルトゥーナは医務室へとゆっくり戻った。(正確に表現するならば、サルヴァドールが移動したから令嬢もついてきた、といえる)フォルトゥーナ嬢の父親、ラミレス公爵もあとに続く。
医務室内には悲壮な表情の国王夫妻。
彼らの後ろにはカブレラ騎士団長。
室内の壁際には数名の近衛兵と城の使用人。
老齢の典医と神官長も控えていたが、だれもが気まずそうな表情でサルヴァドールを見る。だがおそらく本当に見たいのは彼の後ろに隠れている公爵令嬢であろう。
このままでは埒が明かないと、サルヴァドールはマントを脱ぎ令嬢へ渡した。マントは令嬢の上半身を隠している。当然ながら彼女の表情は見えない。
マントくらい無くてもよいと思いつつ離れようとすれば、いつの間にか令嬢が彼の上着の裾をしっかりと握り締めていたので身動きが取れなかった。
仕方がないので上着も脱いで彼女に渡そうとしたら、上着を渡す腕にしがみつかれた。
これはいったいどうしたことだろう。
まるで子どものような行動をとる令嬢に、当惑と疑問だらけになりながら典医と神官長の顔を窺えば、彼らも困り果てた表情のままだ。
「辺境伯よ。なぜフォルトゥーナ嬢はそちにすがるのだ」
「国王陛下。それは私がしたい質問です」
国王のことばに、率直に、心のままに返答する。どうしてこうなったのか聞きたいのはサルヴァドールの方なのだ。
「顔見知りでしたか?」
「いいえ王妃陛下。今日、初めて、お目にかかりました。お名前すら存じ上げませんでした。さきほど第一王子殿下が声高に令嬢の名を呼び婚約破棄だと叫ぶまで、まったく知りませんでしたよ」
サルヴァドールの応えに国王夫妻は苦虫を嚙み潰したような表情になった。
ついでなので、第一王子と側近たち計四名と、王子が大事そうに抱えていた男爵令嬢の貴族牢への収監完了を報告した。
国王夫妻は青い顔をしたまま、ちらちらと宰相の様子を窺っている。
ここにはつまり、被害令嬢の親と、加害者の親が同席しているのだ。気まずくもなるだろう。
「娘は悲鳴をあげて医務室から飛び出してきましたが……なにがあったのですか?」
宰相であるラミレス公爵が平坦な声で尋ねた。
もう彼に動揺の気配はない。いつもの冷徹で英邁な宰相閣下になっているのは流石だとサルヴァドールは思った。
宰相の質問に答えたのは、国王夫妻の背後に控えていた騎士団長であった。
彼の弁によると、令嬢の後頭部には打撲痕があり出血はそこから。
処置は済ませた。
それ以外に目立った外傷はないが気絶していたので、コルセットで締め上げたドレスから解放し、王宮のメイドたちの手により楽な衣類に着替えさせ令嬢の意識回復まで待った。
しばらくして目覚めた彼女は、典医の質問にも胡乱な顔をするばかりで困惑していたところ、彼女の目覚めの報を聞いた国王夫妻とともに騎士団長が入室した途端、怯えたように悲鳴をあげたのだとか。
王妃が近づいて宥めようとしたら逆に逃げられてこちらも困惑したままだと騎士団長が締め括った。
「カブレラ騎士団長と王妃陛下に怯えたのですか」
ラミレス宰相の呟きに、名を挙げられた両名の顔がこわばった。
「さきほど廊下で出会った娘は……私にも怯え、逃げました」
続けられた宰相の呟きは、フォルトゥーナ嬢が今まで係わってきた周囲の人間すべてを拒絶したと開示した。
宰相に動揺の気配はないと思ったサルヴァドールだったが、少し誤解していたらしい。
宰相は動揺を隠しおおせたのではなく、娘に拒絶された自分自身に落ち込んでいたのだ。
彼の苦悩を乗せた呟きは、室内に重苦しい沈黙をもたらした。
◇ ◆ ◇
「それって……なんていうか……うん、ぼくだったら居たくない現場だなぁ」
「おとうしゃまも居たくなかった」
「泣きまねしても可愛くないよ」
「ルーカスが冷たい」
「それで? ちちうえはずっと令嬢にへばりつかれていたの?」
「(ルーカスが冷た……)いや。女神の入室により沈黙から救われたし、令嬢からもすぐに解放された」
「女神?」
「今日、フォルトゥーナ嬢に付き添ってきたばあやさん、ソンリッサ・クラシオン夫人だ。彼女が来て令嬢を宥めてくれたお陰で私は自由を得た。令嬢はばあやさんにだけは怯えもしなければ悲鳴を上げたりもしなかった。だが……幼い子どものようにぺったりと抱き着いたままになった。
