雪解けの朝に

紫野楓

文字の大きさ
上 下
7 / 33

しおりを挟む



 僕の砦はもはや僕のものではなくなってしまった。居場所を奪われた気分でとりあえず踵を返した。だが、レオくんはすぐに僕の存在に気づいてしまったようだった。雪を踏む音を立てないように慎重に歩く僕とは違って、レオくんは大胆に雪を踏みながら豪快な音を立てて僕に駆け寄ってくる。

 肩を掴まれて引き止められるのはあまりにも簡単だった。

「待って」

 レオくんが綺麗な声で言った。声変わりをとうに終えている声なのに、少し子どもっぽくて優しい。こういうどっちつかずの声は好きだ。

「昨日はごめんなさい。あなたの反応を見て、失礼なことを言ったのだと分かった」

 逃げ腰の僕の心はピタリと止まる。声と言葉に引き摺られるように彼を恐る恐る振り返った。

 レオくんが整った顔で悪びれた表情をしているのが新鮮だった。肌は粉雪のように白い。僕はまじまじと彼を見つめてしまった。

 レオくんは僕から視線を逸らさない。言葉を選ぶような間があって、彼が僕に言った。

「ひらがなは覚えてきた。読むことができる。だから……もう一度文字を書いて。昨日の言葉をもう一度書いて」

 僕はレオくんを見ていた。

 その眼差しが、あまりにも必死だったから、僕はほだされるように手袋を外した。また嫌な気持ちになってしまっても、いいか、って思えるくらいに、レオくんは真摯だった。

 地面に降り積もっていた粉雪を掬って雪玉を作って、乾いた塀の上に滑らせた。

 僕は塀に、雪玉で文字を書く。

「しゃべれない」

 レオくんは僕の隣にやってくるとまじまじと僕の書いたひらがなを見ていた。僕は僕の書いたひらがなを見ているレオくんを見ていた。やっぱり分からないって言われたらどうしようと思うと悲しい気持ちにもなったし、逆にそうじゃなかった時の期待を思えば胸がぎゅうと締め付けられるような気持ちにもなった。

 首を傾げ、眉間にしわを寄せながら、彼は子どもが覚えたてのひらがなを声に出すようにして言う。

「し、や、べ、れ……喋れない? どうして?」


 どうして? 僕はしばらく考えたあと、乾いた塀に雪玉を滑らせた。

「まほう」

「魔法? 魔法がかかっているから、喋れないの?」

 僕は頷く。

「どうやったら解ける? 呪文がある?」

「わからない」

 そうか、とレオくんはフラットな感じで言ったあと、真っ白な顔をほんのり赤く染めて僕の方を向いた。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

青少年病棟

BL
性に関する診察・治療を行う病院。 小学生から高校生まで、性に関する悩みを抱えた様々な青少年に対して、外来での診察・治療及び、入院での治療を行なっています。 ※性的描写あり。 ※患者・医師ともに全員男性です。 ※主人公の患者は中学一年生設定。 ※結末未定。できるだけリクエスト等には対応してい期待と考えているため、ぜひコメントお願いします。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

催眠アプリ(???)

あずき
BL
俺の性癖を詰め込んだバカみたいな小説です() 暖かい目で見てね☆(((殴殴殴

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

家族になろうか

わこ
BL
金持ち若社長に可愛がられる少年の話。 かつて自サイトに載せていたお話です。 表紙画像はぱくたそ様(www.pakutaso.com)よりお借りしています。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜のたまにシリアス ・話の流れが遅い

処理中です...