彼女の胸に顔を埋めてだれの呼びかけにも無反応な様子が……眠いときのルーカスがガブリエラに抱き着いていたさまを思い出したなぁ……」
◇ ◆ ◇
フォルトゥーナ嬢から解放されたサルヴァドールは、クラシオン夫人と典医と神官長に令嬢を任せ別室へ移動した。もちろん、国王夫妻、宰相、騎士団長とともに。クラシオン夫人の指示でほかの騎士団員たちも医務室から退出した。
別室に移動すると、すぐにカブレラ騎士団長が宰相に対し頭を下げた。
曰く「愚息が大変申し訳ないことをしでかした」
続けて、この度の責任をとり騎士団長職の返上、伯爵位の返上、賠償金と慰謝料を請求して欲しい旨、申し出た。
有能な騎士であるカブレラ騎士団長の団長職返上を聞いた国王陛下がそれを止めたりと、すったもんだの話し合い(元はと言えば王子の婚約破棄宣言があったからだ、あやつがあそこまで阿呆とは思わなかったなどなど)があり。
そのころには王子のほかの側近たちの親(侯爵と伯爵)まで集結し、お詫びの嵐となり。(いわく、学園での王子不貞の噂は聞いていた、王子殿下を諫められなかったうちの倅のせいです、などなど)
やつらの始末をどうするべきかの話し合いになり。
その場に同席していたサルヴァドールは遠い目になりながら『私、帰ってもいいよな? だって関係ないもんな?』と心の中で愛息子に語りかけるほど長い時間拘束された。
実は、退席したい旨をこっそり宰相へ伝えたが却下されている。そこで辺境伯閣下がしかめっ面しているだけでこちらが有利になるので居て欲しいと請われた。
解せなかった。サルヴァドールはいつのまに宰相陣営に与していたのだろうか。
君が眉間に皺を寄せているだけで同じ効果があるはずだと、喉元まで出かかって止めた。
サルヴァドールは空気が読めるのだ。
長時間の話し合い(途中でお詫び合戦や責任のなすりつけ合いの紆余曲折もあった)の末、決定したのは以下のとおり。
一つ。第一王子エウティミオ・ラミロとラミレス公爵令嬢フォルトゥーナ・クルスとの婚約解消。
一つ。第一王子エウティミオ・ラミロの廃嫡。彼が執心していたブローサ男爵令嬢キルシェとの婚姻を認める。その際、ブローサ男爵家へ婿入りとする。
一つ。王子の側近たち三名の廃嫡または各領地への幽閉。
公爵令嬢への婚約解消に伴う賠償金を王家から。
傷害に対する損害賠償金と慰謝料は王家とカブレラ伯爵家の折半となった。
そして。
カブレラ伯爵からクエレブレ辺境伯へ、息子の根性を叩き直すためにクエレブレ辺境騎士団で引き取ってくれないかと依頼があった。
曰く、あやつを甘やかしすぎた。過酷な地で修業を積ませねばならないと。
王都にいる人間にとってクエレブレという辺境の地は、最果ての土地であり魔物の跋扈する不毛の地である。
そんなところで魔物討伐に励んでいる辺境伯と辺境騎士団の面々は精鋭中の精鋭、すべて一騎当千の強者揃い(そのぶん、荒くれの猛者揃い)だと思われている。
周囲にはたいした面白みもなく、草木もろくに生えない不毛の地だと。
だからこそ、馬鹿をしでかした愚息への鉄拳制裁になると。
「委細、あいわかった」
眉間に皺を寄せ目を瞑り腕組みをした姿勢のまま、黙って騎士団長の依頼を聞いていたクエレブレ辺境伯サルヴァドール・フアンは。
くわっとその眼を開くと竜が咆哮するがごとく勢いで力強く答えた。
「だが、断る!」
◇ ◆ ◇
「ちちうえぇ……」
「だって当然だろう? おまえも言ったとおりこの地の真実をよそ者に知られたくない。しかも王都の有力者の息子なんて面倒な立場の人間お断りだ! これがなんの関係もないただの平民だというなら話は別だが」
入植希望者なら話は違う。
だがいずれ王都へ帰ろうという人間など面倒を生むだけである。
サルヴァドールは手の平で温めていたグラスの酒をぐぃっと呷った。
「しかも! 私は図体ばかりでかくて頭の悪い人間は嫌いなんだ。面倒をみるなんて御免被る!」
とかなんとか言って、実際引き取ったりしたらちゃんと面倒みちゃうのがちちうえという人間だけどねと、ルーカスはこっそり考えた。
彼は聡明なので音声にはしなかったが。
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